#10
哨戒基地E―4459は、ミノネリラ宙域に面したオ・ワーリ宙域の境界面から約二十光年入った、宙域を網の目のように包んで宇宙に浮かぶ標準型哨戒基地の一つであった。
長さ約1キロにも及ぶ巨大アンテナを三本生やした、直径五十メートル程の球体三つが三角形を描いて並び、太いパイプで繋げられたそれは、アンドロイドのみで運用する半自動化基地である。
哨戒基地は、担当エリア内にさらに細かく配置された自動哨戒プローブの制御と管理、超空間通信の中継ステーションが主な機能で、あとは簡単な自動防衛システムと有人艦艇の緊急寄港用に、僅かな補給物資と狭い宿泊区画があるだけだ。
総旗艦『ヒテン』の艦橋に上がって来たノヴァルナとノアは、パイロットスーツのまま中央の戦術状況ホログラムの前に立った。二人の周囲には『ホロウシュ』のハッチとキュエル、ノアの護衛役マイアとメイア。そして副長と、副長から連絡を受けてやって来た艦長がいる。
「回収された軽巡は『ランブテン』…サイドゥ軍第5艦隊に所属する
「艦の状況は?」とノヴァルナ。
「…良くはありません。艦は大破に近い中破…艦長と副長は戦死、現在は砲術長が指揮を執っているようですが…それよりも…」
表情を曇らせ、言葉を濁す副長に、ノヴァルナは「どうした?」と先を促す。
「…リカード様とレヴァル様は重傷を負い、治療中との事です」
「!!!!」
それを聞き、ノアは目を見開いて右手で口を覆った。ノヴァルナが素早く背中に回してくれた左腕に体を預け、「そんな、どうして…」と絞り出すように言う。
「何があった? その『ランブテン』とかいう艦は、何と戦ったんだ?」
左腕に支えたノアの背中が震えだすのを感じ、ノヴァルナは視線を厳しくして副長に問い質した。だが哨戒基地E―4459から届いた通信内容を確認している副長は、首を横に振る。
「分かりません…データが送信終了間際で破損したようです」
「破損だと?」
疑惑の目になるノヴァルナ。超空間量子通信は指向性の強いデータ送信で、予め直線的なコースを定める恒星間航法のDFドライヴと同じ原理であるために、通常空間の自然現象で障害を受ける事はほとんど無い。それが途中で破損するなど、人為的な電子妨害を受けたとしか考えられなかった。
この状況に無論、じっとしているノヴァルナではない。こちらの超空間量子通信を妨害して来たとなると、脅威は哨戒基地E―4459にも向けられているに違いないからだ。
「E―4459に最も近い艦隊は?」
ノヴァルナがそう尋ねると、副長ではなく艦長が別のホログラムスクリーンをすでに展開しており、即座に答えた。この辺りは『ヒテン』が第2艦隊旗艦として、ノヴァルナを乗せていた頃からの阿吽の呼吸と言える。
「ナズラン星系にスクランブル態勢の、第6警備艦隊がおります…しかしE―4459に着くには一日半はかかると思われます」
艦長の言葉が終わると同時に、中央の戦術状況ホログラムに、第6警備艦隊の編成が表示される。『ヴァルゲン』型重巡航艦が二隻と『ハウラン』型軽巡航艦一隻に、『スラース』型駆逐艦が六隻の標準的な編成だ。
「遅ぇな…」
一日半という時間に眉をひそめるノヴァルナ。
「もっと早く着ける戦力はねぇのか?」
少し苛立ちがあるのか、ノヴァルナはいつもの口調に戻って再び尋ねる。
「サイドゥ家との同盟が成立して以来、我々ナグヤ系のミノネリラ宙域方面に対する戦力展開は、手薄になっております。これは戦力が消耗した今の状態では仕方のない事で…イル・ワークラン家配下の警備隊でしたら、もう少し近いGB-23148星系におりますが、これに援助要請は如何なものかと…」
「ああ、そうか。そうだったな…
自分の失念を知り、ノヴァルナは艦長に対して素直に詫びを入れた。
昨年来の打ち続く戦闘で、ナグヤ=ウォーダ家の宇宙戦力は大きく消耗している。それを補うためもあってノヴァルナ自身、ノアとの婚約をドゥ・ザン=サイドゥに認めさせる事を急いだのだ。
その婚約が正式なものとなり、サイドゥ家との同盟が本格化した事で、ミノネリラ宙域方面に配備していた戦力を、イマーガラ家が実質的に支配するようになった、ミ・ガーワ宙域方面へ回せるようになったのである。
キオ・スー家を支配下に置いたとはいえ、今はまだ、戦力再編にこれから取り掛かるところであり、どの艦隊も動かせる状態ではない。その上、敵対しているイル・ワークラン家に援助を求めるなど、選択肢としてあり得るはずがなかった。むしろ哨戒基地からの超空間量子通信を妨害したのも、位置的にイル・ワークラン家である可能性が高い。
即断即決、今やるべきと思った事をやるのが、ノヴァルナ・ダン=ウォーダの信条であり流儀である。“一緒に来るか?”と目で語り掛けながら振り返るノヴァルナに、その言葉を待っていたかのような表情のノアが、黙って大きく頷く。
「そうとなりゃあ、話は簡単だ―――」
少し芝居じみた口調で二、三歩進んだノヴァルナは、ノアや『ホロウシュ』達にクルリと振り返り、いつもの不敵な笑みを浮かべて胸を反らせると言い放った。
「ノアの弟達、俺が迎えに行くっきゃねーだろ!」
やっぱりか…と諦めた様子なのは、ノヴァルナの性格を知り尽くした艦長。だがその表情にはどこか、“それでこそ我が殿下”といった満足感がある。
ノアは最初からそのつもりだったらしく、無言のままノヴァルナときつく腕を組んで感謝の気持ちを伝え、二人の『ホロウシュ』は、また始まったとばかりに肩をすくめた。
慣れていないのはノアの護衛役のマイアとメイアだけのようで、ノヴァルナの意志を聞くや否や、当然のように動き始める『ヒテン』艦橋のクルー達に目を丸くしている。
「ナズラン星系の警備艦隊は、如何致しますか?」
ノアを連れて、パイロットスーツから着替えに行こうとするノヴァルナに、艦長が声を掛ける。振り返ったノヴァルナは軽く頷いて命じた。
「出させろ。何かしらの援護部隊は、半日でも早く着かせておいた方がいい」
哨戒基地E―4459までは、ノヴァルナか今いるオ・ワーリ=シーモア星系外縁部の第10番惑星、ゼランからDFドライヴを繰り返して丸二日の距離だ。ノヴァルナ配下の戦力をE―4459に向かわせるには、ナズラン星系の警備艦隊以外はどれも時間的に変わらない。それどころか下手に救援艦隊を編成したりすると、余計に時間が掛かるだけだ。
しかも通信妨害が行われた事実は、サイドゥ家の軽巡航艦に損害を与えた相手が、オ・ワーリ宙域で更なる手段を取る可能性を示している。それならば手持ちの戦力で自分自身が今すぐ向かった方がいいという、ノヴァルナの判断だった。
幾ら愛する婚約者の弟達が乗っているとは言え、軽巡航艦一隻の危機に主君自らがおっとり刀で駆け付ける―――一国の支配者が取るべき判断として正しいかどうかは別だが、それがノヴァルナという若者の考え方なのである。危機に際して心が躍る…悪い癖と言えばそうなのだが、こればかりは直らない。
ノヴァルナは即座にオ・ワーリ=シーモア星系内惑星の巡察と、宇宙要塞マルネーでのノアとのエキジビションマッチの延期を命じると、巡察艦隊改め、救援艦隊に発進を命じた。行き先は当然、哨戒基地E―4459である。
そして出港直後、ノヴァルナは直接、惑星ラゴンのスェルモル城にいる弟のカルツェへ直接連絡を入れた。
「済まねぇカルツェ。留守を宜しく頼むぜ」
平面ホログラムスクリーンに映し出されたノヴァルナの言葉に対し、カルツェは落ち着いた表情を全く変化させずに「はい…」と応じる。
正直言って兄のノヴァルナがこのような形で、わざわざ連絡して来るとはカルツェにとって意外だった。これまでなら周りの者に知らせる事無く、鉄砲玉のように飛び出して行くのが常だったからである。やはりキオ・スー家も治めるようになって、兄上も変わって来たのだろうか…とも思う。
「何かあったらルヴィーロ義兄上や、モルザンの叔父御とよく相談するようにな」
「分かっております」
そう返しながらカルツェは“なるほど、そういう事か…”と考えを巡らせた。ここで義兄のルヴィーロや叔父のヴァルツの名を出して来たのは、カルツェ自身の直臣であるミーグ・ミーマザッカ=リンや、クラード=トゥズークらに勝手な振る舞いをさせるな、という警告なのだろう。
キオ・スー家との戦いが始まる前に、カルツェはノヴァルナと腹蔵なく考えを述べ合っていた。自分が兄ノヴァルナを嫌っている事、兄が当主としての品格に欠けている事を正直に伝えた。その上で兄は自分が兄と張り合う事を認めてくれたのである。
その兄が暗にミーマザッカや、クラードらに勝手な振る舞いをさせるなと言っているのは、今はまだカルツェ自身にとっても、その時ではない事を自覚しろという意味に違いない。確かに性急なあの二人なら兄が不在となるこの機会に、何かを画策する可能性はあったし、キオ・スー家を制圧した今の兄の実力ならそれを粉砕するのは容易い。
兄の心情を汲み取り、カルツェは静かに告げる。
「兄上におかれましては、ご心配なく存分に…」
「おう。じゃ、任せたぜ!」
弟の言葉に軽く右手を挙げて応じ、通信を終えるノヴァルナ。そんな風に兄と分かり合えた自分に可笑しさを覚え、カルツェは兄の姿が消えたホログラムスクリーンを眺めて、ほんの僅かに口元を緩めた………
▶#11につづく
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