#04

 



ところが―――



 ナグヤ城を留守にしたヴァルツ=ウォーダ、その理由は、ロンザンヴェラ星雲でノヴァルナを取り逃がしたイマーガラ家のシェイヤ=サヒナンが、ノヴァルナを追撃して来た場合に備え、ヴァルツの第4艦隊に救援任務が要請されたからであった。

 だがこの要請はヴァルツが出動準備を始めた直後に、ノヴァルナからの必要なしの指示が届いて撤回され、ヴァルツは再びナグヤ城へ帰る事となった。するとヴァルツはこの機会を利用し、連絡もせずにナグヤ城へ戻って、妻のカルティラを当日デートに誘う事を思いついた。つい先日のダンスパーティーの時に、サプライズで帰って来た自分に喜んだカルティラを見て、味を占めたのだろう。同じ手をすぐ繰り返すのは戦略家としては如何なものだが、女性に対しては不器用なヴァルツらしいと言えばらしい。


 それが妻カルティラには内緒でナグヤ城へ戻り、デートに連れ出すため居住区へ帰って来てみれば、偶然にもその妻が男に襲われていたのだ。


 部屋に入るなり妻の襲われている場面に遭遇したヴァルツは、即座に軍装のホルスターからハンドブラスターを抜き、両手で構えてもつれ合う二人に駆け寄ると、妻を襲っている男に銃口を向けて叫んだ。


「貴様! 儂の妻に何をしている!! 離れろ!!!!」


 動きを止めヴァルツに振り向くマドゴット。ヴァルツはその姿を見て、見知った相手である事に動揺を隠せなかった。


「おぬし!…サーガイではないか!?」


 唖然とするヴァルツ。


 対するマドゴットは、突如目の前に現れた主君に己の身の破滅を悟り、そしてそれ以上に、“自分のもののはずの女が、自分以上に愛している男”が目の前に現れたという歪み始めていた思考が、ヴァルツへの憎悪となって噴出した。素早く立ち上がると、まだ唖然としたままのヴァルツに、短い雄たけびを上げて組み掛かり、自分に向けられていたブラスターを奪い取ろうとする。


「貴様! なんの真似だ!…」


「うるさいっ!!」


 激しい揉み合いを始めたヴァルツとマドゴット。銃を奪い取ろうとするマドゴットと、そうはさせまいとするヴァルツが、双方の手首を掴み合って身をよじらせた。


 そんな光景をソファーの上で上体だけを起こしたカルティラは、引き裂かれた衣服の胸元を隠して無表情で見詰めている。自分に対するサプライズデートの誘いだったと、事情を知るはずもない彼女は、情夫との密会の現場に突然現れた夫を見て、マドゴットとの関係を気付かれていたのだ…と勘違いした。




もう…なにもかも…終わりね―――




 カルティラは真っ白になったままの頭の中で、自分の声が呟くの聞く。


 夫は私をどうするだろうか?…カルティラは目前で取っ組み合いをする夫と情夫の姿を、まるで夢の中の出来事のような気持ちで、ぼんやりと眺めながら思った。


 マドゴットとの関係を知られた以上、離婚されても仕方がない。だがそれで夫の星大名氏族としての体面が保てるのだろうか…もしかすると、病死と偽って処刑されるかも知れない。いや、優しい夫がそこまでするとは思えず、むしろマドゴットを口封じし、自分との夫婦関係は表向きだけ続ける可能性が高い。


 いずれにしてもカルティラにとって、もうこれまでのような生活は、露と消えた事は間違いなかった。身勝手なものでモルザンに帰り、今更ながら息子のツヴァールの世話をして、静かに暮らすのもいい…などとすら考えてしまう。




どこで間違ったのかしら―――




 自分で選んだ選択肢でありながら、他人事のようにカルティラが自分の人生を振り返りだしたその時、不意に自分の胸元に焼けた鉄を押し付けられたような、猛烈な熱感を一瞬感じた。


「え?…」


 なにが起きたのかしら…と自分の胸元を見下ろすカルティラ。その視線の先にあったのは半分砕けた自分の右手と、その手で覆っていた胸元に開いている、大量の血液を噴き出し始めた赤黒い穴であった。


“なに…これ?”


 茫然と前を向くと、マドゴットに奪われまいとする夫の、ブラスターの銃口がこちらを向いて微かな煙を上げている。「あなた」と夫を呼ぼうとして開いた口から、言葉の代わりにカッ!と吐血すると、カルティラの思考はそこで、永遠の暗転を迎えた………




 命を失った妻が、目を開けたままソファーの上で崩れ、無機質な人形のように床に転がり落ちるさまを見て、ヴァルツは叫び声を上げた。


「カッ、カルティラァアアアアアーーー!!!!」


 妻の元へ駆け付けようと、強引にマドゴットの手を振り払おうとするヴァルツ。しかしマドゴットの手は獲物に喰い付いた蛇のように、ヴァルツの手首を放さない。


「サーガイっ!! 貴様、カルティラを撃ったというのに!!!!」


「………」


 それに対するマドゴットは無言のままだった。この状況にショックが大き過ぎ、現実が見れなくなっているのだ。


「貴様ぁあッ!!」


 焦ったヴァルツは、手首にしがみつくマドゴットを、強引に投げ飛ばそうとした。だが勢いが付き過ぎ、ヴァルツも共に床に倒れ込んでしまう。


「離さんか、サーガイ!!」


 床の上でも銃を奪い合うヴァルツとマドゴット。この時、倒れ込んだ拍子にブラスターは二人の体に挟まれていた。ヴァルツに上を取られ、咄嗟に掴み直そうとするマドゴットの指が、ヴァルツの指で滑ってトリガーを押さえる。


 そこから放たれた熱線は、銃口の先にあったヴァルツの下顎から脳幹を撃ち抜いた。


 即死であった。


 ウォーダ一族随一の猛将と謳われ、幾たびかのウォーダ家の敗戦の中でも、自身が率いた部隊だけは勝利して来たヴァルツ=ウォーダの、まさかの死である。

 武人の本懐を遂げて、敵の大部隊の包囲の中での討ち死にでもなければ、その偉大な戦術眼と指揮能力を恐れた敵によって謀殺されるのでもない、妻の不倫に端を発した非業の死だった………





▶#05につづく

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