#12
ところが、だ―――
肝心のノヴァルナの姿がない。新たな当主が座るべき席は空っぽのままだ。葬儀の開始時刻の午後五時まで、もう残り五分もない。
筆頭家老のシウテ・サッド=リンは引き攣った顔をして、次席家老でノヴァルナの後見人であるセルシュに迫っていた。
「若殿は!…ノヴァルナ様はまだ見つからぬのか!?」
「はっ! SPに場内をくまなく捜索させておりますが、いまだ…」
額に汗を浮かべて報告するセルシュ。シウテはさらに詰問する。
「なぜ、見張っておらなんだ!?」
自分達の主君を“見張っておけ”とは酷い言いようだが、日頃のノヴァルナの奇行に悩まされている者達からすれば、そのような物言いにもなろうというものだ。
「それが会場にお出でになられた時、昨日の奇天烈な着衣のままであられまして、さすがに今日ばかりは、そのようなお召し物はご勘弁頂きますよう懇願致しましたところ、“それぐらいは俺も承知している、正装を用意しているから着替えて来る”と申されまして、控室の前まではSPも同行したのですが…その控室の窓から抜け出されたようで…」
「むうぅ、またか…このような時に、悪戯など」
歯ぎしりするシウテに、セルシュは取り繕うように告げた。
「ですが、この会場の警備の厳重さは、これまでとは桁違いです。少なくとも敷地から外へ出る事は不可能。虱潰しに探しておりますれば、必ずや見つけ出せるはずにて」
「相分かった!」
シウテは“もういい”と言いたげに右手を挙げて応える。
「今更、式の開始を遅らせるわけにもいかん。空席のまま始める。ノヴァルナ様の弔辞は開始からおよそ三十分後だが、なるべく進行を遅らせるのだ。それまでに何としても探し出してお連れしろ!」
「ははっ!」
畏まって頭を下げたセルシュは、憤懣やるかたない様子で自分の席に向かうシウテの後ろ姿を見送り、通話用ホログラムを立ち上げて警備主任と連絡を取り始めた。一方のシウテも同じように通話用ホログラムを起動して、小声で話を始める。相手はシウテの弟で、カルツェ・ジュ=ウォーダの付家老であるミーグ・ミーマザッカ=リンだ。
「ミーマザッカか。ノヴァルナ様はいまだ見つからん。式は予定通り開始するが…万が一ノヴァルナ様が不在のままの場合は、弔辞のみとしてカルツェ様にお出まし頂く。準備をしておけ、よいな」
そしてノヴァルナを抜きにして、ヒディラス・ダン=ウォーダの葬儀は始まった。
十一月の暮れのスェルモル市は午後五時ともなれば、オ・ワーリ=シーモア星系の二つの恒星が両方とも西の地平線に姿を消し、空を夜の闇が塗り潰していく。小雨を降らせる厚い雲がさらにその闇の訪れを早めていた。
葬儀会場となっているイベントホールは、無数の白い灯火で建物の形が浮き出るように控え目なライトアップが成されており、上空には警備用の反重力式無人警戒機が四機、赤い翼端灯を点滅させながら、低速で旋回を繰り返している。
やがて重厚な金管を打ち鳴らす低い金属音が三度響き渡り、葬儀の開始を告げた。
続いて進行役の男の声が会場に流れ出す。分かる者にはそれが惑星ラゴンで有名な、バリトンのオペラ歌手の声である事に気付くはずだ。
声は亡くなったヒディラス・ダン=ウォーダの簡単な生い立ちを経て、主としてナグヤ=ウォーダ家の当主となってからの功績の数々を、明かりを落とした会場内に展開した巨大ホログラムスクリーンに、記録画像を映し出しながら紹介してゆく。幾分その功績が誇張気味なのは、葬儀においてはある種の通例である。
とは言え、ヒディラスがナグヤ=ウォーダ家の隆盛をもたらした功績は大きく、またそれだけの人格者でもあった事から、会場の雰囲気は次第と故人を偲ぶに相応しい、真摯な思いが広がる沈んだものになって来た。
妻のトゥディラにとっては夫を、次男のカルツェに娘のマリーナとフェアンにとっては父親を、そして古くからの家臣達にとっては共に夢を馳せ、星々の輝きの中を駆け抜けた主君を失くした痛みに、それぞれの瞳から涙を滲ませている。
ただ一人、セルシュ=ヒ・ラティオを除いては―――
「ノヴァルナ様はまだ見つからんのか!!??」
主君の死を悼むどころか、自分の席にも着けず、セルシュは会場の片隅で通話用ホログラムを耳にあて、SPの指揮官に小声で詰問していた。
「ええい、そんな事はどうでもよい! 同じ場所でも繰り返し探すのだ!」
ヒディラスのこれまでの功績の紹介が終われば、葬送の聖歌が歌われ、その後がノヴァルナの弔辞と新当主としての所信演説となっている。式の進行は筆頭家老のシウテの指示で意図的に遅らせてはいるが、それでも残された時間はあと15分程度しかない。
そして焦る者達にとっては時間の経過など瞬く間だ。シウテが機転を利かせ、ヒディラスの功績の紹介のあとに、本来なら終盤に入れていたはずの主要な外部参列者―――つまり、皇国貴族のヤーシナ卿や、形だけではあるがノヴァルナとノア姫の婚約によって同盟関係となった、隣国ミノネリラ宙域のサイドゥ家からの特使、オ・ワーリ宙域内に領有星系を持つ独立管領などの名称読み上げを繰り上げて挟み入れ、さらに10分弱の時間を稼ぎはしたものの、ついにノヴァルナの弔辞の一つ前、聖歌の唱和まで進まなくてはならなくなった。
気をやきもきさせるセルシュが祭壇に目を遣ると、遺影ホログラムの前の舞台が開き、下から男女各二十人ずつからなる唱歌団がゆっくりとせり上げられて来る。唱歌団は皆、『流星揚羽蝶』の家紋を入れた、法衣のような白と薄紫のフード付きローブを着ていた。
再び金管の重厚な音が三度響き、聖歌が歌われ始める。それはこれまでのヒト種の文明間で広まったいずれの宗教にも属さない、惑星キヨウの最古の文明で書かれた、大陸の大半を征服した英雄王の死を悼む叙事詩に、節をつけて歌い上げるものであった。
“ああ、我等が王よ、何故死にたもうた。早すぎるや天への召還。早すぎるや天への召還。我等の慟哭は雷鳴の如く山々に響き、我等の涙は大河となりて海を満たし、偉大なる英雄の
聞きようによっては読経のようにも聞こえる、唱歌団の歌が会場を一層厳かなものにしてゆく。だが現実を翻って見れば、もはやノヴァルナの弔辞と所信演説まで時間はない。事ここに至ってはやむなし、とシウテは決断を下し、最前列に座るカルツェの元へNNLで弔辞の代理を行ってもらうように、小さなメモホログラムを送った。程なくカルツェから“了解した”の応答がある。それらのやり取り、つまり式の変更はナグヤの家臣すべてに情報共有された。
「ノ、ノヴァルナ様…」
この期に及んでも姿を現さないノヴァルナに、セルシュはギリギリと歯噛みする。一方で喜んだのはカルツェの支持派だ。この大失態にノヴァルナの新当主としての、器が問われるのは間違いない。特にカルツェ支持派の中心に座る家老のミーグ・ミーマザッカ=リンと側近のクラード=トゥズークの表情は、その場で小躍りでもしそうなほどだった。
▶#13につづく
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