#20

 

 数千光年離れてはいるが、ビーダとラクシャスがオルグターツと対面したのと、カルツェが兄ノヴァルナと対面したのは、同じタイミングであった。


「おう。カルツェ、待ってたぜ」


 執務室を訪れたカルツェに対し、席を立ったノヴァルナは「まぁ座れ」と言ってソファーを勧め、自分もその向かい側へ座る。すでに人払いしてあり、執務室の中には、今しがたまで居たノアや腹心達の姿は無い。


「なんか飲むか?」


「いえ。喉は乾いておりません。ありがとうございます」


 ノヴァルナの気遣いを丁重に断ったカルツェは、「兄上」と呼びかけて、すぐに本題に入ろうとした。このあたりの単刀直入さは、やはり兄弟らしい。


「先程の会議でお聞きした、上洛軍編制のお気持ち。本心なのですか?」


「嘘言っても、しゃーねーだろ?」


「なぜ、そんなふうに思われるのです?」


「それも会議で言った通りさ―――」


 ノヴァルナはいつものような不敵な笑みではなく、穏やかな笑み…いや、どこか遠くを見る眼で、寂しげな笑みを浮かべて続けた。


「今の皇都は…ありゃあ駄目だ。単にNNLの中枢コントロールを、してるってだけだ。二年前にミョルジ家の連中と星帥皇室が一応の和解をした時、ミョルジ家の傀儡になったとしても、ちったぁマシになるかとは思ったんだが、そのミョルジ家の奴等は妙な事をするばかりで、まるで皇国の復興に関心がねぇ。このままじゃ、いつまで経っても何も変わらねぇ。戦乱の世が続くだけだ」


「それを自分が正そうと、お考えなのですか?」


「ちげーよ。正すのは星帥皇室の役目だ。俺はそれを邪魔する奴等を、ぶっ飛ばすだけさ」


 ノヴァルナの一点の曇りもない返答に、カルツェはむしろこめかみに血管を浮かせた。なぜならカルツェは、兄のこういった部分が夢想家に思えて、我慢ならないからだ。


「おやめください!」


 普段あまり感情を表すことがないカルツェにしては、珍しく強い口調だ。無言で見返すノヴァルナに、カルツェは訴えた。


「そのようなこと、我等でなくともよいでしょう!? この二年以上、大した戦いもなく、ようやく国勢も落ち着いて来ました。これを維持し、安定させていく事こそ大事なのではないですか!? 私もイル・ワークランを打倒し、キオ・スー家がオ・ワーリを統一する事には賛成です。しかしそこから先は望むべきではない! 器に入りきらないほどの、野心という水を注いでも外へ溢れ出すだけです!」


 だがカルツェの言葉に、ノヴァルナはさらりと反論する。


「だったらそれに見合うだけ、器を大きくすりゃいいんじゃね?」


「!………」


 キリリ…と奥歯を噛み鳴らすカルツェ。

 

「器を大きくすると言われますが、それが可能だと思われますか!?」


 そう言うカルツェの声には、“口にするだけなら何とでも言える”という、詰問の調子が感じられる。それに対するノヴァルナの返答は、またしてもさらりとしたものだった。


「んー、ミノネリラを獲る」


「どうやって?」


「ウチの臣下になるように言って、駄目なら攻め取るしか、ねぇんじゃね?」


「冗談はおやめください! 先ほどの会議では、何かお考えがお有りのように、申されたではありませんか!?」


 するとノヴァルナは真顔になって告げる。


「そっから先を聞くなら、俺にマジの忠誠を誓ってもらう事になるが、今のおまえには無理な話だろ。やめとけ」


「!」


 ノヴァルナの物言いに、カルツェは眉間へ深い皺を刻んだ。


「納得できれば忠誠も誓いましょう。しかし雲を掴むような話ばかりの、兄上のお言葉では、納得できるものも納得できません―――」


 そこからさらに説得を試みるカルツェ。


「兄上、もう夢を見るのはおやめください! オ・ワーリを統一したその先は、まず領民の事を第一に国体の維持を! 宙域の安定を!」


「だがなぁ、テルーザ陛下に上洛軍編制を約束しちまったからなぁ。今すぐとは言わなかったが、やると言っちまった以上はやんなきゃなぁ」


「それは不首尾に終わったと、誠心誠意お詫び申し上げれば、必ずやお許し頂けるでしょう。それにお咎めを受けても、それがいかほどのものでしょうか。陛下が打倒を企図されてあそばすミョルジ家に、兄上へ上洛軍編制を要請し、断られた事を告げられるはずもなく、処罰を下される手立てはございますまい」


 それを聞いてノヴァルナは、別の意味で“なるほどなぁ…”と、カルツェの現実的な考え方に唸った。他の重臣達はノヴァルナが独断とはいえ、上洛軍編制を星帥皇に約束してしまった事を重大事として、どのように対処すべきか戸惑っているのだが、カルツェは今の星帥皇室に何の実権もない事を逆手に取り、約束を破棄してもそれを処罰付きで、強く咎めは出来ないと判断したのだ。


「おまえは正しいぜ。カルツェ」とノヴァルナ。


「では?」


 説得が通じたのかと愁眉を開くカルツェ。ただそういった事は承知の上で。我が道を行くのがノヴァルナの持ち味でもある。


「だが断る」


「!!」


「お前が言ってる事は正しい、だがそれは他の星大名も同じさ。自分の家と領民統治についてのみ考え、動く…そして俺達は、そんな事をもう百年も続けてる。銀河皇国はいずれは何とかなる、誰かが何とかしてくれると思いながらな。で、それをもう百年、二百年と続けるのかよ?…俺はそんなの、まっぴら御免だね」

 

 結局、二人の話は平行線に終わり、ノヴァルナの元を辞したカルツェは、虚しい思いで自分の執務室へと向かった。やはり自分と兄とは、相容れない仲なのだと痛感する。思考の出発点とベクトルが全く違うのだ。


 無論このような兄弟は世間一般にも珍しくはない。だが自分達は星大名の当主と副当主であり、幾つもの植民惑星に住む百数十億の領民を統べる身である。その当主である自分の兄が夢想家で、自分の夢を果たすためなら、家臣や領民の命を顧みないとなると…自らの家を滅ぼしかねない選択をするとなると、副当主としての立場上許容することはできない。


 二年前の謀叛は正直、首謀者のミーグ・ミーマザッカ=リンや側近のクラード=トゥズーク、さらに母親のトゥディラの様々な思惑に乗せられた感があった。そしてあれから二年の間、兄は内政に集中するようになって、国内は安定の方向へ向かい始めていた。

 これは自分も望んでいた国政方針で、ひとまず反抗的態度を改め、兄の政策を補佐しながら、その動きを見守っていたのだ。


 ところが兄はやはり兄であった。


 二年が経ち、皇都キヨウから帰って来たと思えば、また夢みたいな事を口走り始めたのである。しかもこれまでとは違い、上洛軍編制という、到底国力が追い付かないような途方もない構想である。古来より過大な国家戦略を描いたがゆえに、滅んでいった国が、どれほどの数あったか………




 自らの執務室に戻ったカルツェを、側近達が待っていた。シルバータが「お帰りなさいませ」と最初に声を掛け、続いてクラードが口を開く。


「いかがでしたか? ノヴァルナ様のご反応は?」


 クラードの表情は、あからさまに“どうせ説得は失敗されたのでしょう?”と、言いたげであった。それを見たカルツェは僅かに顔をしかめると、その問いには直接答えず、これからの自分達の方針を側近達に告げる。


「ともかく、イル・ワークラン家の討伐には協力する。それから先は…」




 一方、カルツェが去ったあとのノヴァルナの執務室を、別の若者が訪れていた。アイノンザン星系を本拠地とするノヴァルナの従兄弟、ヴァルキス=ウォーダである。ノヴァルナに対し、敵対的中立と考えられていたアイノンザン=ウォーダ家であったが、二年前のカルツェの謀叛の折、旗色を鮮明にしてノヴァルナを支持するようになっていた。


「要件をお聞きしようか。ヴァルキス殿」


 執務机に肘をついた腕に頭を乗せ、ノヴァルナは不敵な笑みを浮かべる。ヴァルキスは味方ではあるが、油断できない相手だ。ノヴァルナの言葉に、ヴァルキスは細く切れ長の眼をさらに細めて告げた。




「ノヴァルナ様にお知らせしたき事は二つ。一つはイル・ワークラン家について。そしてもう一つは、カーネギー=シヴァ姫様のご謀叛の計画のこと………」







【第19話につづく】

 

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