#10
一方、アルーマ天光閣の応接室では、『オ・カーミ』のエテルナとザブルナル市旅館組合長のレバントンが、静かな火花を散らせていた。
「なぁ『オ・カーミ』。どうだろう、悪い話じゃないと思うんだがね?」
「何度言われても、私達にここを立ち退く意思はありません」
両側に側近を置いてソファーに座り、おもねるように訴えるレバントンであったが、『オ・カーミ』のエテルナは硬い表情のまま、首を縦には振らない。それならば…と、ある話題を口にするレバントン。
「実はなぁ、『オ・カーミ』…マラハンのとこの青雲館が、我々の話に応じてくれる事になってなぁ」
「!…え?」
驚きの表情になるエテルナ。青雲館はエテルナの天光閣と比肩する、このアルーマ温泉郷では老舗の旅館だったからだ。そしてそれだけではなく、レバントンが勧める立ち退き話に、エテルナの天光閣と共にこれまで一貫して、抵抗を続けて来たからである。それがここに来て寝耳に水の変節とあっては、驚いても当然だ。
「青雲館が立ち退きを了承し、これであんたのトコの天光閣が立ち退くとなると、残った旅館連中も、この流れに乗ってくれるってもんだ」
煽るようなレバントンの口調に、エテルナはキリリ…と歯を噛み鳴らした。
「何と仰られても、私達に立ち退きの意思はありません。ここは天領…御星帥皇室様から、我々が安堵を得た地なのです」
「だからその星帥皇室様が、立ち退きをご所望なのだよぉ」
「そんな馬鹿な!」
「これこの通り、市長は星帥皇室様から、認可も貰っているんだ」
そう言ってレバントンは、片方の側近に持たせたアタッシュケースの中から、一枚のデータパッドを取り出させ、それを受け取ると起動。テーブルの上に置くと、星帥皇室の『銀河御紋』の紋章がホログラムで浮かび上がり、続いて認可証書がホログラム化されて展開された。
―――ザブルナル市アルーマ区サルフ・アルミナ採掘場建設に関する、土地買収交渉代理人認可証書―――
それが認可証書の名称である。中身はともかくホログラム展開時に、シグシーマ銀河系を意匠にした星帥皇室の『銀河御紋』が出現した事から、この認可証書がレバントンの言う通り、星帥皇室から発行されたものだというのが、重要な意味を持つ。
「その市長が、私に全権を委任しているんだ。つまり私はここでは、星帥皇と同じ地位にあると…おおっと、これは不敬罪にあたるな。聞かなかった事にしてもらえれば、有難い」
勝ち誇ったような表情でソファーに背中を預ける、レバントンの冗談など聞く気にもならず、エテルナはうつむき加減で唇を噛む。
ところがそこに、ノヴァルナが現れた。例の絡んで来た大男の衣服の襟を引っ掴み、引きずるようにしてである。
「おおーい、『オ・カーミ』。いるかぁあああーーー!!!!」
露天風呂の一件から、久々に傍若無人さが全開になっているノヴァルナは、割れんばかりの大声で、まるで自分の居城であるかのように、無遠慮に事務所のドアを引き開けた。目を丸くするエテルナに対し、ノヴァルナはレバントンが同席している事を発見し、いつもの不敵な笑みを浮かべた。
「おう。いいとこに居るじゃねーか、オッサン!!」
一方のレバントンは、ノヴァルナの引き連れている大男の、ボコボコにされた状態を目にし、今しがたの態度と打って変わって顔を引き攣らせて応じる。
「こ、これは。またお会いしましたな」
「またじゃねーだろよ!…コイツから色々と聞かせてもらったぜ」
そう言ってノヴァルナは、大男の顔を軽く殴りつけた。
「なななな…なんの話でしょう?」
レバントンのあからさまな狼狽そのままのすっとぼけに、ノヴァルナは「アッハハハハハ!」と高笑いで返すと、陽気な声で告げる。
「いんや。コイツらが風呂の帰り道で絡んで来やがってよぉ。ちょうどムカついてたんでボコってやったら、オッサンらに金もらって、この旅館の団体客を脅すように頼まれたとゲロったんでなぁ。『オ・カーミ』に知らせてやろうと来たんだが、オッサンまで居るたぁ、これまた都合がいいじゃねーか」
ノヴァルナ達に絡んで来た大男らの一団は、いわゆる“チンピラ”であり、レバントンから金を貰ってノヴァルナ達を脅迫し、エテルナのアルーマ天光閣から逃げ出すように仕向けるつもりだったらしい。
大男達からすれば本来なら脅すだけで、傷害沙汰にするつもりはなかったようであるが、如何せん相手が悪かった。まるで不機嫌な時のノヴァルナに、悪党じみた連中が絡むとどうなるかの見本のように、一方的に攻め立てられた挙句、口にするべき事ではない話まで白状させられたのである。
「我々が彼等に金を?…そんなはず、有る訳ないでしょう!」
シラを切るレバントンは、さらに言い訳がましく言葉を続けた。
「そいつらはきっと、我々旅館組合に何か恨みがあって、陥れようとしているに、違いありません。信用なさってはいけません!」
だがその直後、レバントンにとって間が悪い事が起きる。ノアが彼女達に絡んで来たスキンヘッドの男を、メイアとマイアに連行させてやって来たのだ。
「あらノバくん」
普通に声を掛けて来るノアに、ノヴァルナは露天風呂でやらかしてノアに本気で怒られた事もあり、躊躇いがちに返事する。
「お…おう。いや、ノバくん言うな」
「やーね。なにビビッてんの?」
「ビビッてねーし!」
明らかに虚勢を張るノヴァルナはノアに、彼女が連れているスキンヘッドの男について問い質した。そしてノアの答えを聞いて、再び怒りが…さっきより大きな怒りが沸き上がって来るのを感じる。
「なに?…おまえや妹達を、危険な目に遭わせただと?」
ノヴァルナが爆発寸前となった事に気付き、ノアがそれを抑えた。このタイミングで下手に爆発させてしまうと、また話がややこしくなりかねないからだ。
「ノバくん。頭に血を昇らせちゃ駄目よ」
ノアのさり気ない口調が、かえってノヴァルナの怒気を逸らせる。激昂の言葉を発しようとしていた矢先に出鼻を挫かれたノヴァルナは、不満そうにノアに文句を言うだけで、とりあえずはこの場での激怒を収めた。
「だからノバくん言うなって」
そしてノヴァルナとノアの二人を差し置いて、レバントンに詰め寄ったのは、エテルナである。
「ミスターレバントン。どういう事ですか!? 最近この辺りでお客様に迷惑をかけていた者達…貴方の息が掛かっていたのですか!?」
「………」
無言でいるレバントンを、肯定だと判断したエテルナは声を荒げた。
「貴方がた組合に対策をお願いしていたのに…その貴方がたが仕組んでいた事だなんて、どうして!?」
それに対し、レバントンはソファーから立ち上がると、フーッと一つ息を吐いて口元を冷淡に歪める。丸目のゴーグルが天井からの照明にキラリと光り、おもむろにエテルナへと振り向いた。
「バレてしまっては…仕方ないですね」
サッ!…と顔を緊張させるエテルナに、レバントンは言葉を続ける。
「…その通り。もはやあまり時間が無くなって来ましたんでね。少々手荒な真似もやむなし…と、彼等に仕事を依頼したというわけです」
話の見えて来ないノヴァルナとノアだったが、どうやら自分達が、ここの地元のいざこざに巻き込まれたらしい事は分かった。そのノヴァルナとノアにレバントンは向き直って告げる。
「この度は大変ご迷惑をお掛けしたようで…お客様におかれましては、申し訳ありませんでしたねぇ。これに懲りて、ご退去なされてはいかがですか? なんなら我が組合が天光閣さんに代わって、宿泊費その他を全額保証致しますよ」
レバントンの呆れるほどに身勝手な物言いを聞いたノヴァルナは、胸を反らせて連行して来た大男の頭を一つ張り飛ばし、いつもの高笑いを発する。
「アッハハハハハ!」
予想外のノヴァルナの反応に、困惑の表情のレバントン。
「なかなかおもしれーオッサンだな。旅館組合の長が客相手に、てめーで三下連中使って嫌がらせさせといて、弁償してやるからとっとと帰れってかぁ? コイツはおもしれーや!」
そう言い放つノヴァルナに、どう対処していいか分からないレバントンは、中途半端な愛想笑いを返した。その眼前にノヴァルナは、ビシリ!と人差し指を突き出して、真顔で強い口調で言う。
「だが断る!」
▶#11につづく
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