#17

 

 ドッキングベイ入り口の扉が勢いよく開き、メイアが身を伏せながら中へ飛び込む。センサーが感知して自動的に、メイアの周囲だけ明かりが点く。両手で構えたブラスターライフルを素早く左右に振って警戒するが、今度は待ち伏せ狙撃は無いようだ。


「姫様、お早く」


 メイアの呼び掛けで、手前の通路に身を隠していたノア達が、扉の内側に駆け込んで来る。ここはエアロックへ続く前空間で、上から見るとノア達のシャトルを、頭の方からU字に囲むドッキングピア(桟橋)に、等間隔で五箇所ある、エアロックへの出入り口の共用空間となっていた。無論、不測の事態に備えて各エアロックの間には非常用隔壁が設けられている。


 共用空間の中に入ったノア達に、メイアは少し急かして、エアロックの中へ進むよう告げた。


「そのエアロックの先がシャトルです。お急ぎ下さい」


 だがメイア自身はブラスターライフルを構えたまま動かない。U字に長く伸びた共用空間の薄暗い奥に、何かの気配を感じ取ったようだ。その姿にノアも警戒心を高める。


「メイア―――」


「行ってください!」


 ノアの問い掛けをメイアが武家言葉ではなく、生の言葉で言葉で遮った直後、薄暗がりの中に、二つの三日月をずらして逆向きに貼り合わせた形状の、黄色い光が輝いた。その光は、こちらに向かって回転しながら半円を描き、猛スピードで飛んで来る。

 銃撃は間に合わないと瞬時に判断したメイアは、ブラスターライフルをの銃身でその光を弾き飛ばそうとした。ところがその光は銃身を切断し、さらにメイアの右肩に裂傷を負わせて壁に突き刺さる。粒子加速器でもある銃身を失ったブラスターライフルは、もはや射撃不能だ。


「!!」


 驚くメイア。壁に突き刺さったそれは光を失い、黒い金属性の手裏剣のような姿を見せる。暗がりの中へ向かって伸びる、細いワイヤーらしきものもついていた。ワイヤー操作式のビーム手裏剣の一種だろう。ビーム手裏剣は再び黄色い光を帯びると同時に、壁から抜かれて薄暗がりの中へ戻って行く。誰かがいるのだが、センサーが感知していないようだ。


 これは自分の手には負えない相手だと見抜いたノアは、メイアの言葉に従うほかはない。ドルグ=ホルタにエアロックのハッチを開けさせ、まず作業員達を中へ入れさせてさらに指示する。


「ドルグ、次は貴方が。先に行ってシャトルを起動して!」


「ですが姫様!」


「敵の狙いは私を捕らえる事です。だったら命を狙われはしないでしょう。だから貴方が先に行くのです!」


 ホルタの言葉を理論立てて突っぱねるノア。


 その間にも再び飛来するビーム手裏剣。再びブラスターライフルで打ち払おうとするメイア。火花が散り、ライフルの照準器が真っ二つになる。ただその事でビーム手裏剣の軌道が変わり、誰かが切り裂かれたりはしなかった。


 何度も襲い掛かるワイヤー操作式ビーム手裏剣。それをメイア=カレンガミノは高い身体能力で、紙一重の差を持って回避する。しかし敵の操作も巧妙で、紙一重といっても、メイアの体は裂傷だらけとなっていた。


 そしてメイアは反撃できない。目を凝らせば暗がりの中、ビーム手裏剣を操る人影らしきものがいるのが見えた。だがブラスターライフルが射撃不能となった今、姿形が分からなければ、こちらからむやみに突っ込んで行くのは危険過ぎだ。ここでノア姫達を守る事が出来るのは、自分しかいないからである。


“それならば、姫様達がシャトルに乗り込むまで自分はここを動かず、盾の役目を果たし抜く方がいい―――”


 メイアの内心を読み取ったかのように、弱った作業員達がエアロックの中へ入るのを手助けしているノアが、背後から声を掛けて来た。


「メイア! どうして敵のいる場所に明かりが点かないのです!?」


「簡易ステルスデヴァイスを、装備しているようです」


 メイアはブラスターライフルの銃床を傷だらけにしながら、飛来するビーム手裏剣を打ち払って応じる。


「貴女、死ぬ気じゃないでしょうね!?」


「………」


 答えないメイアにノアは唇を噛んだ。今この時も、扉の向こうで敵を足止めしているマイアといい、なんでみんな死にたがるのかしら。簡易ステルスデヴァイスですって?…そんなもの―――


「こうすればいいのよ!!」


 叫んだノアは、足元に置かれていた工具箱に目を止め、身を屈めてそれを両手で掴み上げると、敵の潜む暗がりの中に思い切り投げ込んだ。


ドン、ガラガラ、ガッシャン!!!!


 甲高い音と共に、工具箱の中のハイドロスパナや、フォトンプレッシャーレンチなどの、各種工具がブチ撒けられて床に跳ねる。その途端、跳ね回った工具にセンサーが反応して、薄暗かった共用空間にも明かりが点いた。


「この者は!」


 その光の中に現れた敵の姿に、逆にメイアの緊張感が増す。艶消しの黒いボディアーマーに体を包んだ、手足を長くしたトカゲのような異星人、ゼヴィドール星人だ。かつて『モルンゴール帝国』に隷属し、暗殺を含む白兵戦を得意とする殺戮者アサシンとして恐れられた、危険な戦闘種族である。『アクレイド傭兵団』は、こんな異星人まで雇っているらしい。


 姿を晒されたゼヴィドール星人のアサシンは、ビーム手裏剣を腰のベルトに収めて、その代わり、両手に波打ちながらL字に曲がる、得意な形状の大型ダガーを鞘から抜き放った。そしてこれまでとは打って変わって、自分からメイアに猛然と襲い掛かって来る。

 

 ノア姫達が逃げ出し、騒ぎになった『ルーベス解体基地』の中で、追撃に狩り出された傭兵達がゼヴィドール星人の傭兵について話す。


「なんだってヤツを行かせたんだ!」


「知るかよ。気が付いたらいなくなってたんだ!」


「ヤツを戦わせてキレたりしたら、姫さんまで殺しちまうぞ!」


「ああ。だから宇宙港襲撃隊に、加えなかったんだからな!」


「だから俺に行っても、知らねえって!!」




 空気まで切り裂くように鋭く突き出される大型ダガー。傷だらけのブラスターライフルでそれを打ち払うメイア。右、左、右と、連続して襲い掛かる白刃に、メイアは反撃のいとまを得られない。ノアを守るため、血の滲むような訓練を積み重ねたメイアではなく、一般の特殊部隊員であれば、もう三回は死んでいるだろう。


「メイア!」


 居ても立っても居られないノアは、メイアを助けようと飛び出しかける。それを制するメイア。


「来ないで!」


 緊迫した状況でメイアは思わず、敬語を使うのを忘れた。今はそれほどの状況なのだ。その刹那の隙だった、メイアと闘っていたゼヴィドールのアサシンは、まるで軟体動物のようにヌルリとメイアの脇を擦り抜けて、後方にいたノアを狙ったのである。


「!!!!」


 瞬く間に眼前に迫って来るダガーの刃先に、明らかな殺意を感じたノアは、思わず身をすくめた。この敵は自分を捕らえるのではなく、殺しに来ている。


「ノア様ッ!!」


 身を翻して、ノアを襲おうとしているアサシンに、掴みかかろうとするメイア。だがメイアに、そういった咄嗟の行動を―――無防備になる行動を取らせる事自体が、アサシンの目的だった。振り向きざまに放つ右の逆手のダガーが、メイアの脇腹から心臓を抉ろうとする。


ギャリッ!!


 間一髪、反射的に突き出したメイアのブラスターライフルの銃床が、アサシンの伸ばした腕の動きを阻み、ダガーは脇腹に浅く突き刺さった程度で済む。そのまま体当たりを喰らわせたメイアは、アサシンを巻き込んで床に倒れ込んだ。


「あなた、邪魔よっ!!」


 アサシンの肩関節を決めながら、メイアはノアに向かって言い放った。到底家臣が主君に対して言っていい言葉ではない。しかし子供の頃からノアという女性を知るメイアは、むしろ窮地の中でのこういった発言が、ノアを冷静にさせる事を知っている。そしてその目論み通り、キッ!…と口を真一文字にしたノアは、シャトルへ続くハッチの中へ身を滑り込ませた。


“それでいいのです、ノア様…”


 難なく関節の決めから擦り抜けた、ゼヴィドールのアサシンが繰り出す斬撃に、ダガーを握る手首への回し蹴りで応戦しながら、メイアは胸の内で呟いた………





▶#18につづく

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る