第3部:落日は野心の果てに
#00
トーミ/スルガルム宙域星大名イマーガラ家本拠地、スーン・プーラス城―――
かつて、宰相セッサーラ=タンゲンが使用していた執務室は、今や新たな主、女性宰相シェイヤ=サヒナンのものとなっていた。タンゲンの種族、ドラルギル星人の嗜みであった香道だがシェイヤの好みではなく、香りの染みついたカーテンごと香炉などの道具類は片付けられている。それはまた師父タンゲンの死と折り合いをつけ、自分に与えられた使命を全うしようという、シェイヤの決意の表れでもあった。
窓の外を塗り潰す夜の闇の中には、二つの下弦の月が心細そうに離れて並ぶ。明かりを控え目にした執務室で、シェイヤはテーブルの上に浮かび上がらせた、複数ページの報告書ホログラムを美しいアイスブルーの瞳で黙読していた。机を挟んで正面には、三人の情報部将校が無言のまま立っている。
報告書を読み終えたシェイヤは、右手を軽くスライドさせてホログラムを消し、情報将校達を見上げて静かに告げた。
「うむ…キオ・スーは想定通り、もはやこれまでだな―――」
何の感情も帯びさせる事無く、状況分析を口にしたシェイヤはさらに続ける。
「サイドゥ家の方も私達の目論み通り、ほぼ順調に推移している。ギルターツ殿は思った以上に優秀なようだ」
そこに情報将校の一人が、僅かに眉間に皺を寄せて意見を述べた。
「ですがその嫡子オルグターツ様の素行には、些か懸念を禁じえません。イナヴァーザン城占拠の際も、抵抗する者を必要以上に殺害したように聞いております。そのような方がギルターツ様の次の当主となると…」
確かにその将校の懸念も理解出来る。宿敵ノヴァルナ・ダン=ウォーダは見せかけの乱暴者だが、オルグターツは本物の乱暴者であるようだった。だがそれはそれで、かえって御し易いというものだ。
シェイヤが「今は構わん」と告げると、もう一人の将校が追加情報を報告する。
「話を戻して申し訳ございませんが、キオ・スー家のダイ・ゼン=サーガイ殿から、極秘の請願を受けております」
「内容は?」とシェイヤ。
「万が一、キオ・スー家の存続がままならなくなった場合…我等の下へ亡命を希望したいとの事にて…」
「ダイ・ゼン一人か?」
「おそらく」
それを聞いてシェイヤは一瞬、不快そうな表情をよぎらせて応じた。
「わかった。一考しておく………」
▶#01につづく
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