#13
一方で『クォルガルード』のマグナー艦長も、旧サイドゥ家のベテラン指揮官らしく、巧妙だった。ノヴァルナがナギの船を使用する事を知ると、砲撃戦で押されている演技を見せて、交戦している敵の仮装巡航艦二隻を引き付けながら、衛星軌道まで離脱したのだ。
これは敵二隻に、ナギの船がノヴァルナの回収に向かう動きを、感づかせないためのものである。さらに敵を充分引き付けたと判断したマグナーは、敵艦二隻に対し、強力な通信ジャミングを開始した。
しかもそのジャミングを実際に行っている電子戦制御室で、電子作戦科の兵士に交じってモジュールを操作するのは、ノヴァルナの妹フェアンであった。フェアンは専門の兵士が目を見張るほどの勢いで、敵艦の通信システムに対するダメージプログラムを組み上げていく。
彼女にとっては大切な兄ノヴァルナとナギが力を合わせ、大好きな義姉のノアを助けに行こうというのであるから、持てる能力の全てを注ぎ込む覚悟だった。いつもの明朗で奔放な姿は鳴りを潜め、目にもとまらぬ速さでキーボードを操作してゆくフェアンの眼の光は、まるで『センクウNX』で戦場を駆ける時の、ノヴァルナのようだ。
“
フェアンの努力も加わった『クォルガルード』の発するジャミング攻撃に、イースキー家の仮装巡航艦『エラントン』と『ワーガロン』の通信機能は、完全に麻痺してしまった。
二隻とも軍用艦で、商船の振りをして一般船へ接近し、襲撃が本来の任務であるから、襲撃を通報させないための、高い電子戦能力を有している。だがそれでも、最新鋭の『クォルガルード』のジャミング攻撃の前には、対処のしようがない。
「防御プログラム、再構築どうした!!」
『エラントン』の艦長が苛立ちもあらわに、通信士官に問い質す。だが通信士官は現状に、悲観的な報告しかすることが出来ない。
「駄目です。敵のダメージプログラム占有率は75パーセント。これ以上の占有が行われなかったとしても、排除するまで二時間以上はかかります!」
クソッ!…と自分が座る指揮官席の肘掛けを、拳で叩いた『エラントン』の艦長は、苦虫を嚙み潰したような表情で次の命令を発する。
「砲撃の精度を上げよ。敵艦を撃破すればそれで終わりだ!」
艦長の判断は正しい。数からすれば二対一である。『クォルガルード』を撃破しさえすれば、ダメージプログラムの送信は途絶えるのだ。そして事実、『クォルガルード』の状態は、本格的な対艦戦を行うには決して良くない。先日の『ヴァンドルデン・フォース』の艦隊との戦いで、対艦誘導弾や宇宙魚雷は使い果たしていたからだ。
しかし『クォルガルード』のマグナー艦長は冷静だった。無理な反撃は控え、敵が押し出す分を後退し、砲戦距離を詰めさせない。
「距離を維持。いずれかが突出した場合は、そちらへ砲撃を集中。敵が後退する場合は通信妨害の有効範囲から出さないように」
いま自分達『クォルガルード』に求められているのは、アーザイル家の船を使って、連れ去られたノア姫を追おうとしている主君ノヴァルナの動きを、敵の仮装巡航艦二隻に察知されない事、察知された場合でも通信妨害により、報告させない事である。ノヴァルナの専用艦の指揮を任されているだけあって、マグナーは直接命令を受けてはいなくとも、それを正確に理解できる軍人であった。
「左の敵艦が前進。右は動かず」
オペレーターの報告にマグナーは、艦橋中央の戦術状況ホログラムで敵の針路を確認、即座に新たな針路を命じる。
「進路変更。右の敵の射撃を回避しつつ、047プラス03。左の艦に砲撃を集中させよ!」
位置を維持したままの『ワーガロン』からの砲撃を躱しながら、アクティブシールドをかざして『エラントン』と撃ち合う。眼下に、都市構造体で覆われた大陸が青白く浮かぶ、皇都惑星キヨウの衛星軌道上で、『クォルガルード』の粘りの戦いは続いた。
そのノヴァルナは都市構造体の上部に出ると、『クォルガルード』の健闘のおかげで、二隻の仮装巡航艦に知られる事無く、ナギが呼び寄せたアーザイル家の船に乗り込んだ。
ナギの船は『サレドーラ』という名称の高速クルーザーだった。これは三年前、惑星サフローを訪れていたナギが、敵に追われていたフェアンとマリーナらを守って、ノヴァルナのもとへ届けた船である。いわばキオ・スー=ウォーダ家とアーザイル家の両家にとって、“ゆかりの船”というわけだ。
ナギの案内で『サレドーラ』のブリッジに上がって来たのは、ノヴァルナと、彼に同行して来たランとササーラの三名。戦闘艦と違い、高速クルーザーである『サレドーラ』のブリッジは、シルバーとライムグリーンのツートーンで統一されて、スマートな印象を与える。
船はすでに地表を離れ、『クォルガルード』が送信して来た、ノアを乗せたシャトルのコースをトレースした結果―――貨物中継ステーションの一つに向け、速力を上げていた。ただそれでも、シャトルに乗せられたノアが、都市構造体の中層の浄水・空調施設を離れ、一時間弱が経ってしまっている。状況は切迫しており、正直なところノヴァルナには、いつもの余裕は無くなっていた。青から黒へ変わっていく空の先を睨み付け、腕組みをした手の人差し指と中指が、リズムでも取るように小刻みに動く。
ノヴァルナの心情を察してか、ナギは励ますように言う。
「施設の発着口を通れるサイズに合わせるため、シャトルが小型であったのが幸いでした。必ず間に合わせます。協力は惜しみません」
「済まん、アーザイル殿」
ナギの言う通りだった。ノアを連れ去った連中は、本来なら恒星間シャトルを使用していてもおかしくない。そうなると敵はタイムロスもなく一直線に星系外へ向かい、追跡はかなり困難となるはずだ。
しかしノヴァルナ達にとって幸いだったのは、戦場となった浄水・空調施設の入るドーム状空間天井のVTOL機発着口が、小型シャトル用のサイズだという事である。したがってビーダとラクシャスは、『ワーガロン』搭載の小型連絡艇を使うしかなかった。それが僅かながら、ノアを奪い返す可能性を高めていたのだ。
だがその可能性に賭けるノヴァルナにも、それ以上の不安がある。先の星帥皇テルーザへの拝謁で、打ち解け合ったテルーザから告げられた、将来的に関白の地位を与えてもよい…という話だ。
今は冗談の範囲の話だろうが、もしそれが現実となって、ノヴァルナが飛ばされた皇国暦1589年の世界線と整合する場合、あの世界線でノアが死亡していたのと同じ結果を招く、“因果律の揺り戻し”が発生して、この事態にノアが死んでしまう恐れもあった。
考え過ぎ…と思えばそうなのだが、テルーザからその話が出た直後のこのタイミングに、普段の態度とは裏腹に、本質は感受性の強いノヴァルナが、胸騒ぎを覚えても無理のない事である。ましてやノアはいつも、自分が人質にされた時は見捨ててしまえ、と言うような女性であり、捕らえられている間に、どんな無茶をするかも分からない。事実、二年前にも拉致されかけた時は、大暴れして自力で逃げ出して来た“前科”がある。
“絶対助けに行く!…無茶すんじゃねぇぞ、ノア!”
胸の内で呼びかけるノヴァルナ。そしてノヴァルナと並び立つナギ・マーサス=アーザイル。そんな二人の姿を、複雑な表情で背後から見詰める人物がいた。ナギを主君と仰ぐ、若き側近のトゥケーズ=エイン・ドゥである。
将来のアーザイル家を、大きく支える将となるべき才人と目されるだけあって、トゥケーズの眼はノヴァルナの本当の姿を見抜いていた。そしてそれゆえに、自分の主君のナギが、時に大胆で苛烈な行動を取るノヴァルナに、憧れを抱いている事へ危惧を覚えていたのだ。
たとえば今のこの状況である。ノヴァルナの傍についている家臣と言えばラン・マリュウ=フォレスタと、ナルマルザ=ササーラの二人しかいない。そしてナギとノヴァルナの妹フェアンは、仲がいいとは言え、両家は特に同盟関係を結んでいるわけではないのだ。
人にはそれぞれに合った生き方というものがある。才覚としてはいずれアーザイル家を纏めるにあたり、堅実な名君となる資質が充分なナギだが、時に自分の身を危険に晒すような冒険を好む面を持っている。
そのような若き主君がノヴァルナのような、常に危険と隣り合わせの人物と一緒に行動し、触発されて似たような道を歩む事を、トゥケーズが恐れたとしても当然であった。方向性は違うが、当時のイマーガラ家の宰相セッサーラ=タンゲンが、まだ子供の頃のノヴァルナを見て、自分の主家にとって未来の脅威となる事を見抜き、恐れたのと同じだ。
“ナグヤのノヴァルナ………あるいは殺すべきか”
それは三年前、トゥケーズがナギと共に初めて、まだナグヤ=ウォーダ家だったノヴァルナと会ったあとで、その本質と危険性を見抜いて思った事である。イル・ワークラン=ウォーダ家とロッガ家が企む陰謀を、ひとまとめに叩き潰したウォーダの若君が放つ光はあまりにも鮮烈で、トゥケーズ自身、眼も
今が、その時かも知れん―――
ノヴァルナの後ろ姿を見ながら、トゥケーズは考えた。ノヴァルナを今ここで捕らえ、敵対勢力に売り渡すなり殺害するなりすれば、その方がアーザイル家にとって、利益となる事の方が多いのである。そのためならば、自分はどのように処断されても構わない。ナギ様がノヴァルナの妹に好意を抱いているのは分かっている。どれほどの怒りを買うか、計り知れないが―――
無言で軍装の懐に右手を忍ばせ、脇のホルスターに収めた銃のグリップに、指を触れさせるトゥケーズ。間もなく貨物中継ステーション、焦る様子のノヴァルナ…その背中は隙だらけで、やるなら今だ。まず撃ち、生きていれば捕らえ、死んだならばそれでいい。二人の護衛には、悪いが死んでもらうしかない。
だがその時、ナギが「では、接舷の手筈を整えますので」と言って、ノヴァルナの傍らを離れトゥケーズの方へ歩み寄って来た。そして通り過ぎざまに前を見据えたまま、小声で告げる。その眼は
「トゥケーズ。僕を侮辱するような事は、やめてくれ…」
ナギ様に気付かれていた!…主君の言葉は静かな口調だったが、氷の刃のような冷たさをもって、トゥケーズの銃を握った手を釘付けにした。それでも強行するか否か!?―――どうする!?
「は。申し訳ございません…」
自分の下した判断に従った結果、眼を伏せ、軽く会釈したまま、銃をホルスターへ戻すトゥケーズ。だがこの忠臣は数年後、今日という日の自分の判断を、酷く…手酷く、後悔する事になるのである………
▶#14につづく
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