#03
それから二時間ほど経った戦闘輸送艦『クォルガルード』。執務室のソファーには、酔いつぶれたノヴァルナがダウンしていた。それに引き換えモルタナはササーラとランを相手に、平然と飲み続けている。モルタナについて来ていた二人の手下は、先に彼等の旗艦『プリティドーター』へ帰っていた。
「ふん…まぁ、頑張った方だね」
そう言ってモルタナは、眠りこけているノヴァルナの顔を眺めて、苦笑いを浮かべる。今回の戦いで戦死した『クーギス党』の兵達の、弔い酒だとモルタナに言われたため、酒に弱いノヴァルナも必死に付き合った結果だ。
「ちょっと失礼…」
空にしたグラスをテーブルに置き、立ち上がったササーラは、おぼつかない足取りで執務室を出て行こうとする。おそらくトイレだろう。キノッサとネイミアはモルタナにお子ちゃま扱いされ、最初から部屋を追い出されていた。そうなると眠っているノヴァルナ以外に部屋にいるのは、モルタナとランだけとなる。パタリと扉が閉まり、ササーラの姿が消えると、モルタナはにんまりと笑みを浮かべた。身の危険を感じて引き気味になるラン。
「ふふっ。二人きりだね、ランちゃん」
「ノ…ノヴァルナ様がおられますけど」
「こんな寝くたばってるのなんざ、数の内に入らないよ」
「………」
警戒感をあらわにするランにモルタナは、肩をすくめて口元を歪め「安心しな、冗談だよ」と告げる。
「言ったろ?…この酒は、あたいの手下達の弔い酒だって。だから今日は、あんたを口説いたりはしないさ」
こういう物言いをする際のモルタナの言葉は、嘘ではないとランは知っており、ホッ…と胸を撫で下ろした眼になる。そして躊躇いがちにモルタナに対し、感謝の言葉を口にした。
「ありがとうございます。モルタナさん」
「ん?…なにが?」
少しとぼけた声で応じるモルタナ。ランは寝息を立てているノヴァルナに、穏やかな視線を向けて言う。
「先日の『ヴァンドルデン・フォース』との戦いを終えてから…ノヴァルナ様、ほとんど休んでおられなくて…夜もあまり眠っておられなかったみたいなんです」
『ヴァンドルデン・フォース』との戦いの残務処理で多忙だった事もあるが、それ以上に今回の後味の悪い勝利が、ノヴァルナに精神的負担を強いていた。傍若無人な振る舞いを演じてはいるが、元来が感受性の強いノヴァルナであるから、ゆっくり休めていなかったのだ。そういう意味で、この酔いつぶれての睡眠は、主君の健康を気遣うランとしても。むしろ有難いものだった。
ランの言葉にモルタナは、僅かなはにかみを含んだ表情で応じる。
「まぁ、戦いのあと何度か会ったり、通信したりして顔見てたからね。疲れてるのが、丸わかりだったよ…ああでも、配下の弔い酒って理由はマジだからね。気にしてもらう必要は無いよ」
やはりモルタナさん流の気遣いだったか…と眼を細めるラン。
「助かります…ノア様がいらしたらノヴァルナ様も、お気を紛らわせる事が出来るんですが」
ランがそう言うと、モルタナは“やれやれ…”といった表情になる。こういった優等生的発言を聞かされると、つい虐めたくなりもするというものだ。
「あんたが若殿様のベッドに潜り込んで、お慰めあそばす…ってのは?」
「!!…」
モルタナの不意を突いた問いに、すでに酔いでほんのりと頬を桜色に染めていたランは、その赤みが一気に増した。
「そんな事は!…」
口調を硬くするランにモルタナは、ふぅ…とため息をつく。
「それは冗談として、あんた…どうすんのさ?」
「どう…とは?」
「この若殿様の側室みたいなのには、なる気はないんだろ?」
「あ、当たり前です!」
モルタナにずけずけと言われて、ランは動揺を露わにした。普段冷静沈着な彼女も、モルタナが相手ではついペースを乱されてしまう。
「で、若殿様に二度と抱かれもせず、貞節だけを守り通すのかい?」
「私はノヴァルナ様の親衛隊、『ホロウシュ』です!」
「一度抱かれちまった以上、そんなのはただの言い訳さね!」
「う………」
モルタナにぴしゃりと言われ、ランは何も言い返せなくなった。五年前の
「じゃあ、どうすればいいと、言われるんですか?」
やや捨て鉢気味に尋ねるランに、モルタナは飄々と応じる。
「簡単さぁ。あんたが新しいカノジョを作る」
その“彼氏”ではなく、“彼女”というモルタナの言い回しで、生真面目なランもようやく、自分がからかわれている事に気付いた。僅かに顔をしかめて、モルタナに問い質す。
「今日は口説かないんじゃなかったんですか?」
それに対してモルタナは、余裕の表情でさらりと受け流した。
「口説いてないさ。アドバイスだよ」
そこへササーラが用を足して戻って来る。すかさずモルタナはウイスキーのボトルを掲げて言い放った。
「待ってたよ、ササーラ。今日はそこで寝くたばってるガキの分も、とことん付き合ってもらうよ。まだまだこれからだからね!」
▶#04につづく
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