#01

 

 自らをナグヤ=ウォーダの新たな当主として受け入れたスェルモル城の玉座で、ノヴァルナは筆頭家老のシウテ・サッド=リンに尋ねた。


「やはり義兄上あにうえは、洗脳されていたのか?」


 ヒディラス・ダン=ウォーダを殺害したクローン猶子、ルヴィーロ・オスミ=ウォーダが二名の医師の元、尋問を受ける映像を背後に、その尋問を行ったシウテはベアルダ星人の熊のような頭で頷く。


「仰せの通り」


 それを聞いたノヴァルナは、ふーん…と声を漏らして、顎に置いた右手の人差し指を上唇に滑らせた。そして玉座の座り心地が気に入らないのか、足を大きく組んで背中を深く沈ませる。その行儀の悪さに、重臣や側近達の多く―――特にノヴァルナより、弟のカルツェを支持する一派が不快げに眉をひそめた。一方で当のカルツェ自身は無表情のままである。




 ノヴァルナが旗艦『ヒテン』でこのスェルモル城の上空に降下して来たのは、まだ四時間ほど前の事であった。カルツェ支持派のこの機を捉えてノヴァルナを討つべし、という突き上げをカルツェ本人が抑えなければ、ノヴァルナはこの玉座に座ってはいられなかった可能性もある。

 そうであるのにノヴァルナはスェルモル城に降り立つや否や、主だった家臣達を玉座の間に呼びつけた。そしてひとまずの新当主としての挨拶でもするのかと思えば、いきなりこのルヴィーロの洗脳についての報告聴取という、相変わらずの傍若無人ぶりであったのだから、家臣たちが眉をひそめるのも無理はない。


 家臣達が放つ不信の空気もどこ吹く風、ノヴァルナはシウテにさらに尋ねる。


「義兄上がイマーガラの連中から人質交換で戻って来た時、心理状態も含め医療チェックもしたんだろ?…それでも引っ掛からなかってぇのか?」


「申し訳ございません。医師の話では、単純な命令の刷り込みといった類の洗脳と違い、深層心理の部分から思考を暗殺の動機にまで組み上げていく、大掛かりなものであったらしく、これを判別するには、相当期間の観察しか手立てがないとの事です」


「元に戻せるのか?」


 そう尋ねられてシウテは目を伏せ、首を左右に振った。


「すでにルヴィーロ様ご自身の人格を形成する、思考の一部となっております。元に戻すのではなく、我々で新たに“洗脳”する事でなら、元の人格に近付けるのも可能ですが、今度はそれで人格そのものが崩壊する危険性もあります」


 シウテの言葉に、ノヴァルナは「そっか」と素っ気なく応えて、僅かに玉座の間の高い天井を見上げた。その胸中では短く応じた言葉の無関心な響きとは裏腹に、義兄に対する深い葛藤が渦巻いている。


 あまり共に過ごした事はない義兄のルヴィーロだったが、ノヴァルナは物心がついた頃から、六歳年上の温厚なこの義兄が好きだった。


 何かといえば強さと抜け目のなさを求めて来る星大名の一族の中で、この義兄だけは、出会うたびに穏やかな笑顔をただ向けて来てくれたのである。




そしてやがて、その義兄上の笑顔が、

家督継承権を諦めた事で得たものであるのを知った―――




「それで…義兄上の理屈では、どういう理由で親父やカルツェを、殺さなきゃならなかったんだ?」


 イマーガラ家…いや、イマーガラ家の宰相セッサーラ=タンゲンが絡んでいるのなら、義兄の殺害リストには、たまたまその場にいなかった自分も含まれていたに違いない…と思いながらノヴァルナはシウテに尋ねた。


 ノヴァルナの問いにシウテは頭を下げながら、ルヴィーロの口からきいた言葉を、硬い口調で告げる。


「ウォーダ家の内紛を収拾し、オ・ワーリ宙域の民心を鎮めるため…と」


「!!」


 それを聞いたノヴァルナは突然真顔になって、玉座から跳ねるように立ち上がった。体の奥底から怒りが込み上げて来て、噛み締めた奥歯がギリリ…と、握り締めた右手の拳がギュッ…と小さな音を立てる。ルヴィーロに怒りを覚えたのではない。深層心理への洗脳でそんなふうに思考を仕向けた、セッサーラ=タンゲンに対しての怒りだ。


“あの冷血ドラゴン野郎…言うに事欠いて、ウォーダの内紛の収拾と民心の鎮静だと?…てめぇがその一因を作ってやがるってのに!”


 内に秘めた感受性の強さが発露し、それまでのとぼけたような態度からの豹変に、家臣達はまたもや眉をひそめる。ただ同席するノヴァルナの『ホロウシュ』達だけは、主君の人となりを理解していて驚いた様子を見せない。


 ふぅ、と一つ息を吐いたノヴァルナはいつもの不敵な笑みを浮かべ、「わかった!」と言い放った。そしてシウテに告げる。


「いずれ日を改めて、俺も義兄上に直接会う。取りあえず今日は解散だ。俺はナグヤ城へ帰るぜ!」


 ナグヤ城へ帰る、と言われて家臣達はざわついた。ナグヤ家の行政府はこのスェルモル城のはずだからだ。


「そ…それはまた、どのような仕儀にございますか?」


 シウテは戸惑いを隠せず、ノヴァルナに問い質した。てっきりスェルモル城に留まり、家督継承の手続きを進めていくものだと思っていたのだ。家臣達をここへ集めたのもそれを指示するためであると考えて当然だ。加えてその事を尋ねると、ノヴァルナはさらりと応じる。


「おう。その辺はおまえとセルシュの爺で、仕切ってやってくれりゃいいさ」


「ですが、行政府にご当主がおられないのは…」


 ノヴァルナがいま口にしたのは、“よきに計らえ”という言葉と同義語であり、愚王の台詞にありがちな、現実逃避ともとれるものだとシウテは考えた。


 シウテもカルツェ支持派の一人であったが、弟のミーマザッカやカルツェのお気に入りのクラード=トゥズークのように、自らの野心の障害たるノヴァルナ憎しでのぼせ上ってはおらず、まずはナグヤ家の安泰を考えていた。そういった観点からのノヴァルナ批判であって、当主の座に就くのであれば、それに相応しい振る舞いを求めたくなるのも当然といえる。


 ただその辺はノヴァルナも心得ていた。


「心配すんな。俺は寝泊まりをナグヤの城でするって話だ。週休二日でこのスェルモル城まで“通勤”するぜ。真面目なサラリーマン並みになぁ―――」


 そして最後に、家臣をひとわたり見回して付け加える。


「おまえらも、一日中俺がここにいると、何かとやりづれぇだろうからな」


「!………」


 それはノヴァルナを快く思わない家臣達―――とりわけ策謀によってでもノヴァルナを排除しようと企んでいる一派には、痛烈な言葉として響いた。心に含むものがある者達に緊張が走って、頬の筋肉がヒクリと引き攣る。


「んじゃ、そゆ事で今日は疲れてっから帰るわ。親父の葬式の準備も任せっからな」


 軽く言い捨てて右手を挙げ、本当に帰りかけるノヴァルナに、シウテは慌てて引き留めに入った。


「お、お待ちください!」


「んだよ?」


「このままでは皆に、新たなご当主としての示しがつきませぬ。せめて殿下ご自身のご矜持の一つも説いて頂かねば―――」


 シウテの切実な呼びかけに振り向いたノヴァルナは、「おう、なるほど」と、ようやくその事に気付いたような表情を浮かべる。そして家臣達に向き直って、ふにゃりとだらしない顔をすると短く所信を表明した。




「みんなで…幸せになろうよ」





▶#02につづく

 

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