#12

 

 キオ・スー城への降下は、ノアのシャトルが僅かに早かった。別に先を争うつもりではなく、自分からノヴァルナを出迎えたいという、ノアの思いからである。


 雲一つない秋晴れの空から、陽光を反射する機体を時おり銀色に輝かせ、ノヴァルナを乗せたシャトルが降りて来る。

 キオ・スー城のシャトルポートには、軍装姿のノア姫と、彼女の二人の弟リカードとレヴァル。そして旧サイドゥ家重臣ドルグ=ホルタ。ただノアの侍女のカレンガミノ姉妹は、療養中のためにこの場にはいない。

 さらにその後ろにショウス=ナイドルをはじめとする、キオ・スー家重臣が並んでいた。


 風を巻きながら離着陸床へ近づく高級将官用シャトル。重力子エンジンの響かせる金属音が甲高い。すると突然シャトルの横側のハッチが開き、機体が着陸するより先に飛び降りる者がいる。なんとノヴァルナ本人だ。


 「とぉ!」と小さく叫んだノヴァルナは、シャトルが離着陸床からまだ、二メートルぐらいの高さにあるところで飛び出した。そして着地した途端、シャトルの騒音に紛れて「いてっ、チョイくじいた」と言うと、いきなり戦隊ヒーローらしき決めポーズをとって言い放った。


「赤い閃光、ムシャレッド!」


 それはノヴァルナがファンの『閃国戦隊ムシャレンジャー』のリーダー、ムシャレッドの登場ポーズである。ただ無論、今の状況でムシャレッドは全く関係ない。ポカーンと呆気にとられる出迎えの面々。


“はいはい…照れ臭いのね”


 そんな中で、苦笑いを浮かべたノアだけはノヴァルナの心情を理解していた。自分の婚約者が突拍子もない事をやる時は大抵、相手の意表を突いて自分のペースに巻き込もうとしているか、ただ単純に、本当に照れ臭いかのいずれかである。そして相手の中にノアがいる場合、それは後者が理由になるのがほとんどだ。


 ただそう思うノアも、駆け出してノヴァルナに抱き着きたい衝動を抑えている。いや、これが公衆の面前でなかったなら、そうしていただろう。自ら戦って窮地をくぐり抜けて来たノアだが、恐怖を知らぬ戦女神ではない。ノヴァルナに対する想いが、彼女に『サイウンCN』の操縦桿を握らせたのだ。それだけにようやく再会できた愛する人の腕の中に、飛び込んで行きたい気持ちにもなろうというものである。


 その間にもノヴァルナは参謀達を引き連れ、胸をそらし気味にして歩いて来た。自分からも進み出たノアは、ノヴァルナと対峙する。いつも通りに浮かべた婚約者の不敵な笑みに安心感を覚え、ノアは慎まやかに告げた。


「おかえりなさい」




 その日の夜。久方ぶりのキオ・スー城の私室。ソファーに向き合って座るノヴァルナとノアは、二人きりでホットココアの入ったカップを片手に、互いの身に起きた事を報告し合っていた。二人とも淡いオークブラウンのスエットスーツと、寛いだ姿だ。


「自爆した?」


「うん。そうとしか思えなかったんだけど…」


 ノアが口にしたのは、『ルーベス解体基地』の戦いで、ハドル=ガランジェットを倒した直後、逃走しようとした彼等『アクレイド傭兵団』の輸送艦、『ザブ・ハドル』を拿捕するために、重力子ノズルを狙撃した時の話だった。ノアの一撃を喰らった輸送艦は、重力子ノズルの破壊で航行不能に陥るだけのはずが、艦そのものが爆発してしまったのである。


「当たり所が悪かったんじゃね?」


「いえ。それも考えたけれど、重力子ノズルに誘爆性はないもの。やっぱりおかしいかなと思って…ね、ノバくんは『アクレイド傭兵団』の事、知ってるの?」


「そだな―――ってか、さらっとノバくん言うな!」


 気付かれたかとばかりに、唇の間からペロリと小さく舌先を見せるノア。その様子からノヴァルナとの日常を取り戻せた事に、安心しきっているのが見て取れる。そんなノアに軽く拳を突き出して、殴る仕草をしたノヴァルナは、言葉を続けた。


「俺も名前を聞いた程度だなぁ。この辺じゃ、あんまり活動してねぇみたいだし。規模が大きな割には、実態が掴めねぇ組織だという噂だがな。ただずっと昔、一度だけ親父んトコに、“営業”に来てたような…」


 ノヴァルナの知る話でも、『アクレイド傭兵団』の情報は少ないらしい。それはこの傭兵団が主戦場としているのが、銀河皇国の中央宙域群であって、皇都キヨウのあるヤヴァルト宙域に、隣接するタンバール宙域やカゥ・アーチ宙域、セッツー宙域などであるからだ。今回の件もガランジェットの、サイドゥ家に対する私怨絡みであり、新たにこの辺りへ進出して来たのではなさそうに思える。


「まぁだが、自爆が本当なら、拿捕されたくない理由があったんだろうぜ」


「自分達の命を引き換えにしても?」


 営利目的の傭兵集団が、自分達の命を犠牲にしてでも、乗っていた船を自爆させるのは、答えとしては納得出来ない。それはノア自身も、ノヴァルナが帰って来るまで、何度か自問自答した疑念だった。


「それは、まあ…そうなんだがな」


 ノヴァルナは、珍しく歯切れの悪い言葉で応じる。その胸の内では別の可能性も考えていたのだが、確証もないまま口にはしたくなかったのだ。


“船を自爆させるほどの秘密があるなら、船を動かしてた下っ端の傭兵共にも、教えないってもんさ…”


 言いたかった事を意識の中だけに留め、ノヴァルナは空になったカップを、両手で包んで軽く回す。ノアはそんなノヴァルナの微妙な反応を見て、この話題はとりあえず、ここまでにしておこうと考えた。どんな理由があるにせよ、先に片付けなければならない問題が、キオ・スー家には山積みとなっている。それになにより、今はノヴァルナとの二人の時間を大切にしたい。


「お代わり、要る?」


 ノヴァルナが空になったカップを両手でもてあそんでいるのを見て、ノアは立ち上がりながら尋ねる。丁度自分のカップも空になったところだ。


「おう、さんきゅ。頼まぁ」


 軽く笑みを浮かべ、素直にカップを差し出すノヴァルナに、ノアは柔らかな笑顔でそのカップを受け取った。そして二人の共有居住区画に設けられた、小型のキッチンに向かう―――と言っても、一般市民の住居にあるキッチンと比べてもかなり広い、オープンタイプのものであるが。


 しかしここで、余計な事を言うのもまたノヴァルナだった。二人分のホットココアのお代わりを用意しかけるノアに、ノヴァルナは声を掛ける。


「そういやさぁ…修理に出す時のおまえの『サイウン』見たけど、頭がぶっ壊れてたのって、またおまえ、相手に頭突きくれた?」


 それを聞いたノアは、手にしていたカップをもう一つのカップにぶつけ、ガチャリと不自然な音を立てさせた。BSIユニット同士の頭突きは邪道とされていて、あまり褒められた戦い方ではない。互いのセンサー機能が大幅に低下するのはいいとしても、他に健在な敵機がいた場合、非常に不利となるからだ。そしてその邪道な頭突きをノアは、ノヴァルナと初めて逢った時の戦闘で、『センクウNX』にもくれていた。


「な!…なんの事かしら?」


 声を上擦らせてすっとぼけるノア。ノヴァルナはやれやれ…と手指で頭を掻く。ノアが自分の力で敵の罠を切り抜けて来たのは、確かに嬉しい。しかしその一方であまり、無茶が過ぎる真似をして欲しくないのも、ノヴァルナの本音だった。特に後見人であったセルシュ失った事で、自分にとってかけがいの無い誰かを亡くす、心の痛みを思い出してからは。



それがたとえ、星大名として生きねばならぬ自分の、弱点となっても―――



 んなもの、くそくらえってんだ…ノヴァルナは湧き上がって来た自分の考えに、心の言葉で反発する。ノアがいるから自分は、どんな時でも自分のままでいられる…それが今の自分の偽らざる気持ちだった。弱点だろうが何だろうが、知ったこっちゃない。俺にはノアがるんだ。


 ノヴァルナが思いを巡らせたそんな時、不意にソファーの背もたれ越しに、背後から胸元に回して来る細い腕がある。抱き着いて来たノアの両腕だ。


「どした、ノア?」


 抱きしめられるままに問いかけるノヴァルナ。対するノアは小さく、「うん…」とだけ言って瞼を閉じる。

 


自分はやっぱり…甘え下手なんだろう―――



 ソファーの背もたれ越しに、ノヴァルナに抱き着いたノアは無言のまま、何も言えなくなった。


「………」


 愛を伝える言葉を耳元で囁いてもいいし、肩に頬を置いて泣き言を口にしてみてもいい。何かをねだってもノヴァルナは許してくれるに違いない…ただ、ノアにはそれが出来なかった。強がったり、やせ我慢したり、サイドゥ家の姫としてのこれまでの人生で、そのような事ばかりが得意になってしまっていたのだ。


 ここで何かを言えば、また自分の思いとは別の言葉を告げてしまうのが怖い。それなら黙っていよう…するとそんなノアの気持ちを理解したのか、ノヴァルナも何も言わずに右腕を後ろにやると、ノアの黒い頭髪を撫でてやった。

 いつもなら「年上のお姉さんにそんな生意気」と文句を言うノアだが、今はただ撫でられるままでいる。


「おまえはさ…大した女だぜ―――」


 無茶が過ぎたノアを注意したいノヴァルナだったが、今はそれよりも自分を思ってくれる、ノアの気持ちに応えてやりたかった。頭を振り向かせたノヴァルナは、ノアと見詰め合う形になって言葉を続ける。


「ありがとな。俺のとこに戻って来てくれて」


 ノヴァルナはノアの髪を撫でていた右手を、彼女の柔らかな右頬へ滑らせた。それに対しノアは、ノヴァルナの胸元に回していた腕を解き、右手をノヴァルナの右手に重ねて囁く…強がり交じりに。


「あのとき、貴方は私に言ってくれたでしょ?…“おまえはもう、二度と俺の手を離すな”って」


「だから大した女なんだよ…」


 ノヴァルナが囁き返すと、そのまま二人は唇を重ねていった。熱い唇だった。高鳴る鼓動が血液の温度を上げているように感じる。そして今夜は、二人の監視役も務めるメイアとマイアがいない。この時代の進んだ医療技術でも、さすがにまだ療養が必要で、帰還は明日以降になるとの事だ。


 熱を帯びた舌を絡めれば、このまま一つになりたいという衝動が、ノヴァルナとノアの胸中に湧き上がって来る。相手を映す瞳は互いに離す事が出来ない。滑る指が互いの肌を求め合う。


ただ、それでも―――


 自分を守って重傷を負ってくれた、メイアとマイアは裏切れない…ノアはノヴァルナの腕に回していた指先に力を込め、引き離す方向に向ける事で、自分の意思をノヴァルナに伝えた。


「ごめんなさい…」


 それはノヴァルナ自身にも分かっていた。自分が愛する女性が、そういう女性であると。そして苦笑いと共に自分の“物分かりの良さ”に、内心で舌打ちしながら応えた。


「ああ。分かってる…ホットココアのお代わりが、まだだって」


 その言葉にノアは胸元を直しながら、ニコリと微笑んだ。


「すぐ作って来るね」

 




▶#13につづく

 

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