#02

 

 ノヴァルナが戦略会議の席上で信用するといった、ヴァルキス=ウォーダの不可解な行動は続いた。


 ノヴァルナに対して謀叛を企んでいる、カーネギー姫のもとを辞したヴァルキスは、姫に告げた通り、翌日には本拠地のアイノンザン星系へ戻り、居城であるアイノンザン城からイル・ワークラン家の本拠地、オ・ワーリ=カーミラ星系のイル・ワークラン城で待つ、カダール=ウォーダの元へ超空間通信を入れている。


 複合量子通信を使用すれば、アイノンザン星系からオ・ワーリ=カーミラ星系程度の距離なら、ほぼリアルタイムで通話が可能だった。


 執務室の通信ホログラムスクリーンには、イル・ワークラン家当主のカダールの特徴的な、薄い唇をした酷薄そうな顔が映し出されている。ヴァルキスは自分の椅子に座りながらも、ホログラムスクリーン内のカダールに恭しく頭を下げた。


「カダール様」


「首尾はどうだったか? ヴァルキス」


 高圧的な口調で問い掛けるカダールは25歳。痩せ型の体は、その酷薄そうな薄い唇と相まって、鋭角的な印象を与える。この若者の冷酷な性格は、その外見に見合ったものなのかも知れない。


「はい。打ち合わせ通りに運んでございます」


 双方の口の利き方からすると主従関係にあるらしいが、ヴァルキスの眼に浮かぶ光は忠誠心のそれとは違うように思われる。ただカダールに、そういったものを見抜く能力は皆無のようで、高圧的なまま口元を歪めて頷いた。


「クックックッ…そうか、打ち合わせ通りか」


 そう応じたカダールは双眸を鋭くして、まるでノヴァルナを目の前にしているかの如く、吐き捨てるようにさらに言い放つ。


「ノヴァルナめ。この三年の間、貴様に受けた恥辱…忘れもしなかったぞ。だが見ていろ、ウキノー星雲で貴様をなぶり殺しにしてやる。たとえ跪いて、命乞いをしとうともなあ!」


 カダール=ウォーダは約三年前、イーセ宙域星大名キルバルター家と、オウ・ルミル宙域星大名ロッガ家の間で行われていた、水棲ラペジラル人の奴隷売買に協力し、“中継貿易”で多額の利益を上げていたイル・ワークラン家の当主、ヤズル・イセスの指示で、この売買を妨害していた宇宙海賊『クーギス党』の討伐に向かった。

 ところがたまたま、先に『クーギス党』に接触していたノヴァルナの介入で、討伐作戦は失敗。奴隷売買ルートは断たれ、イル・ワークラン家は一時キルバルター家や、ロッガ家との関係も悪化。この大失態により、カダールは次期当主の座から転落したのである。


 復讐の時が来た…と薄ら笑いを浮かべるカダールの横顔に、ヴァルキスは通信ホログラムスクリーンの向こうで、冷淡な視線を送っていた………

 

 翌日。惑星ラゴンを周回する月にある宇宙艦隊基地、『ムーンベース・アルバ』から第2警備艦隊が出動した。任務は『ウキノー星雲』への先行偵察である。もし先にイル・ワークラン家の艦隊が到着していた場合、戦術の変更を考えなければならないからだ。


 一方でノヴァルナはいまだキオ・スー城にいた。ただその城の傍らには、専用戦艦でキオ・スー宇宙艦隊の総旗艦『ヒテン』が、緊急事態の発生に備えて空中静止している。全長700メートル近い『ヒテン』は、キオ・スー城の地上構造物よりも巨大であり、その異様な光景は、これを見る市民達に戦乱の時代の復活を知らしめて、不安感と覚悟を煽っているようにも見えた。


 しかしそんなキオ・スー城の中でも、ノヴァルナは落ち着き払ったものだった。いや、落ち着き払っているというのは語弊があるかも知れない。緊張はしている…一応は。


 そのノヴァルナの緊張の理由は、一夜漬け同然で覚えた、楽器の演奏によるものであった。別の世界で言うところの“ギター”に似た弦楽器、椅子に座ってそれを弾きながらノヴァルナは歌っている。


 場所は、キオ・スー城内に幾つか設けられている、小さなバーラウンジの一つ。そこにはノヴァルナの他には、妻のノア。二人の妹のマリーナとフェアン。そしてノヴァルナのクローン猶子のヴァルターダ、ヴァルカーツ、ヴァルタガの三兄弟しかいない。

 つまりはノヴァルナと、そのごく近しい身内だけの集まりというわけだ。しかしこれは、いつもの悪ふざけを含むお遊びではない。ノヴァルナのクローン猶子の長男であるヴァルターダが15歳を迎え、この次のイル・ワークラン家との戦いが初陣となるため、細やかながら祝賀の会を行っていたのである。このような祝い方は異質で、些か地味な趣向は、ノヴァルナらしくないと言えばらしくないが、逆にノヴァルナらしいと言えばノヴァルナらしい。


 ヴァルターダは素体のノヴァルナから誕生した最初のクローン猶子であった。見た目はほぼ同じだが、育ち方の違いか性格的には真面目で堅実さを感じさせる。ノヴァルナがまだ20歳であるから、親子というより兄弟のように見える。

 対して次男のヴァルカーツは温和な性格、ヴァルタガは逆に積極的な性格と、三者三様だ。


 その三人のクローン猶子と妻、妹達の見守る中で、ノヴァルナはこの時のために覚えた、人生の応援歌的な曲を歌い終えると、ノア達が拍手する中でヴァルターダを指差し、少々格好つけて告げる。


「武運長久ってヤツを祈るぜ、しっかりやんな。ヴァルターダ」


「ありがとうございます。必ずや義父上ちちうえの役に立ちます」


 生真面目なヴァルターダの返答に、照れを覚えたノヴァルナは「アッハハハ!」と高笑いするが、その眼は優しかった。

 

 その後も取り留めのない話をクローン猶子やノア、妹達と交わしながら、ノヴァルナは自分の初陣の時を思い出していた。


 イマーガラ家の宰相セッサーラ=タンゲンの罠に嵌り、陥れられたあの時の絶望的状況は、今もトラウマとなって心の奥底に潜んでいる。

 おそらくあの時の極限状態が自分に秘められていた、生存本能に根付く“トランサー”能力の覚醒を促したのであろうが―――



“コイツらは、あんな目には遭わせたくねーな………”



 ノヴァルナは自分でも“ギター”を弾いてみるよう、マリーナとフェアンにからかわれて困惑するヴァルターダと、その隣でふざけ合うヴァルカーツとヴァルタガの姿を眺めながら、内心で呟いた。あの時の戦いで自分は“トランサー”の力を得た。だがその代償として、自分の中の“何か”が壊れたのを感じたからだ。


 するとその“壊れた何か”を埋め合わせてくれる温もりが、自分の右手に置かれたのをノヴァルナは感じる。隣に座るノアの手だ。


「ノヴァルナ」


 呼び掛けるノアを振り向いて、ノヴァルナは「おう。そうだな」と応じて席を立つ。手を置いて来たのは、時間を知らせる合図だったのだ。


「じゃ、ちょっと行って来る―――」


 そう言いながら部屋を出ようとしたノヴァルナは、クローン猶子達一同に、言葉を続けた。


「すぐ戻っから、続けててくれ」




 席を辞したノヴァルナは、城内の少し離れた場所にある、将官用の展望カフェラウンジに足を運んだ。そこに居たのは、ヴァルターダ達とは別の三兄弟である。


 16歳のカルネード、14歳のバルザヴァ、11歳のヴェルージの三兄弟…二年前にノヴァルナが滅ぼした、旧キオ・スー家の当主ディトモス・キオ=ウォーダの遺児達。彼等はその後ノヴァルナが引き取って、庇護下に置いていた。

 そして長男のカルネードが、ヴァルターダと同じく初陣を迎える事となり、それを祝ってやるために呼び寄せていたのだ。


「わりィ。少し遅れた」


 片手を挙げて詫びを入れながら合流して来るノヴァルナに、三兄弟は席から立ち上がって恭しくお辞儀をした。三人を着席させ、ノヴァルナも席に着く。


「すまねーな。ホントはヴァルターダ達と一緒に、祝ってやりてーんだが」


 申し訳なさそうに言うノヴァルナに、カルネードは穏やかな口調で応じた。


「いえ。私達へのお気遣い、ありがとうございます」


 ノヴァルナはカルネード達旧キオ・スー家三兄弟を厚遇しており、まだ非公式ではあるが、義弟の地位まで与えている。ただそれでもやはり、クローン猶子達との同席は互いに遠慮が出るだろうという気配りから、今回の初陣祝いの席を別にしていたのだ。


「んじゃ、始めっか!」


 この若者が本来持っている、繊細な一面とともに、ノヴァルナは笑顔で陽気に言い放った………





▶#03につづく

 

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