#11

 

 そして翌日、ノヴァルナの叔父ヴァルツが領有する、モルザン星系の首都惑星である第3惑星モルゼナ―――


 そぼ降る雨の中、モルザン星系艦隊旗艦『ウェルヴァルド』が、空を覆う灰色の雨雲の間から、ゆっくりと降下して来る。艦の周囲に無数にいるのは降下用シャトル。全て衛星軌道上で停止した他の艦艇から発進したものだ。どのシャトルも第一次の帰還兵で溢れている。


 モルゼナ城のすぐ隣に広がる広大な軍用宇宙港には、その帰還兵達を迎えに来た家族が溢れかえっていた。やがて旗艦『ウェルヴァルド』は宇宙港の真ん中に着陸する。艦底から出した四十を超えるランディングギアが、重力子ダンパーをきしらせながら、離着陸床に脚を下ろした。


 それに続いてやや離れた位置に、シャトルも整然と並んで着陸を開始する。その頃にはもう、先に着陸した『ウェルヴァルド』から乗組員が降り始めている。


 笑顔で手を取り合う親子、激しく抱き合う恋人、そして…戦死者リストの前で泣き崩れる遺族。いつのどこの世界でも変わらぬ、前線と銃後の再会の光景が宇宙港のロビーで広がる中、『ウェルヴァルド』の上部から発進した高級将官用シャトルが一機、雨粒を撥ね飛ばしながら直接モルゼナ城へ向かって行った。それに乗るのは、参謀達を連れたヴァルツ=ウォーダである。


“しかしまぁ、甥御も忙しい事だわい…”


 前方の窓から見える、次第に大きくなるモルゼナ城の外観を眺めながら、ヴァルツは座席に身を沈めて内心で独り言ちた。


 昨日オ・ワーリ=シーモア星系のノヴァルナから連絡があり、婚約者のノアの二人の弟が乗る軽巡が何者かに襲われ、領域外縁の哨戒基地に回収されたため、その救援に自ら向かうと言って来たのだ。


 事態が事態だけに注意を払っておく必要はあるが、今回はモルザン星系軍を動かす事はないだろう…と、ヴァルツは考えた。もはや自分も軍もモルザン星系の民も、疲弊の限界に来ている。今はともかく、全てに休養が必要だ。


 昨年の、まだ兄のヒディラスが存命であった時からここまで、戦いの連続の末、新たな領地とさらに宗家副将の地位という、ようやく望んでいたものが手に入ったのである。まずはこれを整備し、立て直す時間が自分にも民にも必要だった。二つの植民星系とナグヤ市から得られる税収は、その良薬になるだろう。


 モルゼナ城のシャトルポートに着いたヴァルツのシャトルは、妻のカルティラと息子のツヴァールの出迎えを受けた。他にも留守居の家老ジェリス=ニンバス、そして政務補佐官のマドゴット・ハテュス=サーガイなどの顔がある。


「ご戦勝、おめでとうございます」


 風雨が強まる中、嫡子ツヴァールの背後からその両肩に手を置いたカルティラが、慎ましい笑顔で夫に会釈する。すると十二歳のツヴァールも同じように、「おめでとうございます」と告げて頭を下げた。ヴァルツはその頭に軽く手を置き、笑顔で尋ねる。


「留守中、つつがなく過ごしておったか?」


「はい。それはもう」


 と答えたのはカルティラだ。三人の横に居並ぶ家臣の列の中から、こちらを見詰めるマドゴットの視線を感じるが、カルティラは夫から目を逸らさない。ロビーの前面に張られた透明アルミニウム製の大窓に、打ちつけるように降り注ぐ雨が滝のように激しい。


 本丸へと続く通路を家臣達を従え、ヴァルツは妻と子と共に先頭を行く。二週間にも及ぶ遠征は久しぶりで、領地に帰ったヴァルツの笑顔をひときわ大きくさせた。特にこのところ、妻のカルティラは美しさが増したように感じる。まだ三十代前半の女盛りであれば当然とも言えたが、今の彼女には以前にはなかった妖艶さがあった。


「実はな…良い知らせがあるのだ」


 ヴァルツは少しすました様子で妻に切り出す。


「まぁ…なんでしょう?」


「ラゴンでな、暮らせる事と相成った」


「本当でございますか!?」


 そう言うカルティラの声には、降って湧いたような話に浮ついた響きが感じられた。宗家の惑星となれば、今いるモルゼナよりも華やかな社交界が待っているはずだ。夫のヴァルツが予見した通りの、奔放で派手好きな妻の反応である。


「本当であるとも。新たにキオ・スー家の当主となった甥御が、褒美にナグヤ市とナグヤの城をくれたのだ。これからはおまえも忙しくなるぞ」


「まあぁ…」


 目を輝かせるカルティラに、ヴァルツも自然と笑顔になった。そのカルティラの横顔を見据えるマドゴットの強張った表情が、後に続く家臣達の間に垣間見える。ヴァルツが不在の間、自分が独占していたカルティラの輝きが、不意に遠くに過ぎ去ったように感じられたのだ。理屈では割り切れない衝動に、奥歯をキリリと噛み鳴らしたその時、窓の外で遠雷が轟いた………





▶#12につづく

 

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