#14

 

 しかしながら周囲でどのような思惑があろうと、事態は冷然と進む。アーザイル家の高速クルーザー『サレドーラ』が、貨物中継ステーションに到着したのと入れ替わりに、ノアを拉致したビーダとラクシャス達が乗った、大型コンテナ船は埠頭を離れようとしている。ブリッジでは、二隻の仮装巡航艦から抽出した運用スタッフが席について、離岸作業を行っていた。


「管制室。出港を許可願う。こちら貨物船『ラッドランド58』。船籍ナンバーは4136893」


 コンテナ貨物船『ラッドランド58』からの出向許可申請に、これがラクシャスのハッキングによる偽の船籍情報だと気付かず、管制室は出港許可を出す。


「4136893、『ラッドランド58』。出港を許可する。良い旅を」


「ありがとう。最終ロック解除。離岸する」


 民間船を装う仮装巡航艦のクルーだけあって、管制室との通信のやり取りにも、“軍人らしさ”を匂わせない。貨物中継ステーションの六角形の本体から、細長く伸びた埠頭と、コンテナ船を繋ぐバインドアームが、“ガコン”と音が聞こえて来そうな外れ方をし、全長が宇宙戦艦並みのゆうに五百メートルはある、『ラッドランド58』がフワリと虚空に浮かんだ。


 船客用の円形のキャビンの中央に置かれている、前に四分の三ほどが開いた円形のソファーの真ん中。ラクシャスと並んで座ったビーダが、金箔張りの扇をゆっくりと仰ぎながら、前方のビュースクリーンに映る出港の光景を眺め、余裕の含み笑いを交えて言い放つ。


「ホホホ…さぁ、出発よぉ」


 ビーダとラクシャスの前の床には、後ろ手に手錠を嵌められたままのノアとソニア、そしてメイアが座らされていた。メイアはビーダに打擲された頬の傷が痛々しいが、表情自体は何の感情も表していない。ノアは口を真一文字にして、胸中の思いを顔に出すまいとしている。その二人と対照的に、ソニアはすでに憔悴しきった表情になっていた。このままミノネリラ宙域まで連れ去られてしまうと、キヨウの住まいに残している幼い妹と弟が、生きてはいけないからだ。


 するとソファーの背後に立つ『アクレイド傭兵団』のバードルド=ブロットが、ビーダに声を掛けた。


「ヤヴァルト星系の規則では、超空間ゲートを利用する交易船はまず、第四惑星公転軌道上の税関ステーションで、一度目の税関検査を受ける必要がありやす。これを受けねぇと、ゲートの使用許可証が発行されない仕組みでして」


「知ってるわよ。そのためにもあなたを同行させたんだから。上手くやってくれるんでしょうね?」


「へへ。そりゃもちろん…」


 愛想笑いを浮かべて、バードルドはビーダとラクシャスに頭を下げる。本来なら銀河皇国直轄となっている超空間ゲート関連の税関だが、現在はミョルジ家の支配下にあった。となると税関通過には、ミョルジ家と関わりのある『アクレイド傭兵団』に属する、バードルドを使った方が何かと便利だという事だ。

 

 ヤヴァルト星系は銀河皇国の首都星系だけあって、超空間ゲートの使用は他星系より厳しく、税関処理は第四惑星サハンダの公転軌道上を周回する税関ステーションと、星系外縁部に32基ある超空間ゲートそれぞれに設置された税関の、二重検査を受ける必要があった。

 そしてその第一税関の通過時にのみ、超空間ゲートの使用許可証が発行されるのである。また超空間ゲート自体は、機能そのものが星帥皇室の絶対支配下にあり、税関をミョルジ家が事実上運営していても、超空間ゲートに直接手を出す事は不可能なのだ。


「第一税関ステーションまでは、どれぐらいかしら?」


 ビーダが誰と言うことなく尋ねると、すでに所要時間を算出していたらしいラクシャスが、すぐに答える。


「一時間…ぐらいだな」


「じゃあ、超空間ゲートまでは?」


「二日ほどか」


「えええ。そんなにぃ!?」


「わざとらしい…おまえも知っているくせに」


 身をよじって騒ぐビーダに、ラクシャスは冷めた口調で言った。


 貨物船などは通常の惑星間航行の場合、光速の15パーセントにも満たない速度で航行するため、言ってしまえば、超空間ゲートで恒星間を移動するより時間がかかる。だがこれは、現在の銀河皇国では常識的な話だった。

 彼等の乗る『ラッドランド58』は、最高速力で光速の20パーセント弱までは発揮可能だが、航路管理局へ提出した航行計画に無い動きは控えるべきであり、ましてや、大規模な超重力変動を引き起こすDFドライヴを、星系内で使用する事は禁じられている。


 ビーダは「ふん…」と鼻を鳴らし、本題を口にする。


「それにしても…クーケン少佐からの連絡がないわねぇ」


「ああ。それに『ワーガロン』や、『エラントン』からも連絡がない」


 コンテナ貨物船が出港した事でリラックスし始めたのか、ビーダとラクシャスはノヴァルナ殺害部隊の方へ意識を向けた。さすがに、“あとを任せた”クーケン達から、ノヴァルナの殺害に成功したとも、失敗したとも言ってこない事を訝りだしたのだろう。

 この点ではノヴァルナ側の行動は上手く運んでいる。カーズマルスはクーケンに作戦の失敗を報告する隙を与えずに武装解除させていたし、仮装巡航艦の『エラントン』と『ワーガロン』は、『クォルガルード』の通信妨害を伴う陽動作戦で、ノヴァルナがアーザイル家の船で、キヨウを離脱した事を知らないままだった。


 だがノヴァルナ達もそれで間に合ったわけではない。貨物中継ステーションに到着したアーザイル家の高速クルーザー『サレドーラ』が接岸し、作業が完了しないうちに飛び出したノヴァルナだが、その時にはもう、イースキー家の『ラッドランド58』はキヨウの衛星軌道を離れ、加速を開始していたのだ。


 一方で貨物中継ステーションのセンターホール内を駆けるノヴァルナ。


 それに従うのはランとササーラ。そしてナギとその側近、今しがた船内でノヴァルナを撃とうとしていたトゥケーズ=エィン・ドゥに、武装した『サレドーラ』のクルーが四名であった。アーザイル家の陸戦隊は戦闘直後で収容に時間が無く、浄水・空調施設に置いて来ている。


 キヨウの衛星軌道上で唯一稼働している貨物中継ステーションだけあって、各埠頭やランディングベイエリアに接続しているセンターホールには、多くのヒト種やそれ以外の異星人が行き来していた。ノヴァルナが足を踏み入れたここは、四十分ほど前には、ビーダらに連行されたノアが通った場所だ。見渡せばそこかしこで、ビーダ達に絡んで来たナルナベラ星人のような、ならず者のグループがたむろしている。


「ノヴァルナ様―――」


 どうやってノア様を探しますか?…と続けようとしたナギだったが、その時にはもう、ノヴァルナは人込みの中を真っ直ぐに歩き始めていた。






▶#15につづく

 

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