#10

 

 一方で傲岸不遜なノヴァルナの態度と、奇妙奇天烈な衣装を見せられたドゥ・ザンは、これをどうしたものか…と考えていた。


 梟雄と言われているだけあって、ノヴァルナ同様に一筋縄ではいかない性格をしているドゥ・ザンは、ノアが不安に思っているほど怒り心頭というわけではない。

 しかし“ただでは捨ておかぬ”という気持ちがある事も確かだ。その辺りはノアが危惧した通り、ノヴァルナの悪ふざけが過ぎた事が原因である。


 妻のオルミラにもノア姫本人にも明かしてはいないが、本音から言えばドゥ・ザンには最初から、娘をノヴァルナにくれてやるつもりなどはなかった。

 娘を餌にノヴァルナを呼び寄せたのは、このところの目だった動きに興味が湧いたからだ。それで会ってみてひとかどの人物―――利用出来るような若者であるなら、ノアとの婚約は解消する代わりに、停戦と同盟を正式な条約として格上げする心積もりであった。


 ただその同盟は、ノヴァルナのナグヤ側がサイドゥ家の従属的関係となるのが、締結条件である。ドゥ・ザンもノア同様、ナグヤ家がウォーダ一族内で、不利な立場に置かれている状況を理解しており、ノヴァルナからすればそれを打開するためにもこの会見は渡りに船のはずで、そこにつけ込もうというのだ。


 ドゥ・ザンの判断基準は、ノヴァルナ自身もこの会見の真意をどの程度まで理解して、臨もうとしているかを見極める事であった。


 普段の破天荒な行いを改め、慎重かつ真摯な態度でやって来るようであれば、何事もなく会見の席に案内して正式な同盟を提案。他方ノア姫欲しさに、例えば護衛もろくにつけないような、隙だらけの状況でやって来るようであれば、その場で討ち取る。

 ノヴァルナが死に、ナグヤ家の家勢が落ちれば、次はイル・ワークラン家とキオ・スー家の対立が表面化するはずで、こうすればいずれの結果となっても、オ・ワーリ宙域方面からの脅威は当分の間、取り除く事が出来るというわけだ。


 ところが、実際にやって来たノヴァルナの様子は、ドゥ・ザンにとって判断に困るものであった。精鋭の第1艦隊を引き連れて来て慎重さを見せる一方、その容姿と態度は、家中ならいざ知らず、他家…特に婚約者の実家に対する初お目見えとしては、あまりに礼を失している。つまり、ドゥ・ザンの意図を汲んでいながら、あえてそれを愚弄するような行為を見せつけているという事である。


「ドルグよ。おぬしはどう見る?」


 些か持て余したふうに、ドゥ・ザンは腹心のドルグ=ホルタに意見を求めた。


「はっ。ノヴァルナ殿がご自身の艦隊を率いて参られたは、こちらの武装を読まれての事…しかし、補給部隊までこの星系に同行させられたのは、本当はドゥ・ザン様にノヴァルナ殿を討ち取るご意思が無いと判断なされたのではないか、と」


「なに? 本当はわしに、うつけ殿を討つ意思が無いだと?」


「はい。これはノヴァルナ殿のお考えを、想像しての話ですが…」


「申してみよ」


「ご自分が、ノア姫様の恩人だからでありましょう」


 ドルグの意見にも一理ある。ノヴァルナがドゥ・ザンの娘のノアを救った事は、事実であった。この事はドゥ・ザンの領地、ミノネリラ宙域でも報道がなされており、さすがに真実味の薄い皇国暦1589年のムツルー宙域の話は、『ナグァルラワン暗黒星団域』近くの未開惑星に漂着した話に差し替えられていたが、ミノネリラの住民もノヴァルナがノアの恩人であるのは知っている。


 その娘の恩人を騙し討ちにしたとなると、ドゥ・ザンの悪名はまたもや跳ね上がり、ミノネリラ宙域の民心は離れる一方だろう。“国を盗んだ大悪党”などと自らうそぶいてはいるが、それが例え封建領主であっても、国民の支持を得られないのは痛恨事だ。

 ドルグの意見は、ノヴァルナがこの辺りを見越して、ドゥ・ザンの戦闘行動はあくまでも演出の類であり、本気で戦う事にはならないと踏んでいるというものだった。


「つまりは…あの小僧、わしを舐めくさっておるという事か」


 苦笑いを浮かべるドゥ・ザンに、ドルグは「あくまでも私見に過ぎませぬが…」と念を押しながら頭を下げる。

 そうなるとまた、ひねくれ者のドゥ・ザンである。あの奇妙奇天烈な恰好を咎め、非常識さを口実にノヴァルナを討ち取ろうかとも思うが、それでは面白くない。ノヴァルナにはその口実を見越して開戦に至るのも、想定済みかも知れないからだ。


 思案顔のドゥ・ザンに、ドルグも困ったように言う。


「いかが致すべきで、ありましょうなぁ…」


 するとドゥ・ザンは、はた!と閃いた顔をして、続いてニタリと口元を歪めた。


「あるぞ、ある。妙案が」


「本当でございますか?」


 と尋ねて来るドルグに、ドゥ・ザンはさらりと言い放った。




わろうてやればよいのじゃ」




▶#11につづく

 

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