#25
テルーザの勅命に凛とした声で「御意!」と大きく答えたノヴァルナは、おもむろに立ち上がると、また普段通りとなって高笑いをする。
「アッハハハハハ!」
するとテルーザも、少々ぎこちなくはあるが笑い出す。
「ハハ…ハハハハハ」
自分は笑い方も下手だ…と、テルーザは実感した。それは星帥皇々太子として、愛想笑いばかりが必要だった、これまでの人生がそうさせたのだ。無論、個々人の性格の違いはあるが、目の前のこの男のように、あけすけに自分をさらけ出すような笑い方はできないと思う。
ただその一方でテルーザは、先日のゲイラ・ナクナゴン=ヤーシナとの会見を、思い出していた。
ノヴァルナ殿は真に陛下の、友人となる事ができる方です―――
なるほど…と感じる。突拍子もなく、些か奇妙が過ぎるが、充分信用するに足る人物である事は間違いない。
“いいや。そうやって他人を評価しようとすること自体、余に気の置けぬ友人と呼べる者が、いない証なのかも知れぬな…”
ひとり苦笑いを浮かべるテルーザに、ノヴァルナは無遠慮に「ん、どした?」と問い掛ける。友人とはこういうものなのだろう。テルーザは僅かに首を振って「何でもない」と応じ、穏やかな表情で告げた。
「見事、軍を率いて上洛を果たし、余のもとに参じたその時は、そなたに“関白”の地位を与えて遇してもよい」
「!!……」
それを聞いてギクリ!…と肩をすくめ、目を見開いたノヴァルナに、今度は逆にテルーザが「どうした?」と尋ねる。
「いや。なんでもねーよ…」
と答えたものの、“関白の地位を与える”というテルーザの言葉に、ノヴァルナは動揺を隠せない。
関白ノヴァルナ―――
それこそノヴァルナがかつて、ノアとともにトランスリープで飛ばされた、皇国暦1589年の銀河皇国を事実上支配していた、未来の“自分”であった。
その未来の銀河皇国では、“関白ノヴァルナ”はNNLの制御権を握ってロックをかけ、自分に従う星大名にのみ解除コードキーを与えていた。国民行政の最重要社会基盤でもあるNNLを、敵対星大名への締め上げに利用するやり口は、必然的にその敵対星大名の領民も圧迫する事になり、ノヴァルナは“未来の自分”がそのような戦略をとっている事に、嫌悪感を覚えていたのだ。
「まさか…これがきっかけだってのか?…」
思わず立ち尽くして小さく呟くノヴァルナ。しかしその未来は、不確定要素を含んでいる事も確かだ。なぜならその未来ではノアはノヴァルナと出逢っておらず、事故で死亡していたからである。
「きっかけ…とはなんだ?」
ノヴァルナの言葉を問い質すテルーザに、ノヴァルナは「いや。こっちの話さ」と、気を取り直したように背筋を伸ばして向き直る。
「それよか、これから宜しく頼まぁ」
ノヴァルナが柔らかな笑みで告げると、テルーザも晴れやかな顔で応じた。
「うむ。友としてな」
「おう」
そう言って拳を突き出すノヴァルナ。不思議そうにその拳を見詰めるテルーザ。ノヴァルナは不敵な笑みで言う。
「グータッチさ。拳を突き合わせてみ」
「こ、こうか?」
見よう見まねでテルーザが突き出した拳に、ノヴァルナは景気よくガツンと自分の拳を打ち付けた。「つ…」と顔をしかめるテルーザに、ノヴァルナは再び「アッハハハハハ!」と高笑いする。
それから少しばかり今後の事などを話し込んだ二人は、そこで会見を終えた。将来的な銀河皇国のあり方を考えるうえでも、互いに有意義な時間であった事は言うまでもない。
テルーザのもとを辞したノヴァルナは、星帥皇宮の控室で待つランとササーラのところへ戻りながら、未来への世界線について思い返していた。
自分がノアを助けた事で、世界線は変わって来ているはずだった。ノアが生き延び、自分の婚約者となった程度では元の世界線に、影響を及ぼしはしないという事なのだろうか…と、ノヴァルナは思考を巡らせる。そして―――
“てゆーか、そもそも…あのノアと出逢わなかった世界で、俺の嫁になってたのは誰なんだ?”
そう思い始めたところでノヴァルナは、“危ねぇ危ねぇ…”と首を振った。そんな事を詮索しても、ロクな結果にならない事はよく分かっているつもりだ。それに今は世界線がどうであろうと、ノア以外の誰かを選ぶ気などなかった。
“さぁて。キヨウ行きのメインイベントも終わったし、ノアとメシにすっか…”
胸の内で呟いて控室の扉を開けたノヴァルナが、中にいるランとササーラに「おう。待たせ―――」とそこまで言うのと、そのランとササーラが、蒼白となった顔でソファーから立ち上がり、「ノヴァルナ様!」「お待ちしておりました!!」と叫ぶように言うのが同時となる。
「なんだ? どうした?」
ただ事ではないと感じ取ったノヴァルナが、表情を引き締めて尋ねる。主君の問いに、ササーラは厳つい顔を強張らせて報告した。
「ノア姫様がイースキー家に、拉致されました!」
【第17話につづく】
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