#25

 

 無論、宇宙要塞の防衛にイマーガラ軍が成功し、ノヴァルナ軍が撤退する事になったとしても、結果はほぼ同じだっただろう。追撃を避けるためにやはり恒星ムーラルでスイング・バイを行うであろうし、帰途の敗残部隊に襲撃して来る可能性があるハーナイン家に対し、健在な部隊による別動隊を用意しておく必要も出て来る。


 つまりノヴァルナが死ぬという事以外は全て、敵も味方も最初からセッサーラ=タンゲンの手の内で踊らされていたのだ。


 そして自ら操縦するBSHOでノヴァルナと戦うのが、タンゲンの最後の一手だった。


 無論これはあくまでも、全ての襲撃からノヴァルナが生き延び、自分のBSHOなどで脱出を図った場合への備えだが、やはりノヴァルナはしぶとく、そうする必要性が現実のものとなったのである。


 天衣無縫、傍若無人、即断即決が売りのようなノヴァルナだが、そのじつ、行動は特に戦闘において、ほとんどが理論的理由に基づいている。行き当たりばったりに好き勝手やっているのは見せかけで、それに惑わされると足元を掬われる事になるのは、タンゲンがすでに知るところだ


 であれば、ノヴァルナはタンゲン自身がBSHOを操縦し、この場にいる事にも論理的理由を求めるはずである。幾重にも張り巡らせた罠…そしてその奥の、手の届かない所から全てを操っていたこれまでのタンゲンが、今になって最前線に出て来た理由を。


 しかしその思考法では、ノヴァルナにタンゲンがここにいる理由は理解出来ない。タンゲンがここにいるのは、余命僅かな自分の手で全ての決着をつけるためであった。そう…自らがその存在を知り、恐れ、迂闊に手を出したが故に、逆にその類まれなる将器を目覚めさせてしまったノヴァルナを、自分自身の手で葬り去らねばならない執念という、非論理的な理由は理解出来ないのだ。


 理解出来ない理由は集中力の欠如を生む。そしてそれに加え両者の直接の対峙はノヴァルナに対し、タンゲンも予期していなかった効果を生んだ。


それは、恐怖であった―――


 タンゲンの『カクリヨTS』が振り抜く、ポジトロンランスを打ち防ぐノヴァルナ。だが防ぎきれなかった槍の穂先が、『センクウNX』の左脇腹に裂傷を与える。コクピットの中に警告音が甲高く響いた。


「くそッ! どうなってやがる!!」


 悪態をついてノヴァルナは操縦桿を倒す。


機体が…いや、体が重い………


左肩を負傷しているせい…いや、そうじゃない………


あのBSHOを操縦しているのが、タンゲン自身だと知ってから………


腕が…指が…思うように動かない………


なんでだ………


 パイロットスーツとヘルメットが無いため、『センクウNX』が本来のスペックを発揮出来ないのは知っている。しかしその場合の機体の操縦レスポンスは、こういったケースに備えての訓練で確認済みだった。


 ところが機体のレスポンスの低下以上に、自分の体が言う事を聞かない。呼吸も荒く、額には嫌な汗が滲んで来ていた。明らかに変調をきたしている。いつもは熱く感じていた操縦桿を握る指先が、今日は氷のように冷たい。


 タンゲンの『カクリヨTS』が、裂帛の気迫を込めてポジトロンランスを振るう。歯を喰いしばりながら、ノヴァルナは咄嗟に加速をかけて回避する。だが遅い。槍の穂先、分子結合を破壊する陽電子の刃は躱す事が出来たが、打撃武器にもなる鑓の太い柄が、『センクウNX』の左脇腹を強打した。


 左脇腹は今しがたの得物の打ち合いで装甲板に裂傷を負っており、打撃の衝撃が破損個所の内部機構にダメージを与え、火花を飛び散らせる。そのダメージはコクピットにも及んで、全周囲モニターの左側一部が割れ、バチバチとスパークした。「ウッ!」と呻いて顔を背けるノヴァルナ。


 その時になって初めて、ノヴァルナは自分の両手が震えている事に気付いた。いや、震えているのは両手だけではない、フットペダルに置いた両足もだ。


“この俺が…怯えてるのか!?”


 ノヴァルナは愕然とした表情で、操縦桿に置いた自分の手を見る。自分ではそんな意識はない。いつもと変わらない自分のはずだった。だが体が―――潜在意識が、自分の目の前に現れたセッサーラ=タンゲンに恐怖したのである。


「そんなハズが有るかッ!!」


 否定の言葉を声にして叫び、ノヴァルナは操縦桿を強く握って引いた。恒星ムーラルの炎の海を背景に、黒いシルエットとなった二機のBSHOが、得物を激しく打ち合う。


 するとタンゲンも、ノヴァルナの『センクウNX』の動きが鈍い事に勘付いた。BSIユニットでの戦闘経験は皆無に等しいタンゲンだが、すでに体と一体化している『カクリヨTS』の総合支援システムが、計測値から『センクウNX』の機能低下を見抜いたのだ。


「うつけ殿の機体に異常?…これぞ好機!」


 そう呟いたタンゲンは、NNLで支援システムのカバー率を、120パーセントにまで一気に引き上げた。斬り掛かって来るノヴァルナ機の動きの“鈍さ”を読み、回転させながら瞬時に短く持ち替えた、ポジトロンランスの石突きで相手の胸板を突く。


「ウッ!!」


 ガガガン!…と激しい衝撃がコクピットを襲い、ノヴァルナは咄嗟に防御行動を取る。Qブレードを横に薙ぎ払って、上段から打ち据えてくる『カクリヨTS』の鑓を防いだ。しかしその流れで『カクリヨTS』はさらに前に出ると、左脚で回し蹴りを放って来る。再びノヴァルナの座るコクピットに激しい衝撃!


「くそっ! なんだ!?…タンゲンの機体、今までより動きが―――」


 体勢を立て直す間を与えず、突き出される『カクリヨTS』のポジトロンランス。その穂先が『センクウNX』の、右のショルダーアーマーの基部に突き刺さった。鑓が跳ね上げられて基部を破壊し、ショルダーアーマーを弾き飛ばす。


 タンゲンが『カクリヨTS』に搭載させた、総合支援システム―――それはBSSS(Biotechnological Synchronized Support System)と呼ばれ、本来BSHOを操縦するためには、NNLのサイバーリンク深度が足りないタンゲンを、いわば強制的に『カクリヨTS』に同調させているシステムだった。


 このシステムにより必要以上のサイバーリンク深度を得たタンゲンは、脳や肉体の一部を残して『カクリヨTS』と融合、操縦桿などがなくとも機体を操る事が出来るようになったのである。


 ただ操縦は可能となっても、タンゲン自身の操縦の才能は常人並みであった。これでは想定の一つであるノヴァルナのBSHOとの戦闘が生起した場合、技量の差で太刀打ち出来ない。そこでタンゲンは『カクリヨTS』のBSSSに、イマーガラ家のエースパイロットでもある部下の女性武将、シェイヤ=サヒナンの戦闘パターンを組み込んだのだ。


 シェイヤの戦闘パターンは、BSSSの支援率を120パーセント…つまりタンゲンと均等に融合していた『カクリヨTS』の方が、タンゲンを上回るように設定した際に発動する仕組みになっている。そうしないと機体のメインコンピューターが、タンゲンとシェイヤの両方の戦闘パターンを読み取って、システムエラーが発生するからだ。





▶#26につづく

 

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