#04

 

 翌日。『クォルガルード』と『クーギス党』の混成艦隊は、丸一日をかけて中立宙域を抜け、ヤヴァルト宙域へ進入した。そこからさらに一日をかけ、ビルガシアという名の植民星系へ達すると、そこを根拠地とする皇国軍駐留部隊に、『ヴァンドルデン・フォース』の捕虜を引き渡した。彼等をユジェンダルバ星系に残しておくと、住民達からどのような扱いを受けるか知れないからだ。非道の報いと言えばそれまでだが、住民達を復讐の徒にしたくはないという、ノヴァルナなりの配慮であった。

 その一方で捕虜達を、皇都惑星キヨウまで連れて行くのも難がある。それは現在のキヨウが、『ヴァンドルデン・フォース』の本来の敵であった星大名ミョルジ家と、『アクレイド傭兵団』によって支配されており、迂闊に捕虜達を預けるとろくな裁きもされずに、皆殺し…という可能性も考えられるからだ。別に話をつけたわけではないが、ラフ・ザスとの最後の通信で、公正な裁判を受けさせると言った以上は、それを守ってやろうという、こちらもノヴァルナの配慮である。


 星系の第二惑星に設置されたビルガシア駐屯地は、領域警備を目的とした小さな基地で、駐留部隊の司令官はいい加減な男だった。ただモルタナとは懇意にしており、金品による賄賂と引き換えに、宇宙海賊の『クーギス党』が、比較的容易に皇都宙域のヤヴァルトに出入りできるよう、互いに便宜を図る関係を築いている。


 ノヴァルナは『クォルガルード』の艦橋で、『クーギス党』の旗艦『ビッグ・マム』に乗るモルタナとビルガシア基地司令官の、ホログラムによる通信の様子を眺めていた。


「じゃあ司令官。捕虜の事、宜しく頼んだよ」


 モルタナにそう告げられた司令官は、眠そうな眼をした小太りの男である。


「ああ。この基地は規模だけあって兵員の数が少ないからな。彼等を収容する場所は幾らでもある。悪いようにはせんよ―――」


 そう応じた司令官は小さな目を細めて続ける。


「おまえ達の方こそ、約束…いや、契約は守れよ」


「わかってるさ。任せな」


 モルタナが口元を湯気馬手応じると、司令官はホログラムの中でノヴァルナの方へ向き直った。回線は三者の間で開いているのである。


「それでは、ウォーダ様。これにて…」


 明らかに見返りに期待している眼差しの司令官に、ノヴァルナは星大名らしく司令官席に身を沈め、鷹揚に頷いて応じた。


「ああ。宜しく頼む」


 丁寧なお辞儀と共に司令官のホログラムが消えると、ノヴァルナはつまらなさそうにため息をつく。いや実際、こういった類の連中を相手にするのは、星大名の座を継いだ以上、必要な事だと理解していてもつまらない。

 

 そんなノヴァルナの表情に気付いたのか、まだ回線を開いたままのモルタナが、宥めるような口調で言った。


「そんな顔しなさんな。これも仕事のうちだろ?」


「わかってるって」


「なんなら、また一杯、付き合うかい?」


「あ、すいません。勘弁してください」


 この前のモルタナに飲まされた翌日、酷い二日酔いで死にそうになったノヴァルナは、即答で詫びを入れる。「ハハハッ…」と笑い声を上げたモルタナは、穏やかな声で告げた。


「じゃ、あたいらも行くよ。またね、若殿様」


 モルタナ達『クーギス党』の本隊はここから中立宙域へ戻り、リガント星系やバグル=シルの交易ステーションをはじめとする、『ヴァンドルデン・フォース』の勢力圏の制圧に乗り出す予定だった。

 自らの行為には責任を持たねばならない。それは『ヴァンドルデン・フォース』を倒したノヴァルナと『クーギス党』も同様である。曲がりなりにも『ヴァンドルデン・フォース』が中立宙域に勢力圏を確立し、秩序を作り出していた以上、それが失われた事で、様々な勢力が主導権を握ろうと動き出すのは間違いない。モルタナ達はそれらの勢力争いに介入し、無用な争乱が大きくなるのを防ぐのだ。


「すまねーな、ねーさん。今回は世話になりっ放しで」


 そう言うノヴァルナに、モルタナはニコリと笑みを見せて応じる。


「いいさ。前も言ったろ?…いずれあたいらは、連中とやり合う事になってたはずだったって。そん時は逆に、あたいらがあんたに応援を求めてたよ」


「わかった。また会おうぜ」


「ああ。それからウチの親父に、早くあたいらと合流するよう言っとくれ」


 モルタナがそう告げた『クーギス党』の艦隊は、第二惑星の衛星軌道上でゆっくりと左方向へ回頭して、中立宙域の方向へ去って行った。それを見送ったノヴァルナは、マグナー艦長へ出航を命じる。


「おし。俺達も行くとすっか。出発だ、艦長」


 ノヴァルナの命で動き始める『クォルガルード』。よく見るとその外殻は、今この時間も修理を行っていた。戦闘輸送艦という微妙な立場でありながら、『ヴァンドルデン・フォース』との戦いで敵戦艦と想定外の撃ち合いを演じ、かなりの損害を被ったため、キヨウへ向かう間も通常空間を航行する間は、こうやって修復作業を行っているのだ。このビルガシア星系から、キヨウのあるヤヴァルト星系まではおよそ一千光年。時間にして二日ほどの距離だ。


“ノアの奴、元気にしてっかな?…”


 一緒に旅に出ながらもう一週間以上も離れ離れという、普段の生活でもあまり無い状況に、ノヴァルナは無意識に唇を尖らせて、『クォルガルード』が向かおうとしている宇宙空間の漆黒の闇を見詰めた………

 


そのノヴァルナが想いを馳せたノアは―――




「きみの仮説を検分させてもらった…なかなか興味深い仮説だと思う」


 今日もキヨウ皇国大学の次元物理学教授、リーアム=ベラルニクス教授の研究室を訪れたノアは、先日提出した“銀河系の時間偏位に関する仮説”のレポートを検分した教授から、その内容の評価を受けていた。


 研究室の執務机を前に座るベラルニクス教授は、学者然とした痩身の男性で今年でまだ五十二歳。教授としてはまだ若い方であった。四十代で博士号を得て、皇国大学が期待する学者の一人でもある。


「些か、突拍子もない点は幾つかあるが、理に適っていなくもない」


 教授がそう続ける視線の先には、執務机を挟んで立つノアの姿があった。そして彼女の隣には、同じ次元物理学科の卒業生で二年先輩、現在はベラルニクス教授の研究室で助手をしている、ルディル・エラン=スレイトンが並んで立っていた。


 教授の評価にノアが「ありがとうございます」と礼の言葉を口にすると、すかさずスレイトンが意見を述べる。


「これと似た仮説は、これまでも幾つか提唱されて来ましたが、ノアくんの仮説はそれを一歩進めたものだと思います」


 スレイトンの意見を聞き、教授は「ふむ…」と思案顔をすると、やがて顔を上げてノアを見据え軽く頷いた。


「いいだろう。きみにレベル3のアクセス権を与える。その研究を続けるために、ここのコンピューターを使用したまえ」


「はい。ありがとうございます」


 再び礼の言葉を口にするノアだったが、今度の口調は今しがたより強い。大学の学術コンピューターにはロックが掛かる仕組みになっており、貴重なデータなどは一般人がNNLから、簡単にはアクセス出来ないのである。それは在校生や卒業生も同様で、成果が期待できる研究を行っている者には、その研究内容に応じたレベルで、大学が保持するこれまでの学術データアーカイブが、閲覧できるようになるのだ。


 そしてノアにはかねてからの懸案であった、皇国暦1589年のムツルー宙域で発見した恒星間にまたがる謎の超々巨大施設、『超空間ネゲントロピーコイル』の正体を探るために、その皇国大学の学術データアーカイブの、最高レベルとなるレベル3のデータへのアクセス権が必要だった。それを得るためにレポートを提出して、自分が今でも価値ある研究を続けているという、証明が必要だったのである。


 研究室を辞すると、ノアはスレイトンにも礼を告げた。


「ありがとうございます、先輩。私一人じゃ、あの修正点は見つけられませんでした。助かりました」


 どうやらノアがベラルニクス教授に提出したレポートには、はじめのうち、重大な要修正箇所があったらしく、それをスレイトンが指摘したようだ。ノアの礼の言葉にスレイトンは長めの金髪を揺らし、屈託のない笑顔で応じた………


「うん。きみのお役に立てて良かった」





▶#05につづく

 

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