#04
妹からの通信内容に、やっぱそういう話かよ…と指先を額にあてて、ノヴァルナはため息をつく。フェアンは生まれてこのかた、一度も皇都キヨウを訪れた事が無かったのである。
「あのなフェアン。俺達ゃ遊びに行くんじゃ、ねーんだぞ」
キオ・スー=ウォーダ家で、フェアンの名で呼んでいいのはノヴァルナだけだ。それはフェアン自身がそう決めている、大好きな兄に与えた特権だった。
「だったらなんで、ノア
「ノアには別に仕事があるんだよ。それに今の皇都は危ねーから、おまえを連れてくのは無理だって」
「危ないのに、ノア義姉様は連れてくの!?」
「いやだって、ノアは俺達が守るし…」
そう言ったノヴァルナは、言葉の途中ですでに“しまった!”と後悔していた。そして思った通りの反応が、膨れっ面になったフェアンから返って来る。
「あたしの事は、守ってくれないの!?」
天真爛漫で無邪気、言葉遣いも子供っぽいがフェアンは頭の回転が速い。ノアが現れるまでは、理詰めにおいてノヴァルナの好敵手だったほどだ。こういう風に切り返されると、ノヴァルナも受け身にならざるを得ず、墓穴を掘った形だった。
「いやいやいや。そうじゃなくてだな―――」
「兄様、最近全然遊んでくれなくなったもん。仕事以外の時間はノア義姉様とばっかりだし、つまんない!」
「いや、だから、遊びで行くんじゃねーし!」
「そんなの、何とでも言えるもん!」
どーすんだ、これ…と弱り顔で、ノヴァルナは傍らに立つ副官のランを見上げるが、ランは“私は知りません”と素知らぬ態度である。
思えば父ヒディラスの急死により、ナグヤ=ウォーダ家当主の座を継ぐまでは、離れ離れに暮らしていても、ほぼ毎日連絡を取り合っていたし、暇を見つけては遊びに来ていた、兄様大好きっ子のフェアンだ。それが次第に、忙しさに巻かれて会う回数も減っていき、キオ・スー=ウォーダ家を支配するようになってからは、ほとんど遊んでやれなくなっているのが現状だった。
「だってなぁ、おまえ。三年前にも、危ない目に遭ってんじゃん」
「でも巻き込んだの、兄様じゃん。あたし、悪くないもん」
これだもの…とノヴァルナ。反論するところは即座にするのが、フェアンの手強いところだ。まぁ、危ない場所に連れ出さなきゃ大丈夫か…という気になるとフェアンの顔の前に人差し指を突き出して、「勝手に出歩くんじゃねーぞ!」と言う。それを了解の言葉と受け取ったフェアンは、たちまち笑顔になり、「うん!」と大きく頷いた。
「しゃーねーな…連れてってやっから、向こうじゃ大人しくしてろよ」
不承不承といった
「やったー! 兄様、大好き!!」
「おう。任せとけ…」
とは言うものの、ノヴァルナの口調にはいつものキレが無い。その前のノアに押し切られた件もあっての事だろう。正直なところ、自分の秘めた弱さを知らされたようで、面白くない。
「いいか、フェアン。約束だかんな」
念を押すノヴァルナに、フェアンは敬礼の真似をして「アイ・アイ・サー」と陽気に答え、「じゃ、またね。ありがと、兄様」と通信を終える。手指で頭を掻いたノヴァルナは、ランを振り向き、フェアンのために護衛の『ホロウシュ』の追加を命じた。
「ラン。ワリィけどカージェスに言って、フェアンの護衛役としてジュゼと、キュエルを追加してくれ」
ノヴァルナが追加した『ホロウシュ』の二人は、ジュゼ=ナ・カーガとキュエル=ヒーラーの女性隊員である。男性隊員では何かと不都合だろうという配慮だ。
ランが「かしこまりました」と応じると、ノヴァルナは再び頭を掻き、フェアンに乱された状況を整理しようと呟いた。
「んで…えーと、俺、何するつもりだったっけ?」
しかし問題はこれだけで収まらない―――
二週間後、キヨウへの出発当日である。月面基地『ムーンベース・アルバ』で待つ『クォルガルード』へ向かうため、キオ・スー城のシャトルポートに降りた連絡艇へ、ノヴァルナ達が乗り込もうとしている所に、フェアンと共にもう一人の妹、マリーナ・ハウンディア=ウォーダまでが、大きなキャリーケースにすっかり旅行支度を整えてやって来たからである。
「はぁ? なんだてめーは?」
頓狂な声で詰問するノヴァルナに、別世界で言う“ゴスロリファッション”に身を包んだマリーナは、極めて冷静な口調で言葉を返した。その左腕には定番の、悪人面をした犬のぬいぐるみを抱いている。
「そのように乱暴な仰りようは、やめて頂けますかしら?」
「いやいや。なんでおまえまで、旅行支度してんだよ!? 見送りだろーよ!?」
マリーナはカルツェの二卵性双生児の姉で、冷静沈着な性格はカルツェとよく似ていた。
「あら? 見送りなんて私、ひと言も申し上げていませんが?」
すまし顔で言い放つマリーナに、ノヴァルナは頭を掻く。考えてみれば妹のフェアンが連れて行って貰えると知って、大人しくしているマリーナではない。あまり大所帯になるのは困るんだがなぁ…と頭を掻くノヴァルナは、マリーナに問い質した。
「おまえなぁ…なんでここに来るまで、黙ってたんだよ?」
「私まで行くと言い出して人数が増えれば、兄上は心変わりされて、私だけでなくイチまで来るなと仰るに違いありませんもの」
「いやだからって、今ここで帰れって言ったら、同じだろ?」
「いいえ―――」
と動じる様子もなく、柔らかな微笑みを見せて言い返すマリーナ。
「ここまで来ておいて、可愛い妹二人に“帰れ”などと、お優しい兄上が仰るはずないでしょう?」
「………」
ぬけぬけと兄を持ち上げるマリーナに、ノヴァルナはもう一人の妹、フェアンを睨み付けた。その眼が“ひょっとしておまえら、最初っからグルだろ?”と語っている。それを白状するかのように、フェアンは大きな眼をぱちくりさせ、わざとらしさを帯びる軽い口調で告げた。
「まぁいいじゃん、
フェアンとマリーナは共にスェルモル城で暮らしているのだが、四六時中一緒に行動しているわけではなく、マリーナの方はフェアンのように頻繁に、ノヴァルナと連絡を取っている事もなかった。ただいわゆる“ツンデレ”であり、表面にはあまり出さないが、彼女もフェアンに負けず劣らずの、兄上大好きっ子ではある。
そこで今回は、はじめから二人とも皇都へ連れて行けなどと言っても、ノヴァルナは承知しないだろうと予想し、フェアンがまず先制攻撃で一点突破を図り、当日ギリギリになってマリーナがねじ込む作戦に出たに違いない。どちらもノヴァルナ自身が我を通す際によく使う手で、やはり兄妹だと思わせる。
妹達に対する甘さを見透かされ、ノヴァルナは難しい顔を作るしかない。無言で見詰めて来る二人の妹に、チッ!…と舌打ちしたノヴァルナは、シャトルポートの脇に並ぶ居残り組の『ホロウシュ』の中から、ヴェールとセゾのイーテス兄弟を指差して命じる。
「ヴェール、セゾ。おまえらも護衛で来い」
それはつまりマリーナもついて来ていいという、ノヴァルナの意思表示だった。それを見たマリーナは礼儀正しくお辞儀をして、「ありがとうございます」と礼を述べる。この辺りの彼女はそつがない。
ただ迷惑顔なのはイーテス兄弟だ。見送りに来たのであって、旅行の用意など、何一つしていなかったのだから当然だった。
「あ、あの…私どもは、何の準備もしてませんが…」
戸惑い気味に言う兄のヴェールに、ノヴァルナは気軽に命じる。
「あー、心配すんな。途中で寄る星もあっから、そこで買って揃えろ」
こういう時の昔ながらの適当な言い草に、イーテス兄弟は小さなため息をついて「かしこまりました」と、承服するしかなかった………
▶#05につづく
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