#16

 

 巨大な解体基地内部の、機械感剥き出しの通路をノア達は駆け抜けていた。自分達のカーゴシャトルまではあと少し、ノアの読み通り、作業員も兼ねている傭兵達は、報酬となる引き渡し艦の、統合自動航行システム運用試験に狩り出され、阻止するために現れる数は驚くほど少ない。

 事実、遭遇した敵兵は十名あまりで、その全てがメイアとマイアによって、排除されていた。


「急いで! シャトルはすぐそこです!」


 後ろをついて来るドルグ=ホルタと、リカードとレヴァル。そして解体基地の作業員達に声を掛けるノア。だが作業員達は疲弊しきっており、自分でも思うように走れていない。ノアの二人の弟のリカードとレヴァルは、姉の言いつけを良く守って、体力の消耗が激しく、自力ではろくに走れない作業員に肩を貸し、励ましながら一緒に走っている。


 とその時、ノアに先んじて三叉路に差し掛かったメイアとマイアに、脇道から銃撃が浴びせられた。二名の傭兵による待ち伏せ狙撃だ。


 しかし神経を研ぎ澄ましていたメイアは、視界の隅に人影を捉えると同時に咄嗟に身を翻し、体を回転させながら倒れ来む。二人の傭兵が放った狙撃のビームは、メイアの髪を僅かに焼き焦がしただけだった。


 そしてメイアの後を走っていたマイアは、瞬時に双子に姉の挙動の意味を理解して、走る脚を半歩遅らせる。姉を狙っていたビームが、眼前を虚しく通過するのを認めたマイアは、敵が床に倒れたメイアに照準を修正する隙を突いて、ブラスターライフルを連射しながら飛び出した。

 慌てて身を隠す傭兵。敵が狙撃して来たのは、三叉路の通路の奥にある、何らかの機械室内からだ。立ち上がったメイアに、ライフルを撃つマイアが呼び掛ける。


「メイア。姫様達を!」


 待ち伏せていた敵は自分が足止めしておく、マイアの言外の言葉を理解したメイアは、立ち止まっていたノア達に声を掛けた。


「ノア姫様。ここはマイアに。ドッキングベイはすぐその先です!」


 メイアに促され、ノア達は再び駆け出す。そしてマイアの背後を通る際にノアはマイアを呼んだ。


「マイア、これを!」


 振り向いたマイアにノアは、自分が持っていたブラスターライフルを投げ渡す。連射を続けていれば、エネルギーがすぐに尽きてしまうからだ。そして去り際に強い口調で告げる。


「ここで死ぬ事は許しません!」


 足止めをしていれば、いずれ他の敵もやって来るだろう。何となれば盾となって死ぬつもりだった…のが、機先を制したノアの命令に、マイアは苦笑を浮かべ「御意」と応じた。


 一方、この由々しき事態を監視カメラで見ていた、中央制御室のクラード=トゥズークは、歯ぎしりして喚声を上げる。


「ええい、何をしている。取り逃がし追って! 仕方ない、姫のシャトルを破壊して、逃げられなくしろ!」


「おおっと。そいつはやめといてもらおうか」


 クラードにそう言って来たのは、通信スクリーンの中のガランジェットだ。タイミング良く通信を入れていたらしい。


「ガランジェット! 貴様、引き返しもせず勝手に通信を切りおって、どこで何をしている!?」


 先程のノア達の脱走を知らせて来たクラードの通信を、ガランジェットは一方的に途中で切ったのである。クラードが怒りを表すのも当然だった。ところがガランジェットはクラードの怒り混じりの詰問など意に介さず、ニタリと粘着質の笑みを浮かべて言い放つ。


「いいから、シャトルで逃げ出そうってんなら、好きにさせろ。その方が手間が省けるってもんだ」


「手間が省ける? 何を言っている、ガランジェット!」


 だがガランジェットはまたもやそこで、一方的に通信を切った。この男がいるのは自分の戦闘輸送艦『ザブ・ハドル』の船橋だ。事のついでに空になっていた小型水筒に、新たにウイスキーを満たしていたガランジェットは、中身をひと口煽ってから、オペレーターに振り向いて命じる。


「BSI部隊発進準備だ。俺の『マガツ』も用意しろ!」


 戦闘輸送艦『ザブ・ハドル』は、人型機動兵器BSIユニットを12機搭載できる母艦機能を備えていた。ガランジェットの命令で、それらBSIユニットが一斉に起動し、唸りを上げ始める。

 傭兵団の使用機体らしく機種は統一されていない。銀河皇国軍標準仕様機の『ミツルギ』が4機。エテューゼ宙域星大名アザン・グラン家の『イカズチ』が3機、カウ・アーチ宙域星大名ミョルジ家の『サギリ』と、おそらくイーズモン宙域星大名のア・マーゴ家が使用している、『ウネビ』と思われる機体が各2機と、バラバラである。各宙域の戦闘で廃棄された機体を集めて来たのだろう。


 そして最後の一機は形状が明らかに、ヤヴァルト銀河皇国のテクノロジーと違う生物的な外観を持っており、他のBSIユニットより二回り程も巨大だ。かつてヤヴァルト銀河皇国が存亡を賭けて戦った異星人恒星間国家、『モルンゴール帝国』の主力BSHOの一種、『マガツ』であった。

 戦闘種族『モルンゴール帝国』の機種編成は銀河皇国とは別で、BSHOは中隊指揮機として配備され、当時の銀河皇国BSI部隊に苦戦を強いた。一年半前にキオ・スー城上空で、ノヴァルナが遭遇して死闘を演じた、モルンゴールの傭兵隊長“サイガンのマゴディ”が操縦していた『オロチ』は別系統のBSHOである。


 銀河皇国製BSIユニットとは違い、まるで獣の唸り声のような重力子ドライヴのアイドリング音を上げた『マガツ』の、肉食獣を思わせる頭部で四つのセンサーアイが真紅に輝き始める―――今の主人である、ガランジェットを待つために………





▶#17につづく

 

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