#11
ミーマザッカを斃したノヴァルナは、ヨヴェ=カージェスからの連絡で航行不能となった、カルツェの『リグ・ブレーリア』へ向かった。カルツェにもう一度降伏を迫る目的もあるが、カルツェ艦隊の残存艦が『リグ・ブレーリア』救援のため、集結しつつあるのを知ったからだ。
事の顛末はどうであれ最後までカルツェを、キオ・スー家の当主として支持する将兵が多いのも確かだった。ノヴァルナの懸念は、そういった
“カルツェ。玉砕特攻命令なんて早まったマネ、すんじゃねーぞ!”
ノヴァルナは『センクウNX』の操縦桿を握りながら、胸の内で呟いた。
逃げ場を失ったカルツェが、窮鼠猫を嚙む思いで自爆攻撃覚悟の攻撃を仕掛けて来る…それだけは避けねばならない。今のキオ・スー家はまだ脆弱で、周辺には同族のイル・ワークラン=ウォーダ家、ミノネリラ宙域のイースキー家、そしてミ・ガーワ宙域まで勢力圏を伸ばした宿敵イマーガラ家と、敵対する勢力が虎視眈々と隙を窺っている状況なのである。
ウォルフヴェルト=ウォーダの話では、アイノンザン星系のヴァルキス=ウォーダが新たに味方となってくれたようだが、それとてどこまで信じていいものかは、不明なままだ。
コクピットを包む全周囲モニターの前方、閃光が立て続けに発生する。コンソール上の戦術状況ホログラムに目を遣ったノヴァルナは、チッ!…と舌打ちした。おそらくどちらかの軍が、先走りしたに違いない。これはマズい…統率を失った状態で下手に戦端を開けば、なし崩しに戦火が拡大する。ノヴァルナは『ホロウシュ』の現場指揮官のヨヴェ=カージェスを、強い口調で通信で呼び出す。
「カージェス!!」
主君の声の調子から真剣に怒り出していることを察したカージェスは、間髪入れず返答して来た。
「はっ! カージェスならばここに!」
「おまえ、『ホロウシュ』を使って戦ってる連中の間に割り込んで、戦闘をやめさせろ! 無駄な殺し合いはもう沢山だ!! なんなら味方の艦に二、三発、通常弾を撃ち込んだって構わねぇ!! ともかくこの場を落ち着かせろ!!」
「ぎ、御意!」
また無茶な事を…と、声を詰まらせながら応じるカージェス。しかしそこへ事態を一気に鎮静化させる連絡が本国―――惑星ラゴンからもたらされた。ノヴァルナとカルツェの母、トゥディラ=ウォーダからの停戦要請である。
トゥディラからの停戦要請に、ノヴァルナは一瞬、苦虫を何匹もまとめて嚙み潰したような顔をした。惑星ラゴンとの超空間通信が回復した事で、キオ・スー城にいるトゥディラのもとへも、戦況が届いたのだろう。
兄弟で殺し合わねばならなくなる直前での停戦要請は、渡りに船と言えばそうである。しかしノヴァルナは、カルツェの口から降伏の言葉を聞きたかった。そのために徹底的に追い詰めていたのだ。そしてそれはノヴァルナ自身の自尊心のためではない。カルツェを利用し、キオ・スー家当主に祭り上げる事で、自分達の野心を満たそうとしている連中を、諦めさせるためであった。
カルツェの旗艦『リグ・ブレーリア』を射程に捉えたランが、超電磁ライフルの照準を合わせたままノヴァルナに尋ねる。
「殿下。如何致しますか?」
その言葉にノヴァルナは、自分の腹の中に溜まった様々な感情を、すべて吐き出すような大きなため息を一つつくと、少々わざとらしく、あっけらかんと言い放った。
「聞いたろ? やめだ、やめ!! 全軍、攻撃中止ってヤツだ!!」
かくして『イノス星系会戦』は終了。停戦という表向きだが、事実上敗北したカルツェ艦隊はノヴァルナの第1艦隊と、ウォルフヴェルト=ウォーダの第4艦隊に監視されながら、オ・ワーリ=シーモア星系への帰路へ着いた。また主将シゴア=ツォルドを失ったモルザン星系艦隊も撤退。先に乗り込んだヴァルキス=ウォーダの、アイノンザン星系艦隊によって、モルザン星系は封鎖されたのである。
そして惑星ラゴンに帰還したカルツェは、第2艦隊司令官の座を剥奪され、カッツ・ゴーンロッグ=シルバータと、ノア姫に破壊された『ルーベス解体基地』を命からがら脱出したクラード=トゥズークと共にスェルモル城で謹慎。
またカルツェの謀叛に助力した筆頭家老シウテ・サッド=リンも、ナグヤ城にて謹慎を言い渡された。
これらの事後処理をノヴァルナは、惑星ラゴン衛星軌道上に展開した第1艦隊を率いる、総旗艦『ヒテン』の中で行った。キオ・スー城自体もまだ混乱の極みにあるため、城内にカルツェ派の破壊分子がいる場合に備えての事である。
それらもあり、ノヴァルナがようやくキオ・スー城に降りて来たのは、惑星ラゴンに帰還して三日後の事だった。この時にはアイノンザン星系艦隊から、旗艦『ゴルソルス』が惑星ラゴンを訪れており、ヴァルキス=ウォーダもキオ・スー城への降下を準備している。
さらにノア姫も、『ルーベス解体基地』での戦闘後はラゴンに降りずに、月面の宇宙艦隊基地『ムーンベース・アルバ』で待機、ノヴァルナのラゴン降下に合わせて、自分も降りる事にしていた。
▶#12につづく
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