#19

 

 ノアの心が折れ始めたのを見透かしたビーダは、あえてそれを無視し、さらに言葉で追い込んでいく。


「ナルナベラ人は体つき同様、“あっち”の方もスゴいらしいですわよぉ。十三人分…慈悲の心で、頑張って受け止めてやってくださいな」


 それを聞き、舌なめずりしながら、話に加わって来るバードルド。


「へへへ。俺も混ぜてくださいよ」


「じゃあ、スゴいのが十三人と、お粗末なのが一人」


 ビーダに“お粗末”と言われて、バードルドは顔をしかめる。そんなやり取りを無視し、ラクシャスが冷淡な口調でノアに催促した。


「さぁ早く。裸になって、そこの首輪を付けて下さい」


 その声に、思考停止状態のままのノアは、床の首輪に釘付けになっていた顔を、のろのろと上げてラクシャスに視線を移す。ラクシャスは口調は冷淡でも、瞳は薄暗がりの中でもギラギラと、征服欲に満ちた光で異様に輝いて見えた。それがまたノアに怯懦の感情を与える。


「い…いや………」


 ノアは、自分でも信じられないほど弱々しい声で、かぶりを振った。それが今の自分に―――怯えきった自分にできる、唯一の行動だったからだ。しかしそれに対するビーダの反応は、ノアの哀願を突き放すものだった。


「はい!?…今、なんと仰いましたでしょうかァ、姫様!!??」


 片方の耳に手を添え、わざとらしく大声で訊き返すビーダのいやらしさ。


「今、“いや”と仰ったように聞こえましたが…あらあらァ? そこのメイアちゃんや、ソニアちゃんがこれまでにして来た事を、姫様はやっぱり本心では、汚らしいと思ってらっしゃたのかしら!?」


「ちっ…ちが―――」

「いいえ。違わないでしょおーーー!!!!」


 声を被せてノアの言葉を遮り、発言を封じたビーダは、不意に胸を逸らしてノアを軽蔑の眼差しで見下ろした。そして道化師的な態度の裏に潜む、残忍な本性を覗かせて、ノアの意思を全否定する。


「愛するひとのためなら、見捨てられてもいい?…死んでもいい? はん。そんなもの自分を、恋人のために遂げた非業の死で着飾るための綺麗事よ。世の中には死ぬよりつらい事があるの。それをあんたの侍女や友達は耐え忍んで来たの。その現実を突き付けられて、自分だけは“いや”ですって? ざけるんじゃないわ! 早く素っ裸になって、その犬の首輪を―――」


「もうやめて!」


 ビーダの言葉を遮ったそれは、ソニアの叫び声だった。


「お願い! ノアを許して!! ノアはあたしとは違う! あたしのようになっちゃ、いけない人なのよ!!」


「薄汚れた売女ばいたに、出る幕はないんだよ!!」


 侮辱的な罵声を浴びせるビーダ。銃を突きつけていたルギャレが、ソニアの肩を引っ掴んでやめさせようとするが、ソニアは引き下がらない。


「どうしてこんな酷い事するの!? ノアが何をしたっていうの!!??」

 

 ソニアの言葉も尤もだった。幾らオルグターツの性癖が異常であっても、ノアに対してここまで偏執的となると、何か怨恨があるに違いない。するとビーダがその理由を口にする。この際、ノアにも聞かせておこうというのだろう。


「それは姫様が、オルグターツ様を嫌われているからですわ」


「そ…それだけ?」


 驚くほど簡単な理由に、ソニアは唖然とした。しかしビーダには“メンタルドミネーション”を使ったり、嘘をついている気配はない。


「あら。それだけで充分でしょう? こんなにお綺麗なノア姫様が自分を嫌っている…それはオルグターツ様にとって昔からの、この上ない“密かな悦び”であり、“許せない憎しみ”であり続けましたの。そしてその想いを果たすには、目の上の瘤であらせられたドゥ・ザン様が亡くなられた今、オルグターツ様はご自分のお望みを、もはや我慢する必要も無くなられた…そういう事ですわ」


「そんな―――」

「もういいわ。黙らせて!」


 さらに何か言おうとするソニアに対し、ビーダは彼女の肩を掴むルギャレへ命じた。ナルナベラ星人の傭兵は、ソニアの頬に容赦なく平手打ちを喰らわせる。悲鳴を上げて倒れ込むソニア。その声にノアは体を震わせて怯えた。


 そんなノアをビーダは、持ち前の話術でさらに追い詰めていく。


「我が主君、オルグターツ様がペットとしてご所望なのは、凛として気丈なノア姫様ではなく、穢されきって落ちぶれた惨めな姿のノア姫様ですの。ほかに生きる道が無く、ご自分に縋ってお情けを請う哀れなノア姫様を、オルグターツ様はお求めなのですよ。さぁ早くご友人達を守るため、そうなる覚悟を見せて下さいな」


 もはやビーダを見上げ、ただ首を左右に振る事しか出来ないノア。口調を柔らかくしたビーダが、哀れなほどか細くなったノアの心の支えを、染み入るような声でへし折りにかかる。


「ああ…ご心配なく。公開調教の時にはノア姫様にも、おクスリを打って差し上げますから、全てを忘れてお好きなだけ、淫らにヒイヒイ鳴いてくださいまし。調教のご様子は“そのあと”と一緒に映像を録画して、オルグターツ様にお渡しする事になっておりますので、その方がお喜び頂けますわ」


 そこにさらに追い討ちをかけるラクシャス。こちらもいよいよ、秘めていた凶暴な本性をあらわにし始めた。


「言っとくけど、オルグターツ様のお望みに叶うようになるまで、ずっと調教は続くし、バサラナルムに戻ったら、こんなもんじゃ済まないからね! 諦めてさっさと、そこの首輪を付けな!! あんたにゃもう、他の選択肢は無いんだよ!!」


 執拗に続けられる言葉の暴虐に打ちひしがれたノアの心は、次第に死への逃避を望み始める…尊厳のための死ではなく、現実逃避の死を………



死にたい―――



 そんなノアの眼前で、死ぬ事さえ許さぬかのように、床の上の赤い首輪に取り付けられた銀の金具が、照明の光を冷たく反射する。ビーダは眼を細め、わざとノアにも聞こえる声で、ラクシャスに囁きかけた。


「そうだラクシャス。もし大うつけちゃんが生きてたら、お世話になったお礼に、キオ・スー城にも映像を送って差し上げましょうよ。姫様が元気に過ごされてる姿をお見せして、安心して頂かないと」


 蔑みの眼で見下ろすビーダとラクシャスの視線を浴び、絶望に包まれた瞳に涙が滲むノア。剥き出しになった本心が哀しく訴える。


“いや…いや!…いや!!…全部いや!!!! 助けて―――”


 我慢も限界に達するラクシャス。


「いつまで待たせるんだ!! それなら先に傭兵どもに―――」




その時であった―――




 キャビンの扉が大きな音を上げて、外から蹴破られる。そして中へ飛び込んで来たのは、簡易宇宙服を着た若者。


「ノア!!!!」




 愛するひとの名を叫ぶその若者は、紛れもなくノヴァルナだった!







【第18話につづく】

 

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