#02

 

「ここだよ」


 ノヴァルナ達を案内したモルタナが口を開いたのは、商業エリアの片隅にある一軒の酒場である。目的は『ヴァンドルデン・フォース』の情報収集。ただ当初は、別の店を考えていたモルタナだった。


 それをここへ変更したのは、このバグル=シルの交易ステーションを訪れた際、『ヴァンドルデン・フォース』の旗艦が、寄港しようとしているのに出くわしたからだ。ここは『ヴァンドルデン・フォース』の首領、ラフ・ザス=ヴァンドルデンの行きつけの店なのである。ラフ・ザスはこのステーションへ来ると、必ずここへ立ち寄るらしい。もし機会が合えばノヴァルナに、敵となる男の顔を見せておこうというモルタナの考えだった。


「さ、入った入った」


 そう言うモルタナに促され、ノヴァルナ達は店の中に入る。薄暗いというには暗すぎる店内は怪しげな煙が漂っており、紫やピンクのホログラムが浮かんで、煙にかすんでぼんやり光っていた。

 店の種類としてはショーパブで、中央にはステージがある。小型の重力子ドライブを搭載した球体が三体、宙に浮かんでステージの周囲を巡りながら、スポットライトをあてていた。そしてそのステージの上では、半裸の女性達が艶めかしい踊りを披露している。


「ここにしよ」


 モルタナの言葉に従い、ノヴァルナ達は紫に光るフレームに縁取りされた、円型のボックス席に座った。すぐにテーブルの中央から、ドラム状のオーダーホログラムが伸びだして来る。すると間を置かず、モルタナがメニュー名に指を触れさせ、勝手にオーダーを入れ始めた。


「あたいはオンザロック…あんたはバーネカル・フィズで―――」


「俺は、いいって」


 酒に弱いノヴァルナは顔をしかめて拒否する。しかしモルタナはどこ吹く風だ。


「おこちゃま向けのカクテルだから、度数は大した事ないよ、付き合いな。んで、ササーラは民族の故郷のガロム・エールをいこうか…」


「私はノヴァルナ様の護衛ですので―――」


 断ろうとするササーラにも、モルタナはぴしゃりと返す。


「あんたも、辛気臭しんきくさいコト言うんじゃないよ!」


 姉御肌の本領を発揮したモルタナには、厳つい顔のササーラもたじたじだった。ところがモルタナはランの注文には、猫撫で声になる。


「それでぇ、ランちゃんはぁ、酔わせてぇ、あんなコトやこんなコトしたいしぃ…とびきりキツいヤツを―――」


「要りません!」


 ノヴァルナの護衛という意味以外に、身の危険という理由も含めて、ランは真顔で拒絶した。堅物のランでもこれが冗談だとは分かるが、油断できないのがモルタナという女性であるのも知っている。案の定、苦笑い交じりに「ケチ!」と言ったモルタナは、ランのために当り障りのない赤ワインをオーダーした。

 

 ただ機嫌良くオーダーしていたモルタナだったが、キノッサが「あの…わたくしどもめの分は?」と、自分とネイミアの注文の事を尋ねると、「はぁ!?」と不機嫌そうな声を返した。


「迷子になるようなマジなお子ちゃまは、十年早いんだよ!」


「すっ、すいませんっ!!」


 ここに来るまでに仲間とはぐれたキノッサとネイミアを、誰も叱っていなかったので、代わりにモルタナが叱りつけた形だ。無事助かりはしたが、一つ間違えば大怪我や、それ以上の目に遭う恐れがあったためである。それでもモルタナはすぐに怒りを収めて、二人にフレッシュジュースを頼んでやった。


 注文を終えると、ノヴァルナは早速モルタナに話しかける。


「で? 首領のヴァンドルデンってヤツぁ、どんな人間なんだ?」


「さぁね…実のところ、あたいも詳しくは知らないんだ。元は皇国軍の提督だったらしいんだけど、味方に裏切られた、とか何とかって噂さ」


「味方に裏切られた?…どういうこった?」


「だから詳しい事は知らないって。あとで連中の事に詳しい情報屋を紹介してやるから、そいつから聞きな」


「その割にはこのステーションとか、詳しいじゃねーか」


「ああ。一年ほど前に連中と、ちょいとモメてね。そん時にここで、手打ちの交渉をしたのさ」


「モメた?」


「船団護衛の仕事やってた時に、連中のふねがちょっかい掛けて来てさ、少しばかり砲撃戦になったんだ。それがまた、あたいらの縄張りでグレーゾーンになってる場所でね。護衛してた交易船は無事だったんだが、双方のふねに損害が出て、お互いに“どう落とし前つけてくれるんだ”ってなったんだよ」


 宇宙海賊の仕事は略奪ばかりではない。逆に報酬と引き換えに交易船の護衛を請け負う場合もあり、その際の航路は“縄張り”と呼んで、他の宇宙海賊は手を出さない事が暗黙の了解となっている。

 無論そういった仕事は、高い戦力を持つ宇宙海賊に限られており、この二年間で旧式の軽巡航艦や駆逐艦を、ノヴァルナのキオ・スー=ウォーダ家から支給された『クーギス党』は、充分に船団護衛の仕事に対応できていた。『ヴァンドルデン・フォース』との揉め事はその船団護衛中に起きたらしい。


「あたいが知ってるヴァンドルデンの連中に関する情報は、その交渉の前に仕入れたもんだよ。情報は多いに越した事はないからね」


「さすがだぜ、ねーさん」


「おあいこさ。向こうもあたいらと交渉する前に、いろいろ調べたみたいでね。そこであたいらのバックに、どっかの星大名が付いてるって噂も聞いたんだろうさ。話もどうにかまとまってね…もっとも、本音じゃあたいらを潰したいってのが、見え見えだったけどさ」


 そう言ってモルタナが苦笑いをノヴァルナに向けた時、肌の露出の多い着衣のホステスが、注文の品を運んで来た………





▶#03につづく

 

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