#11

 

「なっ…!?」


 ポカンと口を開けるレバントンに、ノヴァルナはさらに言い放つ。状況は掴めていないものの、持ち前の天衣無縫さを発揮し、すでにこの場の主役を演じていた。


「最初に会った時も言ったよなぁ。俺はここに泊まる事に決めてんだって! 追い出すつもりだってんなら、やってみやがれ! 俺は意地でも泊まってやっからな。今日は大目に見てやる! とっととこの雑魚どもを連れて帰んな!!」


 見栄を切ってそう言うノヴァルナの袖を、傍らにいるノアが引っ張って、小声で怪訝そうに問い質す。


「ちょっと。なんで貴方が仕切ってんのよ?」


「いいんだよ。こーゆーのはノリが肝心だ」


 適当な婚約者の返答に肩をすくめるノア。ただまぁ、変に怒りを爆発させずに済んだのは、良かったと思える。


「そうですか!?…仕方ないようですね―――」


 レバントンは気持ちを落ち着かせるように、肩で大きく息をして告げた。


「仰る通り、ここは引き下がると致しましょう…しかし強情なお客様ですな。今後はどのような目に遭われても、保証は致しかねますので…せいぜいご注意を」


 レバントンはノヴァルナ達の素性を知らず、最初に告げられたガルワニーシャ重工重役の子息一行だと思ったままである。もし目の前に立っているのが、傍若無人で近隣宙域にまで悪名が轟いた、ウォーダ家のノヴァルナであると知れば、まだ対応も変わっていたに違いない。レバントン達も要らぬ相手…それも最悪な相手に喧嘩を売ったと言える。


「おう! せいぜいご注意とやらを、させてもらうとするぜ!!」


 むしろ何か起きるのを期待するような口ぶりのノヴァルナに、「ふん…」と鼻を鳴らしたレバントンは、エテルナに捨て台詞を残して事務所を出ようとした。


「この際、はっきりさせておくぞ『オ・カーミ』…もはやあんたらに味方するものは、この惑星には存在しない。こちらがいい条件を出してやっているうちに、首を縦に振った方がいい」


 そのレバントンの足元へノヴァルナは、自分達に絡んで来た大男と、ノア達に絡んで来たスキンヘッドの男を突き転がす。


「おら、忘れもんだ。連れて帰れ!」


 しかしレバントンは、その二人の男を一瞥しただけで、ノヴァルナに冷たく返答した。


「ああ。どうぞ煮るなり焼くなり、お好きになさってください。ザブルナルの市内へ行けば、このような者の代わりは幾らでも見つかりますから」


「そうかい。じゃあ、好きにさせてもらうぜ」


 ノヴァルナの言葉に二人の男は、床に転がったままでコブとアザだらけの顔を怯えさせ、震え上がる。


「では今日のところはこれにて。『オ・カーミ』、連絡を待っているよ」


 レバントンはエテルナにそう言い残すと、告げた通り床に転がる男達に見向きもせず、側近を引き連れて事務所を去って行った………




 レバントンが立ち去ったすぐあと、『オ・カーミ』のエテルナは、急いだ様子でノヴァルナとノアの前に進み出ると、床に額をつけて土下座する。


「申し訳ございません!」


「ん?」


 なぜ謝られるのか分からない…といった表情をするノヴァルナとノア。当然だった。二人にすれば、降りかかる火の粉を払ったようなものだからだ。


「このような不祥事。どのようにお詫びしても済むものではございません。お客様に危害を加えるなど、あってはならない事ですのに…」


「んー…」


 そういうものなのか?…といった表情で自分を向いて来るノヴァルナに、ノアは苦笑を返した。彼にとってはこういった揉め事は日常茶飯事であり、一々騒ぎ立てるレベルの問題ではないのだろう。それが証拠に、ぶっきらぼうにエテルナに言葉を返す。


「ま。いいんじゃね?」


 全く意に介していないノヴァルナの反応に、痛烈に批判される事を覚悟していたエテルナは、些か拍子抜けした顔で見上げる。そこですかざず、ノアはノヴァルナと目を合わせて一つ頷くとエテルナに告げた。


「どうぞお気になさらないで下さい。こう見えて私達、こういった荒事には慣れていますので」


「はぁ…」


 こういった荒事には慣れている…と、淑女然としたノアの口から聞かされ、エテルナは怪訝そうな表情になる。エテルナもまたノヴァルナに会ってすぐ、この若者がガルワニーシャ重工重役の子息だという話を、額面通りに信じられなくなり、本当は武家階級の『ム・シャー』であろうとは思っていた。ただやはり一般人からすれば雲の上の存在の、星大名家当主だとまでは想像がついていなかったのである。


「それはともかく『オ・カーミ』…まぁ座れ」


 とノヴァルナは、まるで自分がこの旅館の主であるかのような態度で、床の上のエテルナにソファーを勧めた。

 促されるままにノヴァルナの対面にエテルナが腰を下ろすと、ノアもノヴァルナの隣へ座る。ノヴァルナ達が連行して来た二人の男は、メイアとマイアに部屋の片隅へ追いやられ、逃げ出せないように監視された。


「どういう事だ。ここで何が起きている?」


 ノヴァルナは努めて平静な口調でエテルナに問い掛ける。


「それは…お客様に申し上げるような事では…どうぞ、ご勘弁ください」


 エテルナは目を伏せ、深く頭を下げた。だが当然、それで納得するようなノヴァルナではない。


「俺の身内が危険な目に遭ったんだ。ご勘弁とかは無しにしようぜ」


 柔らかな物言いだが、きっぱりとしたノヴァルナの言葉に、エテルナは仕方なさそうに、今の彼女達が置かれている状況を口にし始めた………






▶#12につづく

 

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