#09

 

 カーネギー=シヴァ姫とキラルーク家当主ライアンの会見は、皇国貴族ゲイラ・ナクナゴン=ヤーシナの骨折りの甲斐もあり、ノヴァルナがヴァルツからの話を受諾してから、三週間後にはその日時と場所が決定した。


 日時は6月18日。くしくも一年前、ノヴァルナがキオ・スー城上空で、工業プラント衛星落下を企んだ傭兵部隊を打ち破った日である。場所はミノネリラ宙域のオ・ワーリ宙域国境近くに位置する、トゥ・エルーダ星系第五惑星ウノルバ。


 思いの外、順調な運びであったのだが、ただノヴァルナにとって問題が一つあった。それは会見の場に、キラルーク家を庇護下に置くイマーガラ家からの申し入れで、当主ギィゲルトも加わるという事だ。


 となるとイマーガラ側は相応の宇宙艦隊が随伴して来る事になり、必然的にノヴァルナ側も艦隊の数を揃えなければ体裁が整わない。ノヴァルナが後見人を務めるカーネギーの面目に関わる話だからだ。


 いや、実際に問題になるのはそこではない。


 本来なら敵対する大艦隊同士が、鼻を突き合わせるように対峙するとなると、一つ間違えば即、開戦という事態になりかねない。そして何よりイマーガラ家にとってノヴァルナは、前宰相セッサーラ=タンゲンが自分の命と引き換えにしてまで屠ろうとした、将来的な脅威である。ゲイラやカーネギーの言う“貴族の格式”が、どれほどの実効力があるか分からないが、イマーガラ家がこの機会を捉えて、戦闘を仕掛けて来る可能性もある。


 ところがこういう状況になると、俄然やる気になるのがノヴァルナの悪い癖だ。


 ギィゲルトが出張って来ると知り、これは戦闘になるに違いないと、引き留めにかかる家臣達を前に、ノヴァルナは「アッハハハ!」という高笑いに続いて、「おもしれーじゃねーか!」と、あっけらかんと言い放ったのである。


「笑い事ではありません!」


 執務室では『ホロウシュ』筆頭代理のササーラが、ホログラムのキューブパズルをもてあそんでいるノヴァルナに、説得を試みていた。


「ドゥ・ザン様との会見の時とはわけが違い過ぎます!」


「は?…何がどう違うってんだ、ササーラ。隙あらば俺をぶっ殺そうと目論んでたのは、ドゥ・ザンの“マムシオヤジ”も同じだろーが」


 ササーラの訴えに、ノヴァルナは不敵な笑みを崩さずに応じた。


「いいえ、違います。ドゥ・ザン様の時は少なくとも、ノア様というご自身の姫様が間に入っておられました。それにお呼びになられたのは、ドゥ・ザン様の方からでした。ご自分から呼びつけておいて、それを討つというのは―――」


 ササーラがそこまで言った時、ノヴァルナは再び「アッハハハ!」と高笑いを放って、相手の言葉を遮る。


「人がいいな、おめーは。だがあめぇーぜ、ササーラ」


 年下の主君からそう言われて、些か心外…とばかりに、ガロム星人の厳つい顔を一層いかめしくした。さらに畳みかけるノヴァルナ。


「ドゥ・ザンのおっさんなら、どんないきさつであれ、相手を殺す時は殺すさ。あのおっさんにとって、体面なんざ邪魔なだけのもんだからな」


 ただそう言いながら、ノヴァルナにもドゥ・ザンに対して思うところはあった。


“…というわりにはあのオッサン、まんまと息子のギルターツに国を乗っ取られるたぁ、らしくねぇ甘さだったな。案外身内には甘ぇのか?”


 ギルターツがドゥ・ザンの実の子では無いのではないか、という噂はノヴァルナの耳にも入ってはいた。だがそれが本当なら、“マムシのドゥ・ザン”がギルターツを生かし、そのうえ次期当主の座まで与えたりはしないはずだ、とも思うのだ。


「ともかく―――」とノヴァルナ。


「第1艦隊を出す。こいつは決定事項だ。それからルヴィーロ義兄上あにうえに第2艦隊、シウテに第3艦隊を任せて、ミ・ガーワ宙域方面に備えさせる。んで、ヴァルツの叔父上には、第4艦隊を指揮してイル・ワークランの連中が動き出した場合の抑えに回ってもらう。いいな、ササーラ」


 そう命じたはいいがノヴァルナ自身、不安は拭えない。前にも述べた通り現在、キオ・スー家とナグヤ家の統合に伴う戦力改編で各部隊が、指揮系をはじめとしてあらゆる面で不安定な状況なのだ。編成がほぼ以前のままの、第1艦隊は問題ないであろうが、あとの部隊はどの程度まで戦えるか、蓋を開けてみないとわからないところがある。


 命令を受けて仕方なさそうに執務室を去っていく、ササーラの背中を一瞥したノヴァルナは、手にしていたホログラムのキューブパズルを机に置き、角の一つを軸に勢い良く回転させた。そして内心で呟く。




“ふん。キオ・スーを手に入れても、なかなか楽にはなんねーもんだな………”





▶#10につづく

  

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