#06

 

 ミーマザッカやクラードといった佞臣ねいしんに、利用されているだけのように見えるカルツェであったが、やはり彼等の主君たるだけの戦略眼は持っていた。

 ノヴァルナはカルツェ艦隊が星系最外縁部へ移動した事を、本拠地惑星ラゴンを目指してのものだと判断していたのだが、実際のカルツェの意図は、重力子チャージが完了した艦から個別に超空間転移を行い、オ・ワーリ=シーモア星系襲撃ではなく、モルザン星系への退避を目的としたものだったのである。


 ここで艦隊に統制DFドライヴをかけて、オ・ワーリ=シーモア星系へ先行移動しても、どのみちノヴァルナ艦隊が追って来る。星系防衛艦隊の中のノヴァルナ派部隊を排除し、キオ・スー城を人質にしても膠着状態になるはずだ。

 そうこうするうちに、『ムーンベース・アルバ』で修理と整備を完了した他の艦隊が動き出せば、戦力的に自分達は袋のネズミとなるだけであった。それならば、有力な星系防衛艦隊を有するモルザン星系へ移動し、ここを新たな根拠地として、戦力の再整備と補給を行って軍を立て直す。


 そしてミ・ガーワ宙域との国境付近にあるナルミラ星系。ここを領地とする独立管領のヤーベングルツ家と連絡を取る。ヤーベングルツ家は先年、イマーガラ家側に寝返ってノヴァルナとは敵対関係となっている。これを味方につけ、その背後にいるイマーガラ家の戦力を引き込もうというのが、カルツェの新たな戦略の骨子であった。

 無論、イマーガラ家に大きな借りを作る事にはなるが、何にせよ現在の状況に加え、将来的にウォーダ家統一と政権の安定を図るために、何かしらの後ろ盾が必要となる。であるならば、被支配的同盟関係となっても、この周辺宙域最大の勢力であるイマーガラ家を、味方につけた方がいいに決まっている。


“兄上…まだ終わりではありませんよ”


 旗艦『リグ・ブレーリア』の艦橋で、司令官席に座るカルツェは、口元を小さく歪めた。その向こうでオペレーターが、DFドライヴの発動準備を始める。重力子チャージ終了まではあと七分。各艦個別の超空間転移であれば、統制DFドライヴのように全艦隊が、重力子チャージに一番時間がかかる艦に、時間を合わせる必要は無い。要はモルザン星系へ着きさえすればいいのだ。そして当然チャージは、重力子ジェネレーター出力の大きな、戦艦から完了する。


「スェルモル城やナグヤ城…ラゴンの領地はどうなりましょう?」


 ミーマザッカの問いに、カルツェは抑揚の無い声で答えた。


「心配はいらない。ヤディル大陸は元は兄上の領地。領民に危害が及ぶような攻勢は、行わないはずだ」


 カルツェとミーマザッカが率いる戦艦部隊の重力子チャージの完了まで、あと六分を切る。




「しまった…」


 ノヴァルナは『センクウNX』の火器管制システムを起動した直後、悔恨の言葉を呟いた。『ホロウシュ』のショウ=イクマが乗る、電子戦特化型『シデンSC-E』から送られて来た、カルツェ艦隊のスキャニング結果で十隻の戦艦がすでに、超空間転移の準備を始めている事が判明したからだ。


 そこで初めてノヴァルナはカルツェ艦隊の転移先が、オ・ワーリ=シーモア星系ではない事に思い至った。有力な植民星系のどれか―――おそらくモルザン星系だろうと推測する。

 モルザン星系に逃げ込まれると、長時間の戦闘で戦力が疲弊しつつある、今のノヴァルナ達にそのまま追撃する事は不可能だった。モルザンには強力な星系防衛艦隊がいるからである。


 ここでようやくノヴァルナは、相手の指揮を執るのが、ミーマザッカではないのではないかと考えた。


“あの攻撃的な性格のクマ野郎に、柔軟な戦略が取れるとは思えない…するとこれは…カルツェの奴の思惑か!”


 ノアが無事だと知った事で前のめりになり過ぎていた、しくじった、とノヴァルナは唇を噛んだ。この辺りはノヴァルナの若さであった。幼少の頃から戦略・戦術を学び込み、ベテラン軍人のような見識を持つのが星大名の子弟だが、年相応の経験値しかないのも確かだった。その点では、他の武人より秀でた才を持つノヴァルナであっても、十八歳の少年である事に変わりはない。


「全機、最大速度だ! 逃がすな!!」


 ここでカルツェ艦隊を逃がすと、挽回の機会を失ってしまう。さしものノヴァルナも、発する命令に焦りを感じさせた。しかしそこに障害物が立ちはだかる。カルツェ艦隊の戦艦以外の宇宙艦が壁のような陣形を組んで、猛烈な迎撃砲火を浴びせて来たのである。ブラスタービームと迎撃誘導弾が、雨あられと迫る。


「全機散開ブレイク!」


 散り散りになって回避するノヴァルナのBSI部隊。『センクウNX』と『ホロウシュ』の機体に被害はないが、後続していた部隊には相当数の損害が出る。


「あああ! 面倒くせぇッ!!」


 纏わり付くように接近して来る複数の迎撃誘導弾を、目まぐるしい高速機動で躱しながら超電磁ライフルで撃破していくノヴァルナは、苛立ちも露わに吼えた。


「ノ、ノヴァルナ様! 敵の迎撃が、激し過ぎて危険です!」」


 これが事実上の初陣となる『ホロウシュ』の、ジョルジュ・ヘルザー=フォークゼムが、必死に敵の迎撃を回避しながら不安げな声を上げる。それに対してノヴァルナは叩きつけるように言い放った。


「慌てんな! 敵がBSIを出して来ないだけ、マシだと思え!!」

 

 カルツェ艦隊はBSI部隊を展開していない。それは戦艦部隊以外の宇宙艦も、重力子チャージが完了し次第、超空間転移を行うつもりだからだ。敵に小回りの利く機動兵器が無いのが、ノヴァルナ達の救いであった。


「一点突破。敵の防御陣を突き抜け、カルツェのふねの重力子ノズルの破壊を最優先だ! 全機、俺に続け!」


 ノヴァルナはそう言うと、先陣を切って敵艦隊の壁に突撃を仕掛ける。


「お待ちください! 先陣は私とウイザード・ゼロツー(ササーラ)が!!」


 向こう見ずな若き主君を、ラン・マリュウ=フォレスタが慌てて諫めようとするが、それで止められるノヴァルナではない。


「やなこった!」


 言うが早いかノヴァルナは、超電磁ライフルを薙ぎ払うように一連射。壁を構成している二隻の軽巡航艦に対艦徹甲弾を叩き込むと、迎撃火器を叩き潰し、その二艦の間を貫いて行こうとする。


「もう!」


 と気を揉むラン。『ホロウシュ』全体の指揮を執るヨヴェ=カージェスも、苦々しげに「殿下に続け!!」と命じた。しかしそういった兄の性格を、知らぬカルツェではない。麾下の戦艦部隊に命令を下す。


「兄上が開いた突破口に向け、全艦集中砲火。敵機の侵入を許すな! 周辺の艦は緊急退避!」


 カルツェとミーマザッカの戦艦部隊合計十隻が、一斉に迎撃砲火を開始、普段なら使用しない主砲まで発砲する。壁となる軽巡航艦をやり過ごした矢先に、ロックオン警報にがなり立てられたノヴァルナは、瞬時に操縦桿を倒す。


「―――っと!」


 いきなりの九十度ダイブで、カルツェの戦艦部隊からの迎撃を躱すノヴァルナ。あとに続く『ホロウシュ』達も、急激な機体操縦で砲火から逃れた。しかしさらにその後を続こうとした、量産型『シデン』をはじめとするノヴァルナ軍のBSI部隊は、精度を増した迎撃砲火に大きな損害を出す。


「通常のBSI部隊は無理をすんな! 壁を作ってる敵艦を叩け!」


 ノヴァルナは機体を旋回させながら、BSI部隊の状況を見て命令を下した。そして盛んにビーム砲を撃って来る、カルツェの『リグ・ブレーリア』に視線を移動させる。


「カルツェーーーっ!!」


 弟の名を叫んだノヴァルナは、『センクウNX』を加速させ、再出撃の時に整備班長に用意させた、対艦誘導弾のランチャーを連続発射した。狙いは言うまでもなく、『リグ・ブレーリア』の重力子ノズルだ。

 だがそれは命中直前、横から滑り込んで来た別の戦艦に阻まれた。主君カルツェを逃がそうとして、盾になったのである。


「くそっ!」悪態をつくノヴァルナ。


「転移までは!?」


 尋ねるカルツェに、『リグ・ブレーリア』の艦長が応じる。


「あと三分以内!」


 ところがその時、思いも寄らぬ事が起きた………





▶#07につづく

 

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