#12
アイティ大陸南部は赤道を越え、惑星ラゴンの南半球、中緯度付近にまで伸びている。したがって北半球にあるキオ・スー市が秋の今、ノア姫は訪れていた地方は春の盛りであった。
新緑の山並みが優しい丘陵地。そこから東に開けた平野が、旧サイドゥ家の兵達の居留予定地であり、仮設住宅の並ぶ向こうでは、急ピッチで都市建設が始まりかけているのが見て取れる。
昨日、居留予定地に到着したノア姫と二人の弟リカードとレヴァル、そしてノア姫の護衛役兼侍女のカレンガミノ姉妹は、旧サイドゥ家居留民代表を務める、ドルグ=ホルタの出迎えを受け、今この時、ノア姫達の歓迎式典に臨んでいた。
式典会場にはサイドゥ家家紋の、コバルトブルーに染められた『打波五光星』の旗の列が力強く風に靡き、あたかもここがミノネリラ宙域で、サイドゥ家の領有植民星であるかのような錯覚を抱かせる。
式典会場は半円形のステージとなっており、その背後には二枚の大きなタペストリーが並べて下げられていた。一枚はサイドゥ家の『打波五光星紋』、もう一枚がウォーダ家の『流星揚羽蝶紋』だ。
さらに式壇の左側には、ノアのBSHO『サイウンCN』とカレンガミノ姉妹の二機の『ライカSS』、右側にはキオ・スー家の『シデン』三機が、ポジトロンパイクを右手に握って屹立。鮮烈な姿を見せている。
サイドゥ家の家老ドルグ=ホルタ、キオ・スー=ウォーダ家の家老ショウス=ナイドル、そしてそれぞれの星大名家の将官が三名ずつ並んで座る壇上。リカードとレヴァルの二人の弟を背後に立たせたノア姫が、赤暗色のサイドゥ家の軍装を身に纏い、敗残兵の男女およそ三万人の前で、戦死者には哀悼の意と、生き延びた者達には、励ましの言葉を述べていた。
「―――ですので、ノヴァルナ様の我がサイドゥ家に対するご友誼は、揺るぎないものであると、私は断言致します。我がサイドゥ家は滅びません! ノヴァルナ様は『ナグァルラワン暗黒星団域会戦』におけるあなた方の忠義に感じ入られ、このリカードとレヴァルのもと、サイドゥ家の再興をお約束下さいました。リカードが十五歳となった暁には、サイドゥ家次期当主となるでしょう!」
ノアが言い終えると、期せずして聴衆から歓声と、「サイドゥ家万歳」の声が上がる。それに応え、ノアは笑顔で右手を振りだした。『サイウンCN』のポジトロンパイクが陽の光にキラリと輝き、後ろにいるリカードとレヴァルも、やや遅れて右手を振り始める。
ノア自身はこういった扇動的な物言いは好きではないが、敗残の身でこの星まで落ち延び、見知らぬ地で意気消沈している、旧サイドゥ家の将兵を勇気づけるためには、仕方がない事だと内心で自分に言い聞かせていた。
“演説”を終えたノアが、次に控えるリカードとレヴァルと入れ代わるため、後ろに下がろうと振り返ると、視界に後方の席で目頭を押さえて感涙にむせぶ、ドルグ=ホルタの顔が目に入った。思わず苦笑いしてしまうノア。父ドゥ・ザンの懐刀であったドルグは、ノアにとっても近しい間柄であり、亡き主君ドゥ・ザンを偲ぶと同時に、ノアを自分の娘のように感じているのだろう。
兄のリカードが話し始めるのを眺めながら、ノアはふと感慨に浸った。ノヴァルナ抜きでどこかに行くのは、惑星ラゴンに来て初めてだったのだ。
この惑星ラゴンに来て以来、何処に行くにもノヴァルナと一緒だったノアからすれば奇妙な感覚だった。だが不快ではない。気分転換というものだ。ノヴァルナが愛おしいのは無論だが、あのような性格であるから時にはノリについてゆけず、面倒臭くもなる。
事実、モルザン星系の謀叛がなければ、この式典にノヴァルナも出席するはずであったのだが、ノヴァルナが挨拶の際に、景気づけといって壇上でいつぞやのように、『閃国戦隊ムシャレンジャー』主題歌ハードロックバージョンを歌おうとしている事に気付き、「絶対やめてちょうだい!」と何度も念を押した挙句、それでも油断できないため、数日の間、侍女のマイアを監視に付けていたのである。
とは言え、ノヴァルナも深刻な事態に対処するため、惑星ラゴンを離れているのであり、気にならないはずはない。場合によってはまた、命のやり取りとなるに違いないからだ。
“ノヴァルナ、ちゃんと交渉とか出来てるのかなあ…”
そう思って蒼空を見上げるノアの視界で、白い雲が足早に流れていく。その様子に“風雲急を告げる”という言葉が重なり、少し不安げな表情になるノア。しかしこの時すでに、ノヴァルナの行く手で罠が口を開こうとしていた事まで、予見出来得るはずもない。そしてその罠の一端が、ノア自身にも及ぼうとしている事も。
式典そのものは、その後に行われた慰問のミニコンサートを経て、万雷の拍手を持って恙なく終了した。翌日は今回の式典に参加できなかった残り一万人が働く、旧サイドゥ家人員仮設居住区の、各建設現場を回る行事が予定されている。
ノアと弟達はドルグ=ホルタの案内で、式典の地の主要な都市開発現場を見学したのち、宿舎となっている宇宙港へと向かった。
宇宙港が宿舎とは奇異な話だが、メインフロアの一部に宿泊施設が設けてある構造をしており、そこを利用しているのである。ただ建物自体はまだ建設中で、複数の建設用ロボットと多くの作業員が働いている。
一日も早い完成を目指してせわしなく動き回る作業員、そしてその中にクラード=トゥズークが呼び寄せた、例の傭兵達の顔があった………
▶#13につづく
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます