#22

 

 午後のお茶を終えたノアとカーネギーの二人がテラスをあとにし、マイアとメイアが後片付けを始めたその頃、キオ・スー城のディトモスの執務室に、衛星軌道上のモルザン星系艦隊旗艦『ウェルヴァルド』から、等身大のヴァルツ=ウォーダの全身ホログラムが送られて来ていた。執務室にはキオ・スー家筆頭家老のダイ・ゼン=サーガイもいる。


「わしに…キオ・スー家へ寝返れ、と申すか?」


 ホログラムのヴァルツは、床に平伏するダイ・ゼンに、重々しく言った。ダイ・ゼンは平伏したまま嘆願する。


「キオ・スー家と領民のため何卒。何卒!」


「領民のため?…まこと領民のためと申すなら、ノヴァルナ殿に降伏すれば、それで済む事であろう?」


「それではキオ・スー家の存続が、立ち行かぬ事に相成ります!」


「と申すは、とどのつまり領民の命ではなく、うぬらの命が惜しいだけではないか!」


 声を荒げるヴァルツに、ダイ・ゼンの弁解が続く。


「お叱りはごもっとも。しかしながら今日こんにちの我がキオ・スーと、ナグヤの両家の間柄が険悪なものとなったのは、先代のナグヤ家当主ヒディラス様とそれに続く現当主ノヴァルナ様の、ウォーダ宗家たる我がキオ・スー家を蔑ろにした、専横な振る舞いが発端にて。我等はその乱れた秩序を正そうとしているのでございます!」


「うぬは、亡くなった我が兄を、しざまに言うか!」


「申し訳ございません!…ですが事実は事実。ヒディラス様は独断でミ・ガーワ宙域に占領地を奪取し、その利益を独占。さらにミノネリラ宙域でサイドゥ家に大敗すると、敵をオ・ワーリにまで呼び込んでおいて我等に救援を求めらる身勝手さ。そしてノヴァルナ様が当主を継がれると、今度は和解したサイドゥ家と各種の通商条約や、相互安全保障の条約まで、ナグヤ家との間だけで結ぼうとなされております。これではオ・ワーリの秩序も到底保てませぬ!」


 よくもまあ、中身のない話をこれだけまくしたてられるものだと、ヴァルツは逆に感心してダイ・ゼンの話を聞いていた。要は実力が全ての戦国の世に、キオ・スー家はその実力が及ばなかっただけではないか。


 ただし両家が完全に敵対するようになったその発端が、ノヴァルナにあったのも確かではある。以前、キオ・スー家がノア姫を誘拐しようと目論んだ際、無関係であったノヴァルナが嫌がらせで、妨害行為の戦闘を仕掛けたからだ。


 非は不当に戦端を開いたノヴァルナにもある―――そう思案したのか、ヴァルツのホログラムは目を閉じて腕組みをし、鼻息が聞こえるほどの大きな溜息をついた。そして低い声でぼそりと漏らす。


「わしも甥御に不満が無いわけではない…」


 平伏したままヴァルツの反応を窺っていたダイ・ゼンの双眸が、今の言葉にギラリと光る。すかさず「と、申されますと?」と促すと、ヴァルツは誘われるまま言葉を返した。


「兄が死んで以来、これまで甥御の味方をして参ったが…見返りが少なすぎる」


「………」


 今度は無言でヴァルツの次の言葉を待つダイ・ゼン。ディトモスは交渉をダイ・ゼンに任せているため、一々記さずともここまで終始無言だ。


「ドゥ・ザン殿との戦いから一連して、ムラーク星系の戦いまで、これに対して甥御が恩賞としてくれたのは、たかが星系が二つ。しかもそのうちの一つは、カタログナンバーだけの植民もされておらぬ星系だ。これをやるから好きに植民せよ、という話らしい」


「なんと…」とダイ・ゼン。


「モルザンの開拓も済んでおらぬうちから、他の未開拓星系を貰っても持て余すだけと言うに、甥御の奴は聞く耳を持たぬ。モルザンは我が嫡男のツヴァールに任せ、わしに未開星系開拓の陣頭指揮をせよと言う始末だ」


 ヴァルツはそう言い放った直後、“しまった、つい要らぬ事まで…”といった表情で口をつぐみ、視線を泳がせた。しかしそれを見逃さなかったダイ・ゼンは、やはりヴァルツとて何の見返りも無しに、ノヴァルナに味方していたわけではない…と確信し、満を持していたかのように、ディトモスに振り向いて深く頷いて合図を出した。それを受けてディトモスは殊更大きくしわぶきを一つ入れ、ヴァルツに語り掛ける。


「ど、どうであろうかヴァルツ殿。我等なら、貴殿にもっと良い恩賞を用意出来るのだが…ご一考出来まいか?」


「いや、それは…」


 と語尾を濁すヴァルツ。ウォーダ一族きっての猛将にしては歯切れが悪い。つい口を滑らせて出た不満を掬い取られた事に、動揺したのであろうか。好機とばかりに畳み掛けるディトモス。


「我等に味方してノヴァルナ一党を排撃して頂いた暁には、ヴァルツ殿におかれてはナグヤ家の当主となって頂く―――と言うのではいかがであろうか?」


 それを聞いてヴァルツは僅かに目を見開いた。


「わしが…ナグヤ=ウォーダ家の当主に…」

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 自分に提示された恩賞の大きさに心を揺さぶられたのか、思わず呟くヴァルツ。そこへさらにダイ・ゼンが言葉を添える。


「ヴァルツ様は前ナグヤ家当主ヒディラス様の弟君。本来ならナグヤ家当主継承権を有されておられても、おかしくはないご身分にて。ノヴァルナ様を廃し、代わりにその座につかれても、何の問題もございません。無論、モルザン星系の領有権もそのままに、安堵とさせて頂きます」


「むう…」


 降って湧いたような好条件にヴァルツは唸り声を漏らした。キオ・スー家からすれば、ナグヤ家の相続とモルザン星系を加えたその経済力は、ミ・ガーワ宙域に領地を構えていた頃のナグヤ家と同等以上の侮れない存在となるが、滅亡寸前の現状からすれば背に腹は代えられない。


「しかしご貴殿らは、ナグヤの当主にはノヴァルナ殿の弟、カルツェ殿を推していたのではあるまいか?」


「カルツェ様はこの戦いにおいて我等を裏切り、兄のノヴァルナ様と手を組まれました。もはや我等に、カルツェ様を支持する理由はございません」


 ヴァルツの問いに、ダイ・ゼンは深く頭を下げながら応じた。腕組みをして再び考え込む様子のヴァルツ。それを脈ありと取ったのか、逡巡していると取ったのかは分からないが、ディトモスが後押しの言葉を発する。


「どうであろうか、ヴァルツ殿。キオ・スー市民を人質同然とした事は、我等の失策と認めよう。ただ我等が求めるは、オ・ワーリ宙域とその領民の安寧…それだけは偽りなき事にて、信じて頂きたい。そしてオ・ワーリの安寧を乱す一番の要因は、他ならぬノヴァルナ殿。これを廃すればあとは万事丸ぅ収まろう。我等に味方して頂けまいか?」


 ウォーダの宗家当主からの直々の訴えに、なおも数分考え込んでいたヴァルツは、やがて苦汁を舐めるような表情で呻くように尋ねた。


「―――もし甥御が…ノヴァルナの奴が命乞いをして参った時は、処遇はわしに一任して頂けるか?」


 ヴァルツの反応に愁眉を開いたダイ・ゼンとディトモスは、この機会を逃がしては、と咳き込むように応じる。


「それはヴァルツ様の思いの通りに!」


「無論、お好きになさるがよいとも!」


 間髪入れず同意する二人を一瞥し、もう一度「ううむ…」と唸ったヴァルツのホログラムは、おもむろにディトモスへ向き直り、片膝をついて忠誠を誓う意を示した………







【第3話につづく】

 

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