#11

 

 やがてサイドゥ軍の三隻の駆逐艦が水先案内人役を務めた、ノヴァルナのナグヤ家第1艦隊が、ドゥ・ザンの待つ第二惑星ロフラクスの重力圏に姿を現した。さらに肉眼では確認できないが、その後方には補給部隊二十隻も従っているはずである。


 ロフラクスはノヴァルナの住む、惑星ラゴンと似た青い惑星だった。特徴的なのはほぼ同じ大きさの月が三つ、同じ軌道上を等間隔で惑星を囲んでいる点だ。植民地化前に行われる銀河皇国科学省の学術調査によると、この等間隔の配置によって重力的にバランスが取れており、もしこれが崩れるようであると、三つの月の全てが軌道から飛び出して行ってしまうらしい。


 ノヴァルナ艦隊を迎え入れたドゥ・ザンの艦隊は、必要以上の緊張を避けて、陣形を維持したまま後退すると、惑星の裏側へ移動した。互いが等間隔に置かれた月の陰に入り、牽制し合うような形だ。そしてその両艦隊の中間の地表に存在しているのが、遺跡地区のショーン・トィンクルである。


 惑星ロフラクスは銀河皇国が植民星とする数千年前まで、知的生命体が存在していた。ショーン・トィンクルはその時あった都市国家の一つで、学術的意味もあって、当時の技術で復元された中世風の街並みが広がっている。


 ノヴァルナとドゥ・ザンの会見が行われる場所は、王宮だった建造物であった。


 この惑星にあった文明は、高層建築という発想がなかったのか、王宮と言っても二階建て程度で、一部に三階建ての楼閣が六つ、突き出しているだけとなっている。ただ上から見ると正六角形のその王宮の面積は広く、両端の間はおよそ六百メートル―――宇宙戦艦の全長とほぼ同じ長さほどもある。


 王宮の内部は空間が多く、中央の王族の居住する区画とそれを取り囲む、大臣の執務室や貴賓室など六つの区画は、百メートルはある長い廊下で結ばれていた。これはこの星の失われた文明において、王族は高みから見下ろすのではなく、拝謁までに相手に長い距離を歩かせる事を、身分の高さとしていたためらしい。そのため発掘された別の都市国家の王宮遺跡では、中央の謁見の間に達するまで、三百メートルを超える距離があるものまで発見されていた。


 その王宮の謁見の間が、ノヴァルナとドゥ・ザンの会見場所となっており、先に到着したドゥ・ザンと妻のオルミラ、そして娘のノアは別室でノヴァルナの到着を待っている。


 だがここでもまた、ノヴァルナはやらかした。ショーン・トィンクルの復元された王宮へは、市街地の外れに建設された宇宙港から真っ直ぐ伸びる、一本道を使用すればよいのであるが、そこへ大型輸送シャトルで降下したノヴァルナは、登載して来たオープンカータイプの反重力車七台と、『ホロウシュ』の若者が二人乗りする反重力バイク八台で、パレードを始めたのだ。


 パレードの速度は歩くより少し早い程度であった。『ホロウシュ』達を乗せた六台を前後に置き、中央の一台の後部座席に花で飾った台座を取り付け、ノヴァルナはその上の椅子に座り、腕組みをしてふんぞり返っている。その姿も『ゴウライ』に乗っていた時の、ど派手な虹色の上下繋ぎに花飾り付きの真紅のシルクハットと、太ももにはシマウマの縫いぐるみだ。

 しかもそれだけでなく、金色のロングコートを肩から羽織り、さらになんと三メートルはあろうかというニシキヘビのレプリカを、首から巻き付けていた。おまけになぜか右手には、猛獣使いが持つような長い鞭を持っている。


 そして異様なのはノヴァルナの前後三台ずつのオープンカーも同様だ。それらには、別の世界で言うところの“和装着物”に似た、色とりどりの衣装を着る若い男女が、車に取り付けた大スピーカーから流れる、賑やかな音楽に合わせて、奇妙な踊りを踊っているのである。


 このとんでもない集団は、市街地に近付くとはじめに気付いた市民の、NNL画像サイトへの投稿で、たちまち広く知れ渡るところとなった。

 パレードが街の中へ入った頃には、実際に一目見ようという人々が通りに集まり出し、王宮へ向かうノヴァルナに対して、当初予想されていた数を上回る観衆に膨れ上がったのである。


 すると両側で観衆の見守る通りに差し掛かったノヴァルナのパレードは、前後六台の反重力オープンカーの後方に突き出したノズルから、大量の紙吹雪を撒き散らしだした。赤青黄緑紫に金銀の紙片が、ノズルから空高く噴き出されて観衆の視界を埋め尽くす。

 まるでカーニバルのような華やかさにつられ、観衆も次第に手を振り、腰を振り、自分達なりに踊り始めた。本当に何かのお祭りが始まったようですらある。

 そこにオープンカーの上で踊る男女が左で大きなカゴを抱え、右手でその中から掴みだした小指の先ほどの小さな何かを、観衆に向けて投げ始める。包み紙の綺麗なフルーツ味のキャンディーだ。


 この惑星はミノネリラ宙域内にあり、住民も惑星ラゴンのヤディル大陸に住む者達のように、ノヴァルナの奇行に毒されてはいない。それがかえって功を奏し、パレードは段々と本物のお祭り騒ぎとなって来た。観衆の喜ぶ様子に調子に乗ったノヴァルナは、中央のオープンカーの台座で立ち上がり、手にしていた鞭をゆっくりと頭上で振り回しだす。




 その光景は王宮でノヴァルナの到着を待つ、控えの間のドゥ・ザン一家、さらに謁見の間に集められた重臣や、招待された独立管領、幾人かの貴族、そして市民代表のところにも、大型のホログラムスクリーンで映し出されていた。彼等は皆、王宮の風合いに合わせて、中世の貴族風な衣装を身につけている。


「………」


「………」


「………」


 そしてこちらはショーン・トィンクルの市民と違い、スクリーンに映るノヴァルナの異様さに呆気に取られたり、眉をひそめたり、中には嫌悪感を隠すことなく、控え目な声で言葉を交わしていた。


「なんでしょうかなぁ、あの出で立ちは…」


「領地ではいつも、あのような振る舞いをして、市民を呆れさせているとか…」


「…にしてもあのような姿、度が過ぎるというもの」


「さよう。ドゥ・ザン様の方から、わざわざお呼びになられたというのに、無礼な…」


「あの首に掛けたニシキヘビ…まさか、ドゥ・ザン様が“マムシ”と呼ばれておられるのに対抗して、自分はニシキヘビなどと言うつもりでは…」


「それに、あの飴を撒き配りながら、鞭を振り回す…統治の基本、“飴と鞭”を表しているつもりでありましょうか…」


「あのような痴れ者に、目を付けられるとは…ノア姫様もお可哀想に」


 そのような批判の声が飛び交う人々の中には、先日のヒディラス・ダン=ウォーダの葬儀にも参列していた、皇国貴族のゲイラ・ナクナゴン=ヤーシナの姿もある。


 スパークリングワインの入ったグラスを片手に、スクリーンの中のノヴァルナを興味深そうに眺めるゲイラ。漫遊貴族と呼ばれて諸宙域国を回る事が多いゲイラは、成り上がり者のドゥ・ザンとも交流がある、数少ない中央の人間であったため、この場に招待されるのも自然な成り行きだ。


 周囲の辛辣な言葉をよそに、ゲイラはスクリーンの中のノヴァルナへ、穏やかな笑顔を向けて呟いた。


「さて…今度はどのような“びっくり箱”をご用意しておられるか、楽しみにしておりまするぞ…」




▶#12につづく

 

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