#13

 

 気持ちを落ち着けてノヴァルナは戦術状況ホログラムを見直した。カルツェの第2艦隊に目を遣る。そこでカルツェ艦隊の微妙な動きに勘付いた。距離は約1億5千万キロ。こちらに頭を向けて、じりじりと少しずつ間合いを詰める感じだ。


“カルツェの奴…俺がモルザン艦隊と戦闘を開始した直後を狙って、突撃して来るつもりだな”


 危ねぇ、危ねぇ…とノヴァルナは自戒した。怒りで集中力を欠いていて、敗北でもしようものなら、ノアの救援に行けなくなる。ああそうさ、敵の目的がノアの生きたままの拉致であるなら、今は間に合わなくとも望みはある。天と地をひっくり返してでも、ノアを取り戻してやるぜ!


「艦隊を半分に分ける。半数をカルツェの艦隊に備え、半数をモルザン艦隊に差し向ける」


 命令を修正するノヴァルナ。それを聞いて参謀の一人が尋ねる。


「戦力の分散になりますが、構いませんか?」


 さらにランも問い質す。


「イノス星系防衛艦隊に、後方を取られるおそれもありますが?」


「おう。だがとにかくこっちは、モルザン艦隊が第一目標だ。カルツェの奴に足止めをかけて、その間にモルザン艦隊とケリをつける。星系防衛艦隊には勝手に後ろを取らせておけ」


 ノヴァルナから指示が出されると、キオ・スー家第1艦隊は戦力を二分した。


 鶴翼陣左側を構成していた戦艦5・重巡6・軽空母6・軽巡7・駆逐艦14が、カルツェの第2艦隊に、右側の戦艦6・重巡6・空母6・軽巡7・駆逐艦14がモルザン星系艦隊へ向かう形だ。右側をノヴァルナが指揮し、左側は第2戦隊司令官の女性武将、ナルガヒルデ=ニーワスに指揮を任せる。


「ナルガ、無理せず粘れ。モルザンの連中を片付けて、すぐ応援に行く」


 ノヴァルナが通信でそう告げると、ホログラムスクリーンに映るナルガヒルデは赤髪を揺らし、「かしこまりました」と落ち着いた口調で応じる。冷静沈着、端正な顔に眼鏡型NNL端末を掛けた、女性教師のような印象のナルガヒルデは、半分の戦力で戦えと言っている主君の命令にも、動じるところがない。


 苦戦は必至。だが引き下がるわけにはいかないノヴァルナだ。


 ノアを拉致する…それだけは如何に弟であっても、許すわけにはいかない。“死のうは一定”が信条のノヴァルナだが、自分の命と引き換えにしても譲れないものがある。それがノアだった。そして考えを重ねたノヴァルナが気付いたのは、自分がこの場にいても、ノアを奪わせずに済む可能性があるという事である。


「俺の『センクウ』を用意しろ。『ホロウシュ』を招集!」


 そう言って席を立つノヴァルナ。この若き主君が遠くにいて婚約者を救援する可能性に賭けたのは、速攻で敵を撃破し、敵がノアを人質に降伏を迫るより先に、カルツェを降伏させる事だ。これに成功すれば、カルツェの身の安全を引き換えにして、人質交換の場を作り出す事が出来るはずである。


 しかしそこで『ヒテン』の艦橋に入って来た者から、「お待ちください」と声が掛かる。ラン・マリュウ=フォレスタの父親カーナル・サンザー=フォレスタだ。

 修理・整備中の第6艦隊司令を務めるサンザーだが、BSI部隊総監でもあるため、幕僚の一人として参加しているのだ。


「おう、サンザーどうした? おまえ、4航戦(第4航宙戦隊)の旗艦に乗ってたんじゃねぇのか?」


「はっ。『レイメイ』にて、こちらに」


 サンザーは空母部隊の第4航宙戦隊旗艦から、BSI部隊の指揮を執る事になっていたのだが、自分のBSHO『レイメイFS』で総旗艦までやって来たらしい。


「おう。それで? なんの用だ?」


「ここは私にお任せを。殿下御自らのご出陣は、今しばらくお待ちください」


「なぜだ?」


 ぶっきらぼうに尋ねるノヴァルナに、サンザーは上から覗き込むような態度で告げる。主君に対して少々不遜な印象だが、これはノヴァルナの、かつてのBSIユニット訓練教官としての発言である事を示していた。


「されば、焦りは禁物にございます」


「………」


 不機嫌な顔でサンザーを睨み付けるノヴァルナ。サンザーが通信などではなく、わざわざ自分の体を運んでまで『ヒテン』へやって来たのは、これを直接進言するためだと気付いたからだ。


「俺が焦ってるだと?…BSI総監のくせに、BSHOで真っ先に戦場に飛び出すような、“鬼のサンザー”に言われたかねーな」


「………」


 皮肉を交えて言い返すノヴァルナだが、サンザーは動じない。無言でノヴァルナを見据えたのち、ズシリと重々しく言葉を返した。


「セルシュ様の討ち死にを、お忘れなきよう」


「!!!!」


 それを聞いてノヴァルナは、サッ!と表情を強張らせた。いや、ノヴァルナだけでなく、傍らにいる『ホロウシュ』のササーラとランも、緊張の表情に変わる。サンザーの娘であるランは思わず「父上!」と声を上げた。


「サンザー、てめぇ…」


 怒声を発しようとしたノヴァルナだが、歯を食いしばって自制する。後見人だったセルシュ=ヒ・ラティオの死は、ノヴァルナにとっていまだ、触れられたくない苦々しい記憶…癒えきっていない心の傷だったからだ。





▶#14につづく

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る