#15

 

 ノアがメディア対応で“火消し”に努めている一方、ノヴァルナは朝から会議の連続だった。議題は当然、今後の施政方針と、例の上洛軍の編制についてである。


 そして施政方針はともかく、上洛軍の編制で会議は大いに紛糾した。無理も無い話だ、大部隊を編制して皇都惑星キヨウを目指すなど、今のキオ・スー家の国力では…いや、あと何年かかろうとも、不可能だからだ。


 そしてさらに重臣達が困ったのは、ノヴァルナが口約束とは言え、その上洛軍編制を銀河皇国星帥皇、テルーザ・シスラウェラ=アスルーガから、勅命として賜ってしまった事である。


「だから何度も言ってるじゃねーか。今すぐ編制するワケじゃねーって」


 扇形の大会議室の中央で机に行儀悪く片肘をつき、もう片方の手をプラプラさせながら、ノヴァルナはうんざりした様子で言い放つ。


「ですから!…今すぐでなくとも、無理な話だと申し上げておるのです!」


 身を乗り出して抗議しているのは、ノヴァルナの父親ヒディラスが健在であった頃から仕えている、初老の重臣の一人だった。そこへさらに別の重臣。こちらはノヴァルナの弟、カルツェに仕えている中年男性だ。


「さよう。我等はまだオ・ワーリの宙域でさえ、イル・ワークラン家と分割統治している状況。しかもこの二年の内政への集中で、疲弊していた経済もようやく上向き始めたところ。ここでまた戦いを始め、水泡に帰するような事は、お控えになるべきかと存じます」


「………」


 ノヴァルナは無言で、その男からカルツェに視線を移した。周囲にはクラード=トゥズークと、カッツ・ゴーンロッグ=シルバータをはじめとする、三十人ほどの取り巻き連中がいる。


 次期当主としてのノヴァルナそのものを嫌っていた、かつてのカルツェの側近連中は、二年前の謀叛の際の艦隊戦で戦隊司令官として戦い、ノヴァルナ軍の前に大半が戦死していた。

 それに対し、今の新たなカルツェの取り巻き連中は、政策的にノヴァルナとはベクトルが反対の、内政重視・宙域防衛重視の者と、ノヴァルナによって滅ぼされた旧キオ・スー家の重臣達で構成されていた。この二つが結びついたのは、旧キオ・スー家がやはり内政・防衛重視で、対外進出を嫌う傾向があったからだ。


“なるほど…分かり易いぜ”


 内心で頷き、不敵な笑みを浮かべるノヴァルナ。自分に反抗しているのは、まだ自分を青二才の若造君主と見下している、父親の時代の重臣。それにこれまでの二年間、自分が内政重視で政治を行って来た事が、己の主義主張と合致していたため鳴りを潜めていた、内政重視のカルツェとその取り巻き連中という構図だ。

 

 すると大会議室の一番奥で、一番隅の席から「はい!」と、左腕を真っ直ぐ上向きに突き上げる、小柄な若者の姿があった。一見するとまるで小学生だ。それを見て不敵な笑みを大きくしたノヴァルナは、その若者と同じノリでビシリ!と指さして指名する。


「はい。キノッサくん!!」


 指名されたキノッサは、ガタリ…と音をさせて席を立つ。ただ小学生のようなノリはそこまでで、一転して冷めた口調で意見を言い始めた。


「えと…星帥皇陛下とのお約束がどうとかは抜きにして、いずれにせよ、このままじゃあウチは、滅んでしまいますが」


 “滅ぶ”などと不吉な単語を、いとも簡単に口にするキノッサ。それをカルツェの付家老のシルバータが聞き咎める。


「貴様。縁起でもない言葉をぬけぬけと!」


「こ、これはシルバータ様」おっかなびっくりのキノッサ。


「だいたい貴様はなんだ!? ここはノヴァルナ様と我等重臣一同が、意見を交わす場だ。貴様のような小物が、居ていい場所ではないのだぞ!」


 強い口調で叱りつけるシルバータ。だがその時、席を立ったノヴァルナから、突き刺すような鋭い声が飛ぶ。


「ゴーンロッグっ!!!!」


 カーン!…と矢を放ったような、ノヴァルナにしか出せない心臓を射抜く声に、豪胆を持って鳴るシルバータも、思わずすくみ上って振り向いた。いや…シルバータだけではない、会議場にいる者すべてが、一瞬で心身を硬くさせる。本気で自分の意志を押し通す時のノヴァルナの声である。


「は!…ははっ!!!!」


「そいつは俺が能力を評価して、会議に出ろと命じた奴だ。小物がどうとか文句があんなら、俺に言え!!!!」


「はっ!…いっ…いえ―――」

「文句がねぇなら、座ってろや!!!!」


「はっ!!…申し訳ございません!!」


 立て続けに怒鳴りつけられたシルバータは、小さくなって椅子に座り直した。議題に則した問答なら、どのような下らない言葉でも気にはしないが、議題とは無関係な事で他人を貶めるような発言で、会議を止めるような真似には激昂するのが、ノヴァルナという若者だ。

 ノヴァルナは不機嫌さもそのままに、ドカリ!…と椅子に座り直し、キノッサに顔を向けて「続けろ!」と告げる。だが助け舟を出された形のキノッサまでもが、ノヴァルナの怒声に青ざめていた。もっと威勢よく意見を言うつもりが、自然と言葉を選ぶような態度になってしまう。


「え…えーとですね、つまりですね、単純な理屈でして。ウチが国力を頑張って上昇させても、周りの敵も同じように国力を上げたら、いずれは戦わなければならない…という事で」


 


▶#16につづく

 

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