#16

 

 クラードはそう言って、話の矛先をノヴァルナに変える。


「しかるに、ノヴァルナ殿下にお尋ねしたいのは、国内外がこのような状況でありながら、なぜ星帥皇陛下と上洛軍編制のお約束を、交わされたのでございましょうや? これをご理解されぬノヴァルナ殿下とも思えませぬが?」


 その言い草に、ノヴァルナの支持派は一斉に目くじらを立てた。クラード=トゥズークは二年前のカルツェの謀叛の首謀者の一人でありながら、もう一人の首謀者のミーグ・ミーマザッカ=リンの戦死と、ノヴァルナに対する母親トゥディラの、カルツェ助命嘆願に相伴した形で生き延びたのである。

 そうであるなら本当はノヴァルナに恩義を感じ、以後は忠節を尽くすべきであるものを、いまだにカルツェの背後で反ノヴァルナの旗を振り続けており、物的証拠はないが、今回のノヴァルナのキヨウ行きの行程情報を、イースキー家に漏洩したのが確実視されていたのだ。


 そんなクラードに嫌味を言ったのは、カーナル・サンザー=フォレスタ。『ホロウシュ』のラン・マリュウ=フォレスタの父親で、キオ・スー家のBSI部隊総監である。


「貴様。ご主君に対し随分と横柄な尋ね方ではないか。謀叛の前科者がいつから、そのような口の利き方を許されるようになった?」


 しかしクラードという男は、面の皮の厚さだけはキオ・スー家一であるらしい。フォクシア星人の持つ狐のような印象というより、狼のような印象を抱かせるサンザーの鋭い視線もものともせずに言い放つ。


「サンザー様のお言葉もご尤も。ですがその前科者ゆえ、あえてお叱りを覚悟で、すべては今後のキオ・スー家のため、とご注進申し上げておるのでございます」


 これにはさしものサンザーも苦笑いをせざるを得ない。“今後のキオ・スー家のため”とは誰を当主と思っての事か?…と返したくなったが、それは大人げないとやめておく。ただそんなクラードの面の皮の厚さも、ノヴァルナには通用しない。鞭打つような声でクラードを呼びつける。


「クラード!」


「は!?…ははッ!!」


「よくぞ言った!」


「は!?」


 思わぬ誉め言葉に、クラードも目を白黒させた。


「今、“今後のキオ・スー家”と言ったじゃねーか! そう、それだぜ!」


「それ…と申されますと?」


「なんだてめーは!? 自分で言っといて、肝心なところで頭の血の巡りがわりぃヤローだな。いま言った、今後のキオ・スー家を考えて、テルーザ陛下と上洛の約束をして来たのさ!」

 

 キノッサに“俺の番だ”とばかりに目配せし、座っているように指示したノヴァルナは、会議場の中をひとわたり見回し、自分の意志を述べ始めた。


「さっき、キノッサが言った通り、このままいくと俺達はジリ貧だ。二年前、カーネギー姫に頼り、ミ・ガーワのキラルーク家と和平協定を結んだのも、国力と戦力が疲弊して切羽詰まった状態からの苦し紛れ。そいつは認める。そして今の俺達に上洛軍を編制など無理な事もまた然りだ。だが俺が考えてるのは、その先をどうするか、だ」


 問題が何も解決していないというのに、さらにその先の話をするとは、また飛躍した話を始めた…と、ノヴァルナの支持派の重臣達まで困惑した顔になる。その中で、二十代半ばの若さで家老職に就いた女性家臣のナルガヒルデ=ニーワスが、落ち着いた口調で合いの手の言葉を入れる。


「その先…と申されますと?」


「オ・ワーリ宙域を統一し、イースキーやイマーガラの連中に対抗できるだけの、国力を蓄えたその先だ」


 それを聞いてシルバータが戸惑った声で反応する。今しがたノヴァルナに怒鳴られたばかりだが、即座に反省し、立ち直るのもこの男の持ち味だった。その辺りもノヴァルナは理解していて、シルバータを人前でも叱りつけるのである。


「そのような先の話は…」


「夢のまた夢…ってか?―――」


 不敵な笑みを大きくしたノヴァルナは言葉を続けた。


「だがな、こころざしがなけりゃ、こっから先へは進めねーぞ」


「志…でありますか?」


 シルバータの問いにノヴァルナは表情を改めて、真剣な眼差しで応じる。


「ああ。俺はキヨウと中立宙域の現状を、この眼で見て来た。酷いもんだったさ。皇都は荒れ果て、人心はすさみ、中立宙域では大儀無き暴力がまかり通っていた。そして俺は気付いたんだ。銀河皇国中央に秩序が取り戻されない限り、戦乱の世は続く…それはつまり、このオ・ワーリにも戦いの波は押し寄せ続けるって事に。だから根っこの部分を正さなきゃ、いつまで経っても何も変わらねぇ。星大名が自分の領地の事しか考えねぇ時代は、終わらさなきゃなんねーんだ!」


 ノヴァルナの思いも寄らぬ大局的…それも些か大き過ぎる話に、重臣達はむしろ困惑の表情を深めた。そこに言葉を挟んで来たのは女性家臣のナルガヒルデ=ニーワスである。


「それが殿下の志でございますか?」


「おうよ」


 赤髪の女性家臣を振り向いたノヴァルナは、きっぱりと応じた。





▶#17につづく

 

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