銀河戦国記ノヴァルナ

＃２２

　光学映像が捉えた、ドーツェン＝タルコスが乗る旗艦『ジョルード』が、味方のＡＳＧＵＬ隊からの誘導弾を喰らって巨体を揺らす光景を、ドゥ・ザンは見逃さなかった。眼光鋭く命令を発する。

「全艦隊、戦艦戦隊前進。押し崩せ」

　旗艦が直撃弾を受け、その立て直しで生じる指揮系統の停止の隙を、ドゥ・ザン軍の戦艦が主砲射撃を繰り返しながら前進して突いた。立て続けにタルコス艦隊中央の宇宙艦に閃光が走り、動きが鈍くなる。アクティブシールドを失った二隻の戦艦が、ほぼ同時に爆発を起こし、その輝きがタルコスの旗艦『ジョルード』の姿を照らし出した。

「対艦誘導弾、撃ち方はじめ！」

　機を見計らった命令が総旗艦『ガイライレイ』から発せられ、ドゥ・ザン軍の各戦艦から対艦誘導弾が一斉発射される。タルコス艦隊の損害が拡大し、各戦隊の陣形に乱れが生じた。この状況に司令官ドーツェ＝タルコスは、歯噛みして命じる。

「く…宙雷戦隊を前に出せ！」

　だが参謀の言葉が、それを不可能な事だと知らしめる。

「駄目です。宙雷戦隊は敵のＢＳＩ部隊の襲撃で、動く事が出来ません！」

　参謀の報告に、タルコスが「ぬう！」と表情を歪めた直後、ドゥ・ザンの『ガイライレイ』が放った主砲弾が艦を直撃、舵を左に切ろうとした『ジョルード』の右舷を、斜め前方から抉り取る。それまでとは比べものにならない、激しい衝撃が艦を襲い、ドーツェン＝タルコス以下、艦橋にいた者達は床に投げ出された。艦が致命傷を受けたとタルコスは肌で感じ取る。

「機関部に直撃弾！　被害甚大！」

「メイン対消滅炉、緊急停止!!」

「エネルギーシールド、消失！」

「予備動力炉に切り替え急げ！」

　オペレーター達の悲痛な報告に、艦のダメージコントロールを担当する副長が指示を出した直後、さらなる破滅の牙がタルコスの『ジョルード』に食い込む。

　ドゥ・ザンの『ガイライレイ』がエネルギーシールドを消失させるのを待っていたかのように、その親衛艦隊の戦艦群からの砲撃が連続して命中。一気に艦の機能のほとんどを破壊した。

　床に倒れた若い女性士官の手を引き、立ち上がらせてやったタルコスが呟く。

「もはやこれまでか…」

　そしてタルコスは『ジョルード』の艦長に顔を向け、無言で頷いた。その意味を悟った艦長は、“総員退艦”を命じる。

　艦内に警報音が響きわたり始め、「総員退艦」のアナウンスが流れだした。直後に機関室から対消滅炉に亀裂が入ったという報告が届く。艦長はタルコスにも退艦を促す。

「艦は私が…閣下はご退去ください」

　だがタルコスは首を横に振って、厳然と告げた。

「構わんでいい…それより、乗員の脱出を急がせろ」

　対消滅炉が直接ダメージを喰らい、エネルギー源である液化反水素シリンダーの蒸発作業が、間に合わずに外部に流出すると艦は大爆発を起こす。戦場で宇宙艦が爆散して果てる場合は、ほとんどがこの原因による。

　その最期が自分にも迫っている中、タルコスは艦を艦長に任せ、隣接する司令官室へ引き上げた。そして執務机の椅子に腰を下ろすと、ドゥ・ザンの『ガイライレイ』との通信回線を開く。ほどなくして通信ホログラムスクリーンが、『ガイライレイ』の艦橋内の映像に切り替わり、司令官席に座るかつての主君ドゥ・ザン＝サイドゥの姿を映し出した。

「お館様…」

　タルコスの呼びかけに、ドゥ・ザンはゆっくりと頷き、言葉を返す。

「ドーツェン。此度（こたび）は運が無かったの」

　ドゥ・ザンはタルコスを詰りもせず、主従関係であった頃と変わらぬ口調のままだった。

　以前と変わらぬドゥ・ザンの態度に、タルコスは自然と頭を下げながら告げる。

「流石はお館様、そのお見事な戦（いくさ）の手並み、このドーツェン、感服仕りました。つきましては私に残された時間も無きこと故、今回のお館様に弓引く行為…冥府にて改めて謝罪致しまする」

　それに対してドゥ・ザンは「よい」と、さらりと応じた。そして笑顔を見せながら、どこか陽気に続ける。

「すぐに儂（わし）も参る。先に行って待っておれ」

　すると、その物言いを聞いて顔を上げたタルコスには、懐かしそうな表情が浮かんでいた。これまでイナヴァーザン城で散々聞いていた主君の、いかにもな物言いだったからだ。

「ではドーツェン、先に参って、冥府への道筋を調べておきまする…」

　そしてタルコスがもう一度頭を下げた瞬間、ドゥ・ザンが見る『ジョルード』の司令官室からの映像は、白い閃光に包まれて途切れた。直後に画面が切り替わり、大爆発する『ジョルード』の姿を映し出す。

「………」

　しばし無言の時を過ごし、タルコスの最期を見送ったドゥ・ザン。だが事態は、思い出を回顧させる猶予までは与えない。オペレーターが新たな敵艦隊の接近を知らせる。

「タルコス艦隊後方より、敵二個艦隊が急速接近！　イッ、イナルヴァ艦隊とウージェル艦隊です!!　いずれも艦載機発進中！」

　しかしドゥ・ザンにとって、それは想定の範囲内だった。タルコス艦隊を餌にしてこちらを釣りだし、陣形に隙が出来たところに楔を打ち込む。『ナグァルラワン暗黒星団域』に出来た、星間ガスの窪地を利用するこちらの陣形を崩すには、この戦術しかないからである。

　ただしその楔の役に、“ミノネリラ三連星”の異名を持つ、リーンテーツ＝イナルヴァと、ナモド・ボクゼ＝ウージェルの艦隊を使った事、これはギルターツの手腕を褒めねばなるまい…とドゥ・ザンは思った。

　武名は時として実力以上の効果をもたらす。これまで味方として万全の安心感を与えてくれていた、名高き二人が敵に回った場合の恐怖を、こちらの兵は実感する事になるからだ。今しがたのオペレーターの声が口ごもり、上擦っていたのがいい例である。

　だが“マムシのドゥ・ザン”も名高き、という点では引けは取らない。温存していた各艦隊の宙雷戦隊へ突撃を命じる。

「全宙雷戦隊、突撃。敵の二個艦隊が傘に掛かって攻め込んで来る、出鼻を挫くのじゃ。その間に戦艦部隊は後退。陣形を立て直す！」

　ドゥ・ザン＝サイドゥ老いたりとはいえ、闘志はまだ衰えてはいなかった………

【第６話につづく】