#24

 

「セッ…セッサーラ=タンゲン!」


 喉を鳴らして生唾を飲み込みながら、宿敵の名を口にするノヴァルナ。


左様さよう。このような形とは言え、初のお目見え仕る…」


 地鳴りを思わせる重い声で応じるタンゲン。恒星ムーラルの光に浮かぶ『センクウNX』と『カクリヨTS』の、切り結んだ二つの刃がジリジリとプラズマのスパークを放つ。


「く…うああっ!」


 叫び声を上げたのはノヴァルナだった。『センクウNX』の出力任せにブレードを振るって相手の槍を弾き、続けさまに二撃、三撃を繰り出す。『カクリヨTS』はその全てを鑓で打ち払って距離を置いた。


「なんで、てめぇがここいる。タンゲン!!」


 怒り…憎しみ…焦燥…そんなものが一時いちどきに湧き上がって来て、ノヴァルナは吐き捨てるような口調で言う。対照的にタンゲンは感情を押し殺した調子で応えた。


「なに、病魔に蝕まれた余命幾許も無いこの身をもって、殿下の死出の旅の船頭を務め参らせたく、参上したまで」


 当人からやはり死期が近い事を告げられたノヴァルナだが、今それを聞いても、尚更感情が高ぶるだけだった。言葉に続いて『カクリヨTS』が振り抜く、ポジトロンランスをブレードで凌いで上段から斬りかかる。


「だったら、てめぇ一人で死にやがれ!!」


 しかしその斬撃は、『カクリヨTS』のポジトロンランスで易々と防がれた。「ちぃ!」と舌打ちするノヴァルナ。踏み込みが足りない…『センクウNX』の機体レスポンスが悪く感じる。懸念されていたパイロットスーツとヘルメット無しの状態での、サイバーリンク深度の低下によるものだろうか。


 再び『カクリヨTS』の刺突攻撃。タンゲンの技量自体は高くはないが、すでに肉体そのものが『カクリヨTS』と融合しているような状態であって、ノヴァルナも防御で精一杯となった。


 それにそもそもQブレードとポジトロンランスでは間合いが違う。だがノヴァルナにはQブレード以外の武器がない。ポジトロンパイクや超電磁ライフルは『ゴウライ』に置いて来てしまっているのだ。


「我がイマーガラ家のため、ここで死になさるがよい!」


「くそったれ!!」


 タンゲンの鑓を罵りながら打ち防ぐノヴァルナだったが、なぜかさっきよりも操縦桿を重たく感じる。それに呼吸も荒くなっていた。ノヴァルナの『センクウNX』がタンゲンの『カクリヨTS』の襲撃を受けた事は、周囲にいるナグヤ軍の艦もすぐに気付く。だがすでに両機が、刃を交わす近接戦闘に入ってしまっていては、迂闊に援護射撃すら行えない。


 重巡航艦の一隻に収容されていた『ホロウシュ』のヨヴェ=カージェスは、艦橋のホログラムスクリーンでこの状況を見て、自分の身を切られるような思いに切歯扼腕した。


 主君ノヴァルナの親衛隊たる彼等『ホロウシュ』が、その身を賭して守るべき主君を、助けに行く事が出来ないからである。先のムラキルス星系攻防戦を終えて、自分達の『シデンSC』が整備中であったところに、搭載されていた戦艦が奇襲を受けたのが原因だ。そして救援に飛び出したくとも、自分達の乗る重巡には、通常の量産型BSIユニットすら積んでいない。


 無論、主君ノヴァルナの操縦技術は卓越しており、それが専用BSHO『センクウNX』に乗っているとなれば、幾つかの不利な条件が重なっても、一対一の戦いに負けるとは考え難い。操縦技術は『ホロウシュ』最強と言われ、常日頃から訓練でノヴァルナの『センクウNX』と模擬戦闘を繰り返している、ヨヴェ=カージェスの客観的かつ率直な評価だ。


 だが相手はデータにない新型のBSHOであり、操縦者は先程の全周波数帯通信を傍受した結果、あのイマーガラ家宰相セッサーラ=タンゲンだという。機体もタンゲンの技量も全く未知数だった。


 拳を握りしめるカージェスの傍らで、艦橋について来た『ホロウシュ』のモス=エイオンが、アントニア星人特有の、頭に生えた蟻のそれを思わせる触角を上下に振りながら、自分自身に言い聞かせるように言う。


「ノ、ノヴァルナ様なら、勝てますよね!」


 カージェスはそれに対し、何かを言いかけて口をつぐんだ。自分もそう信じたいのだが…『センクウNX』の動きに、いつものキレがなくなってきているのだ。やはりパイロットスーツもヘルメットも無しで、サイバーリンク深度が浅いせいであろうか、それとも何か別の…


 ぬぐえぬ不安に、カージェスは艦長に振り向いて告げた。


「艦長。シャトルの緊急発進の準備を、要請します!」


 いざとなったら自分でシャトルを操縦して、この身と引き換えに、あの敵のBSHOに体当たりを喰らわせる―――そんな決意の光を眼に、カージェスは視線をホログラムスクリーンへ戻した。


 だが『センクウNX』の動きにキレが無くなって来ているのは、実は戦っているノヴァルナ自身に問題があったのだ。


“なぜだタンゲン…なぜてめぇが、ここにいる!”


 何度目かの同じ疑問を、胸の内で繰り返しながらタンゲンの『カクリヨTS』に斬撃を繰り出すノヴァルナ。しかしその斬撃は、自分自身でもうんざりするような鈍さだ。理解不能のタンゲン本人の出現に、明らかに集中力を失っているのである。


 そしてそれこそが、“戦略”や“戦術”だけではなく、“戦闘”でノヴァルナを屠る事こそが今回の、さらに言えばセッサーラ=タンゲン生涯最後の作戦だった。


 戦略で言えば、ノヴァルナは未だタンゲンの足元にも及ばない。この戦いのきもとなったのは、ムラキルス星系攻防戦ではなく、ノヴァルナ率いるミズンノッド家救援部隊がオ・ワーリ=シーモア星系を出撃した直後に発覚した、ティラモルドラ星系独立管領ハーナイン家なのである。


 ハーナイン家は以前からイマーガラ家に内通していたのだが、それをノヴァルナ艦隊の出撃直後に表沙汰にしたのはタンゲンの指示であった。


 これによりノヴァルナ艦隊は迂回コースを取り、ミズンノッド家の本拠地オグヴァ星系への到着が一日遅れたのだが、それが結果的にムラキルス星系第八惑星の宇宙要塞攻略後に、主恒星ムーラルでスイング・バイを行う事へ繋がったのだ。


 惑星は恒星の周りを公転するものであり、一日の遅れが僅かな差で、第八惑星と各惑星の相対位置を変え、主恒星ムーラルでのスイング・バイが、オ・ワーリ=シーモア星系への帰還に最も適したコースとなったのである。


 さらに宇宙要塞攻略戦の勝利が、その余勢をかってのティラモルドラ星系への別動隊による攻撃となり、ノヴァルナの座乗艦周りの護衛を減らしてしまった。ミズンノッド家の残留部隊からの報告で、宇宙要塞が実際にはハリボテ同然の代物であったところからも、タンゲンがイマーガラ家防衛艦隊に、絶対的な勝利を求めていたのではない事が分かる。


 事実、宇宙要塞防衛部隊には旗艦『ギョウガク』以下、タンゲンの艦隊もいたが、タンゲン自身は防衛戦については、采配から自分の存在を感じ取られないよう、現地司令官に指揮を任せてノータッチだった。いやそれらの指示も全てタンゲン本人ではなく、腹心のシェイヤ=サヒナンやモルトス=オガヴェイを通して行うという徹底ぶりである。





▶#25につづく

 

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