#16
オスカレア星系で出港準備を進める、ドゥ・ザン=サイドゥの軍が、ノヴァルナからの支援艦隊派遣の公式発表を傍受したのは、それから三日後の事である。
第四惑星オスグレンの南半球、モスグリーン色の雲海上を
「よく分かっておるのぅ、婿殿は。出撃のタイミングも、
そのドゥ・ザンの前には、主君の後を追ってギルターツの元を逃れて来た戦力を加え、再編を終えた宇宙艦隊において、第2艦隊を預けられた懐刀のドルグ=ホルタ。旧第5艦隊を中核に再編された、第3艦隊司令官のコーティ=フーマが控えている。そしてさらにドゥ・ザンの傍らには妻のオルミラもいた。
「しかしノヴァルナ殿下も、豪気ですなぁ」
「さよう。四個艦隊とはまた、景気のいい話で」
ドルグとコーティがそれぞれに感心したように言うと、オルミラも冗談で口を挟む。
「ほんに。これで私どもは合わせて七個艦隊。ギルターツ殿は予想では八個艦隊。これはもしや、勝てるかもしれませぬな」
「カッハッハ…」
ドゥ・ザンは妻の言葉が冗談であると知っており、乾いた笑い声を発した。確かに七個対八個という数字だけの艦隊戦力差を見れば、ドゥ・ザン/ノヴァルナ連合軍にも勝てる可能性はある。
しかしドゥ・ザンの艦隊は一部が前述の通り、ギルターツのもとから逃亡して来た寄せ集め。さらにこの三ヵ月の間に翻意し、逆にドゥ・ザンの元を逃げ出して行った兵もかなりの数に上っていて、完全戦力の三個艦隊とは言えない。
それにギルターツも馬鹿ではないはずで、ノヴァルナの支援艦隊とドゥ・ザン艦隊との合流をみすみす許しはせず、各個撃破を狙って来るのは明白だ。しかもオ・ワーリ宙域との国境周辺には、妻のオルミラの亡命を阻止した国境封鎖部隊もいる。それらもノヴァルナ艦隊の迎撃に出て来るに違いない。
「まぁ、それ以前に…そもそも婿殿が四個艦隊による支援を、大々的に発表したのは、それだけ自分が信義を通す男である事を、広く知らせるためじゃからな。婿殿も無駄な
そう言ってドゥ・ザンは、司令官室の窓の向こうで波打つ、惑星オスグレンの雲海に視線を向けた。
ノヴァルナにとってドゥ・ザンへの支援は、信義を通す星大名として周辺宙域に宣伝するための、云わばデモンストレーションだ。すでにミ・ガーワ宙域の同盟者、独立管領ミズンノッド家の危機にノヴァルナ自らが軍を率いて駆け付けた実績があり、その評判を確たるものにするのが、今回の支援の目的である。
これについて、ドゥ・ザンから直接ノヴァルナに伝えたわけではないが、明敏なノヴァルナなら、共通認識として意思の疎通が出来ているはずだった。
「お館様がそう申されるならば…で、会敵地点はどこに設定致しましょうか?」
コーティ=フーマが落ち着き払って尋ねる。この重臣やドルグ=ホルタも、今度の戦いが自分達の主君にとって、最後の戦いであるという思いを共にしていた。
コーティの問いにドゥ・ザンは「そうさな…」と呟きながら、執務机のコントロールパネルに手を伸ばし、司令官室の中央に星図ホログラムを立ち上げた。
ギルターツの軍をこのオスカレア星系で迎撃してもよいのだが、そうすればこの植民星系の領民が、巻き添えになる恐れもある。無理矢理押しかけた上に、勝手に根拠地に決めたドゥ・ザンからすれば、それは許容できない話である。
「あまりオ・ワーリ寄りに布陣して、婿殿に本気で助けを求めている、と思われては心外じゃからな。このオスカレア星系から…こう…こう進んで…ここじゃ」
ドゥ・ザンは星図ホログラムを指でさし、NNLと連動させてマーカーを付け、最後にギルターツ軍との会敵設定地点を、無造作に丸印で囲んだ。その位置を見てドルグが「ほう…」と声を漏らす。
「ここは…『ナグァルラワン暗黒星団域』の外縁部ですか?」とコーティ。
「うむ」頷くドゥ・ザン。
『ナグァルラワン暗黒星団域』は長く伸びたガス星雲の内部に、複数の中規模ブラックホールが点在し、激しいガス気流が渦を巻きながら流れる宇宙の難所だ。そしてノヴァルナがノアと初めて出逢った場所でもある。
「戦力差を少しでも詰めるには、ここしかあるまい」
「はて? お館様は此度の戦いで、負けるおつもりではなかったのですか?」
ドルグがとぼけた口調で問い質すと、ドゥ・ザンは何を分かり切った事を…とばかりに目を見開いて言い放つ。
「たわけ。戦いとは勝つために、行うものであろうが」
そしてドゥ・ザンと妻、二人の重臣は笑い声を上げた。そう、死を覚悟していても、負けていい
ひとしきり笑い合ったあとに、ドゥ・ザンは何の気負いも見せずに命じた。
「よし。では…ぼちぼち参ろうか。準備が完了した艦から順次出港。星系外縁部で陣形を組み、『ナグァルラワン暗黒星団域』へ向かう」
「御意!」
やがてドゥ・ザンの乗る『ガイライレイ』は舳先をゆっくりと回頭し、惑星オスグレンの衛星軌道から、漆黒の宇宙空間へ向けて離脱して行った………
▶#17につづく
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