#03

 

 酒類が運ばれて来てからは、日常のとめどもない話が続いた。ただここでも、やはり主役はモルタナだった。まるで芸能レポーターのように、ノヴァルナとノアの私生活を聞き出そうとする。


「それでそれでそれで? 今は一緒のベッドに寝てんの?」


「ね、寝てねーよ」


「んんん~?…どうにも怪しいねぇ~」


「怪しくねーし…」


 酒に弱いせいだけではなく、ノアとの私生活を根掘り葉掘りかれ、ノヴァルナはモルタナに対し、防戦一方となっていた。そして自分達では絶対尋ねられない事に、キノッサやネイミアだけでなく、生真面目なランや実直なササーラまでもが、聞き耳を立てずにはいられない。


「じゃあさぁ、じゃあさぁ―――」


「もう、いいって。ねーさん、酔ってんのか?」


 さすがに辟易とした様子のノヴァルナは、呆れ顔でモルタナを諭す。するとその直後、店の入り口のドアが大きく開け放たれ、十人以上の男が入って来た。それを見て、たちまちモルタナは真顔になる。


「来たよ。奴等だ」


 その言葉にノヴァルナも真顔になり、男達を観察する。着衣は作業着だったり軍装だったり、簡易タイプのボディアーマーを身に着けている者もいて、バラバラであった。人種もヒト種のほかにアントニア星人やスキーラ星人など、異星人も一緒である。

 彼らが入って来ると同時に、入り口付近のボックス席の幾つかから、客が立ち上がった。連中の仲間か、関係者であろう。そこからさらに数人の男が入店し、それに続いて、太鼓腹の巨漢の男が笑い顔で入って来る。そのあとから入って来る、小柄な中年男性。身長は160センチそこそこ。オールバックの頭髪に鋭い眼光。グレーの皇国軍の制服に身を包んだ体からは、危険なオーラが漂っていた。


“あいつが、ラフ・ザス=ヴァンドルデンか…”


 モルタナに教えられるまでもなくノヴァルナは、その小柄な男が『ヴァンドルデン・フォース』の首領だと気付いた。『ヴァンドルデン・フォース』の行動は惑星の住民を何十万も殺害するほど残虐なものだが、ラフ・ザスの見た目から受ける印象は冷酷な感じだ。

 モルタナもその辺は理解しているのか、ラフ・ザスではなく、先に入って来た太鼓腹の男の事を伝える。


「あの太っちょはベグン=ドフ。あれでBSIパイロットだと。しかもそれなりの腕があって、ラフ・ザスからBSHOを与えられてるみたいだよ」


「BSHOだと?」


 BSHOと聞いて、ノヴァルナは眉をひそめた。そんなものがいるとなると、話は少々厄介になる。そのドフに眼を遣ると、「バハハ…」と下品な笑い声をあげながら、ホステスの胸を鷲掴みにしていた。

 

 ノヴァルナの視線の先で、ラフ・ザスは数人の男から何度もお辞儀を受ける。余程世話になっている男たちのようだ。


 するとその男達が先導し、ラフ・ザスを案内し始めた。どうやら席が予約されているらしい。そして席はステージの近くなのか、店の中央へと向かう。そのコース上にあるノヴァルナ達の席の方へとやって来る。直接顔を合わせるつもりは無かったモルタナは、顔を逸らしてやり過ごそうとするが、なにぶんホステスにも負けないぐらい、肌の露出の多い着衣である。脇を通り過ぎようとしたラフ・ザスだったが、薄暗がりの中でもモルタナの姿は目に留まってしまう。


「ほう…これは、『クーギス党』の頭領の娘ではないか」


 立ち止まって声を掛けて来るラフ・ザス。冷酷な印象に似合う、北風を思わせる冷たい響きを感じさせ、よく見るとその手には、乗馬用の鞭が握られている。見つかった以上、無視するわけにもいかず、モルタナはラフ・ザスを振り向いて言葉を返した。


「ああ。あんたか、久しぶりだね」


「どういう風の吹き回しかね? きみ達がここへ寄り付くとは」


 ラフ・ザスは笑顔で告げてはいるが、その表情は鉄仮面の上へ、人の皮を貼り付けたかのように無機質である。


「ちょいと、届けなきゃなんない積み荷があってね。そうじゃなきゃこんなトコ、来たりやしないよ」


 つっけんどんな口調のモルタナに、ラフ・ザスの傍らにいた二人の男が、苛立ちを露わにする。こっちは身なりからしてモルタナの同業者―――宇宙海賊らしい。


「てめぇモルタナ! ヴァンドルデンさんに、その口の利き方はなんだ!?」


 向こうが喧嘩腰で来ると、モルタナもつい声が荒くなる。


「はん! こちとら、あんたらみたいな、金魚のフンじゃないんでね!」


「なんだと、このアマ!!」


 身を乗り出しかける二人だったが、ラフ・ザスはその眼前へ、手にしていた乗馬鞭をピタリと突き出し、押しとどめた。


「やめたまえ…他の客に迷惑だ」


 ピーンと弓の弦を張ったような声に、二人の海賊は渋々引き下がる。それを横目で見たラフ・ザスは、苦笑いらしきものを浮かべてモルタナに向き直った。


「きみ達との揉め事は、もう一年も前の話だ。それに解決して、互いに水に流しているはず。これからはきみ達とも上手くやっていきたいと、思っているのだがね」


 それを聞いてモルタナはこの際、連中のものの考え方を、本人から喋らせてやろうと思いつき、ノヴァルナに“よく聞いときな”と目配せしてから、ラフ・ザスの言葉に応じる。


「そう思うのなら聞かせとくれ。なんで無抵抗の植民星の人間を、大量虐殺したりすんのさ? あんたら元は、その植民星を守る皇国軍だったんだろ?」

 

 モルタナの挑戦的な問いに、ラフ・ザスは冷酷そうな双眸を、さらに冷たく光らせて応じた。


「人民を統治するのは恐怖…これに尽きると、知ったからだよ」


 それを聞いて、無言を通しているノヴァルナの表情が険しくなる。


「恐怖?」とモルタナ。


「彼等に対して優しさなど必要ない。そんなものを与えても、つけ上がるだけだ。それが我々を侮り、利用し、いつかは裏切りを生む…だが恐怖は、そのようなものを生み出させはしない。愚民どもが我々を利用するのではなく、我々が愚民どもを利用するのだよ」


「そりゃまた、ずいぶん極端な話だね。暴論ってヤツじゃないのかい?」


 モルタナのクーギス家はかつて、イーセ宙域のシズマ恒星群を収める“シズマ十三人衆”の筆頭であった。それゆえにラフ・ザスの言葉は聞き捨てならない。するとラフ・ザスは、皮肉な笑みに口元を歪めて告げた。


「きみ達『クーギス党』がシズマ恒星群を追われたのは、他の十三人衆がキルバルター家に寝返った…つまり裏切ったためだろう? 我々の心情はきみ達にも、理解してもらえると思うのだがね」


 館に乱入して来た敵の兵士に、目の前で母親と従姉を惨殺された幼少の頃の記憶が蘇って、一瞬ラフ・ザスをキッ!…と睨み付けたモルタナだったが、すぐに表情を元に戻して、何食わぬ顔で言い放つ。


「さあねぇ。分かりたくもないし、分かっちゃいけない話だろうさ。少なくとも、あたいらにはね…」


 そう応じたモルタナはノヴァルナを見る。自分はともかく、この若者は現役の星大名であって、人々を統治する立場だ。ただそのノヴァルナは、口を真一文字に結んだまま無言を通している。もっともこういった場合のノヴァルナの無言は、真剣に怒っている時なのだが。


 そんなモルタナの反応にラフ・ザスは、とりあえずはもう充分といった様子で、その場を離れようとする。


「それならそれでいい。きみ達が我々に加わるというのなら、いつでも歓迎する。ここは私が奢らせてもらうから、考えておいてくれ…」


 そう言ったラフ・ザスは、ふとノヴァルナに目を留めた。互いの鋭い視線が交差する。一瞬後、ラフ・ザスはモルタナに問いかけた。


「この若者は?」


「あたいの弟分さ」


 即答するモルタナ。おそらくノヴァルナについて訊かれた場合に備え、“弟分”という単語を用意していたのだろう。ラフ・ザスは手にしていた乗馬鞭を軽く振るい、もう一方の手で受け止めると、「なるほど…いい海賊になりそうだ」と告げて立ち去っていく。だが今度はラフ・ザスの後をついて来ていた、太鼓腹のベグン=ドフがモルタナに絡んで来た。


「バハハハ。おう、モルタナ。相変わらずいいオンナっぷりだな!」





▶#04につづく

 

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