#11

 


明けて翌日―――




 昨日の俄雨を伴う曇天は今日も続いていた。ある者は志半ばで落命したヒディラス・ダン=ウォーダを悼む涙雨だと思い、ある者は新たにナグヤ=ウォーダ家の当主となる、ノヴァルナ・ダン=ウォーダの不出来さを、天が嘆く雨だと揶揄しながら、葬儀の始まりを待っている。




 会場であるドーム式イベントホールに集まったのは、ナグヤ家一門と縁故の者、そして各企業の代表者、市民の代表者など約千人だった。イベントホールは本来なら最大で十万人は収容出来る巨大さだが、警備の問題もあってこの数に抑えられている。


 このイベントホールは用途に合わせて内部の形状を変化出来る、小型の反転重力子ドライバーが取り付けられた六角形と三角形の、フレキシブルフォーミングパネルで中央部が組み上げられていた。有名アーティストのコンサートや古典演劇の公演の場合はステージが、スコークやマスクートといったスポーツの競技試合の場合は、それに合わせた形状のグラウンドが、僅か数名の作業員で数時間のうちに完成する仕組みとなっているのだ。


 そしてもちろん、葬儀の様子は会場に招かれた人々だけでなく、NNLのニュースサイトによってオ・ワーリ宙域全域、さらには隣接するミノネリラ宙域やミ・ガーワ宙域などにも中継されている。

 これらの宙域では、あまりこの中継を見ている者はいないが、それでもミノネリラ宙域星大名のドウ・ザン=サイドゥは、長女で“ノヴァルナの婚約者”のノア姫と共に、イナヴァーザン城の執務室に展開したホログラムスクリーンで状況を眺めていた。


 葬儀の式次第はナグヤ=ウォーダ家からの公式発表でドウ・ザンやノアも知っており、ノヴァルナの弔文読み上げや新当主としての所信表明が行われる事も把握している。普段強気なノア姫だが、父親と一緒に自分の恋人のそういった公式の場での姿を見るのには、やはり些か面映ゆいものがあった。


 すると二人の元へドウ・ザンの妻、ノアの母のオルミラがにこやかな表情で、手ずから紅茶のセットを運んで来る。


「ご一緒してもよろしいかしら?」


 どこかおっとりとした口調が常のオルミラは、「うむ」と頷くドウ・ザンとノアの前にティーカップを置きながら、ノアに微笑みかけた。


「貴女の王子様を、私にも見せて下さいな」


 それを聞いてノアは耳まで真っ赤になってしまう。


 ノヴァルナを“貴女の王子様”などと平然と言ってのける母も母だが、ノアが顔を赤らめたり面映ゆい気持ちになっているのには、また別の要素もあった。今日の葬儀、どうにも妙な胸騒ぎを感じるのだ。


 あの私の愛しい………バカは、いい意味でも悪い意味でも、舞台の一番目立つ場所に立たせると、調子に乗るのがお決まりだった。ムツルー宙域でも惑星シルスエルタでも、いつでも、どこでも。




“きっと…また何か、やらかすはず”




 それがたとえ自分の父親の葬儀であったとしても―――すました顔で母の淹れてくれた紅茶に口をつけながら、ノアは内心で焦り顔になり、頭を両手で抱えていた。


“どうしよう!どうしよう!どうしよう!アイツのあのバカさ加減を、父上や母上に見られちゃう!どうすればいい?どうすればいいの!?…”


 特に父のドウ・ザンにはすでに、ノヴァルナが地元で起こした騒ぎの数々の映像を見られてしまっているが、母にまで見られるのには大きな抵抗を感じる。母は少なくとも自分とノヴァルナの仲を、好意的に見守ってくれているだけに尚更だ。




“お願いだから、今日ぐらいは、少しはまともでいてくれますように!”




 心の中にいるもう一人のノアが、両手を合わせて魂魄の祈りを捧げた先、ホログラムの中継画面の中では、いよいよヒディラスの葬儀の時間が迫って来ていた。会場を細かく映し出す複数のカメラが、主立った出席者の到着を捉え、アナウンサーが紹介してゆく。


 ウォーダ軍にBSIユニットの『シデン』をはじめとする、主力兵器の半数以上を納入しているガルワニーシャ重工の会長など、主立った財界人。宙域内の独立管領達。そして昨日到着した皇国貴族のヤーシナ一家。さらには休戦状態にあるキオ・スー家当主のディトモス・キオ=ウォーダや、イル・ワークラン=ウォーダ家からは当主カダールの名代として派遣された、筆頭家老でウォーダ一門のナザル=ウォーダの姿もある。


 イベントホールはコンサート・演劇形態がとられており、競技場形態の際はグラウンドとなる部分の中央前方に巨大な祭壇が作られていた。白と黄色の花で埋め尽くされた祭壇には実物より二回りほど大きなヒディラスのホログラムが立っており、その背後にはさらに大きく、高さ十メートルはある同じホログラムが映し出されている。遠くからも視認出来るようにするためだ。


 足元が危なくない程度に照明を落とした葬儀会場は、祭壇に向かって中央に主通路が一本通っており、その両側に参列者の席として、バイオプラスティカ製の簡易椅子が五百ずつ、碁盤の目状に整然と並べられている。

 そして開閉型ドーム式屋根の高い天井を見上げれば、祭壇の背後まで伸びる、深紅の長大なタペストリーが提げられ、目立つ位置にウォーダ家の家紋『流星揚羽蝶』が金糸で刺繍されていた。それを真ん中にして浮かんでいるのは、ヒディラスの生前の様々なホログラム画像だ。


 主催者であるナグヤ=ウォーダ家の者は、左右に分かれた席の主通路右側前方から地位順に設定されており、次期当主の長男ノヴァルナがその席に、さらに右隣が次男カルツェと続き、ヒディラスの妻トゥディラ、ノヴァルナの三人のクローン猶子、マリーナ、フェアンの姉妹、そしてそれ以下となっている。


 一方、主通路左側はウォーダ一族総宗家のイル・ワークラン=ウォーダ家の名代、ナザル=ウォーダが座り、キオ・スー家のディトモス。モルザン星系独立管領でヒディラスの弟、ヴァルツなどが続く。その周辺は呉越同舟といった感があるものの、さすがに今日は場を弁えていた。


 その他の参列者も大多数が席に着き、NNLの中継カメラは、周囲の席の者に起立とお辞儀で出迎えを受ける、皇国貴族ゲイラ・ナクナゴン=ヤーシナとその家族の、穏やかな表情を捉えている。


 席に着いたゲイラは、隣席の男とひそやかな声で話し始めた。隣席の男はウォーダ家に派遣されているヤヴァルト銀河皇国の弁務官であった。


「今日の葬儀も、古式に則ったもののようですね?」


 会場の様子を見渡したゲイラの問いに、弁務官はゆっくりと頷いて応じる。


「さようです。古代宗教の式典に基づいたものとなっております。ナグヤ家の隆盛を示す荘厳なものになるかと…」


 ヤヴァルト銀河皇国はすでに惑星キヨウの統一を果たした頃に、宗教的な慣習を相当レベルまで社会から切り離していた。葬儀や婚礼といった古来からの慣習も、最近、勢力を拡大しつつある新興宗教のイーゴン教を除き、古代宗教のいずれかの宗派の式典をそのまま行うのではなく、“それらしいもの”を要素として構成されるのが一般的なのだ。


「ふむ…新たな当主のノヴァルナ様は、新進気鋭な方と聞き及んでおりましたが…」


 しめやかな葬儀会場の雰囲気に、ゲイラは少し意外そうであった。




▶#12につづく

 

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