#15

 

 その夜、ノヴァルナは『ホロウシュ』と、カーナル・サンザー=フォレスタ、ナルガヒルデ=ニーワス、さらにカーネギー姫といった身近な者達を集めて夕食会を開いた。婚約者のノアとの不仲説とやらで、周囲の者達にも心配をかけた事に対する、せめてもの詫びらしい。当然、夕食会にはノアも侍女のカレンガミノ姉妹を連れて参加しており、会場となった晩餐室の長大なテーブルの上座に座るノヴァルナとノアに、『ホロウシュ』達の質問が集中している。


「マジで! マジで、ウソなんスよね!?」


 身を乗り出して質問するのは、ヨリューダッカ=ハッチだ。その向こうに座るジュゼ=ナ・カーガも負けじと前のめりになって問い掛ける。


「ノア様はずっと、あたしらと居てくれるんですよね!?」


 それに対し、ノヴァルナと合わせたウォーダ家の紫紺の軍装を着たノアは、苦笑交じりの表情で謝罪の言葉を口にする。


「みんな、ごめんなさいね。迷惑かけて」


 すると『ホロウシュ』達は一斉に恐縮し、「いいえ、いいえ!」と手を振る。ノアはノヴァルナの元へ来て以来『ホロウシュ』達にも、とても気に入られていた。気取るところがなく、『ホロウシュ』の出自など気にも留めず優しく接してくれるため、男女を問わず支持されていたのである。

 さらに最近になって『ホロウシュ』達は、公の場での言葉遣いが明らかに改善されて来ていた。これなどもノアが言葉遣いを丁寧に教えてやっているようで、その辺も『ホロウシュ』達に慕われている要因だった。


「よかったぁ…」


 ヴェールとセゾのイーテス兄弟が声を揃えて安堵し、シンハッド=モリンはノヴァルナに対して不満を言う。


「まったく。ノヴァルナ殿下と来たら、俺らがノア様の事を心配して尋ねても、“別に”とか“さあな”とか、はっきりしない返事ばっかで、気を揉んだじゃないッスか」


 しかし当のノヴァルナは平然と食事を続けながら、「おう、わりィーな」と全然悪そうに聞こえない口調で返事するだけだ。ノヴァルナがノアと顔すら合わさなくなっていたのは、不仲になったように見せるための二人で打った芝居だったのだが、二人はそれを『ホロウシュ』にも知らせなかったのだ。


 悪びれる様子もないノヴァルナに代わって、ノアがモリンに釈明する。


「ごめんなさい、シンハッド。このひとが『ホロウシュ』のみんなにまで知らせて、変に落ち着いた態度でいられたら、芝居だとバレる恐れがあるからと言って、黙っている事にしてたの」


 ところが肝心のモリンはまともに聞いていない。美人のノア姫に見詰められ、ファーストネームで呼ばれたため、のぼせ上ってしまったのだ。


「ひや、いいっふよ…」


 顔を赤くして腑抜けた物言いのモリン。すると他の『ホロウシュ』達が騒ぎ出す。


「モリン! てめぇだけファーストネームたぁ、きたねーぞ!」


「そうよ! あたしだってまだ、呼んでもらった事ないのに!」


「抜け駆けしてんじゃねーぞ、コラ!」


 それらに対してモリンは、謙虚な態度で火消しを図るどころか、自慢げな言葉で余計な燃料を投下する。


「へへん。羨ましーだろ。これが“覚え目出度き”ってヤツよ!」


 そのような言葉を看過する『ホロウシュ』の荒くれ小僧達ではない。


「はぁ!? いい度胸だてめぇ!」


「お目出度いのは、お花畑になってるあんたの頭の中だろ!!」


「鼻の穴に指突っ込んで、奥歯ガタガタ言わっそ!」


「んなローカルな脅し文句、誰もビビんねーぞ!!」


 その騒ぎに困惑するノア。「…ったく、これじゃなんの集まりだかわかんねー」とぼやきながらニヤニヤするノヴァルナ。呆れ顔のサンザーとナルガヒルデ。また始まったと額に手を遣るササーラと、ヨヴェ=カージェス。煩わしさを隠して無表情で食事をするランとカレンガミノ姉妹。そして明らかに不機嫌な、カーネギー姫………


 するとようやく騒ぎが下火になったところで、話題を本筋に戻すチャンスだと考えたのか、モス=エイオンが僅かに首を傾げながら疑問を呈する。


「しかし、誰なんすかねぇ?…妙な噂話を流した張本人は?」


 確かにノヴァルナとノアの不仲説は芝居だったと分かったが、それに尾鰭をつけて世間に流した発信源はよく分からない。具体的な事例が含まれたりしている事から、内部関係者もしくはそれに近い者が発信源ではあるらしい。


モス=エイオンの言葉を聞いてノヴァルナは、我が意を得たりとばかりに、人の悪い笑顔でその張本人の事実を告げた。


「おう、それそれ。実はその犯人を呼んであってな―――おい、ぇれ!」


 ノヴァルナの呼び声で晩餐室の扉が開き、猿顔の小柄な少年が入って来る。トゥ・キーツ=キノッサである。次席家老ショウス=ナイドルの配下に置かれ、攻略戦であちこちに損害を受けたキオ・スー城の修復を行う、普請方の補佐官(パシリ)に任じられたキノッサだったが、その修復も終わり、ノヴァルナ直属の事務方へ異動していたのだ。


「へへへ…いや皆様、お世話になっております」


「こ、こいつは!」


 ナガート=ヤーグマーが目を見開く。その他の『ホロウシュ』達も怪訝そうな目を向ける中で、キノッサは「いや、どうもどうも…」と慇懃に何度も頭を下げながら、小刻みな足取りでチョコチョコと『ホロウシュ』達の後ろを通り過ぎ、長いテーブルの末席に腰を下ろす。そして『ホロウシュ』達の冷めた視線も何のその、自分が座った席の前のテーブルには何も置かれていないのを不満げに言う。


「あのー! 私めも腹が減っておりますのですが!」


 それを聞いてノヴァルナは「ふん!」と鼻を鳴らした。ただその後、キノッサの不調法を叱りつけるのかと思えば、傍らにいた給仕に「おい、コイツの分も用意してやれ」と命じる。ノヴァルナの言葉にキノッサは「恐れ入ります」と礼を言い、さらに意見した。


「ところで殿下。私めを犯人扱いは、お止め頂きたいもんですねぇ…なんせ『iちゃんねる』への書き込みをはじめ、あちこちにノア姫様と不仲の噂の種をバラ撒いたのは、殿下のお指図なんスから」


 さっそく喋りだすキノッサに、ノヴァルナは“やれやれ…”といった表情をして、「わかってるって!」と応じる。つまりはノヴァルナとノアの不仲説と、それに付随する噂話はノヴァルナ自身が裏で糸を引いていた事になる。


「それ、本当なのですか?」


 と尋ねたのはキスティス=ハーシェル。スラム街育ちが多い今の『ホロウシュ』の中では一番、言葉遣いの上達が早い女性だ。


「ん?…どうしてだ?」


 不審感もあらわに問うキスティスに、ノヴァルナは眉をひそめる。するとキスティスに代わって、ショウ=イクマが冷やかすように言う。


「いや…だってそれじゃあ、ラン様やカーネギー姫様、さらにニーワス様とまでいい仲になったって噂も、ノヴァルナ様の指示だったって事じゃないんですか?」


「はぁ? いやいやいや、んなワケねーだろ!」


 話が妙な方向へ進み始め、ノヴァルナ頓狂な声を上げて否定する。しかしその慌てっぷりが逆にノアに不信感を抱かせたようだ。


「ちょっと、ノヴァルナ! あなたまさか本気で…」


「ち、ちげーよ!!」


 不納得顔のノアは、平手で机をパン!と叩いて婚約者を叱りつけた。


「どさくさ紛れに、ハーレム展開は許さないからね!」


「だから、ちげーって!! コイツが勝手に話を、膨らませたんだって!!」


 ノアの追及に顔を引き攣らせたノヴァルナは、キノッサを指差して弁解する。その様子に苦笑いを浮かべたヨヴェ=カージェスは、二人の間を取り成すように口を挟んで話題を変えようとした。


「まあまあノア姫様。どうかその辺で、殿下を勘弁して差し上げて下さい。しかし、この三ヵ月ほどの間、本当にお二人はお会いになっておられなかったのですか?」


「いや。会ってたぜ」とノヴァルナ。


「え?」


 怪訝そうな表情になった『ホロウシュ』達は、一斉に疑念の声を漏らす。それに対し、ノヴァルナは事も無げに告げた。


「ホログラムでだけどな。毎晩ノアのホログラムが、俺の部屋に来てたのさ」


 この世界では遠距離恋愛のカップルの場合、NNLを使ってどちらかの住んでいる地域に送り込んだ、等身大ホログラムで会うデートの仕方も普及している。ノヴァルナとノアは今回、それをキオ・スー城の敷地内で行っていたのだった。しかしそれでも他の誰かに見られてはならず、職務が終わって自分の居住区に入ったノヴァルナのもとを、ノアがホログラムで訪れるという方法を取っていたのである。


 ノヴァルナがその事を説明すると、「そんなんで、よく我慢できましたねぇ」とナガート=ヤーグマーが、少々下衆なツッコミを入れる。その不敬な言葉にノヴァルナは、気にするふうも無く応じた。


「おうよ。聖人君主たぁ、俺のこった!」


 ノヴァルナの白々しい返しに、“どうだか…”といった顔をしたキスティス=ハーシェルは、ノアの方にも問い掛ける。


「ノア姫様は? ご平気だったんですか? ホログラムじゃ、ノヴァルナ殿下と手も握れないのに」


「え…まぁ…」


 何も不満は無いと言えば嘘になるため、ノアは少し口ごもった。すると不意にノヴァルナが横から口を挟み、とんでもない事を言い放つ。


「ああ。しばらく生身では会わない事にしようって相談した時に、コイツが不服そうな顔すっから言ったのさ。“あとでちゃんと可愛がってやるから、我慢しろ”ってな」


 このノヴァルナの一言で、周囲は騒然となった。あとでちゃんと可愛がる―――そんな歯の浮くような台詞(?)を聞かされて、キスティスだけでなくジュゼ=ナ・カーガやキュエル=ヒーラーといった、女性『ホロウシュ』が一斉に「きゃー!」と黄色い声を上げ、その他の男性『ホロウシュ』達は、あんぐりと口を開ける。

 一方のノアは、突然の放言に耳の先まで赤くなり、ノヴァルナの後頭部をペン!と張り飛ばすと、両手で左肩の袖を鷲掴みにして怒声を浴びせた。


「こら! 人前でそういうこと、言うな!!!!」


 だがこれは動揺していたとは言え、ノアの返し方がまずかった。ノヴァルナの放言に対する反撃ではあっても、この言い回しでは“可愛がる”放言自体を、否定しているようには聞こえない。案の定、抜け目のないキノッサにそこを問い質される。


「殿下が言った事は、否定…しないんスか?」


「えっ!?…もっ!…もちろん、違うわよ!」


 慌てて否定するノア。だがこんな挙動不審な反応では余計に、ノヴァルナに可愛がってやると言われて、納得したように思われるだけだ。その横でなぜか、してやったりな表情のノヴァルナ。それに気付いてノアは、ノヴァルナにも「あなたは、なにドヤ顔してるのよ!」とツッコミ。このやり取りに、呆れ顔の中の何人かが、ある言葉を呟こうとする。



「バ………」とヨリューダッカ=ハッチ。



「バ………」とナルマルザ=ササーラ。



「バ………」とカーネギー=シヴァ姫も。



「バ………」謹厳なカーナル・サンザー=フォレスタまで。



 そして、最後まで言い切ってしまうキノッサ。



「バカップル…」


 間髪入れず血相を変え、声を揃えてキノッサを叱るノヴァルナとノア。


「なんだとぉ!!」

「なんですってぇ!!」


 結局、ノヴァルナとノアの不仲説は解消されたものの、可愛がる、可愛がらないの発言に対する疑惑を残したまま、この日の夕食会は終了したのであった………





▶#16につづく

 

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