#21
ノヴァルナの親衛隊『ホロウシュ』達は、ダイ・ゼンの第1艦隊の直掩BSI部隊との戦闘に勝利し、主君の元へ急行して来たのだった。七機の親衛隊仕様『シデンSC』は散開し、重巡航艦には三機、二隻の駆逐艦にはそれぞれ二機ずつが突撃する。三隻はノヴァルナに向けていた火砲を、慌てて自らの防御戦闘へ切り替えた。
「むぅ、こちらのBSI部隊は…」
ジーンザックの
ところがそこでジーンザックが見たものは、恐ろしい光景であった。『ホロウシュ』のラン・マリュウ=フォレスタの乗る『シデンNX』がただ一機で、キオ・スー家のBSIやASGULを次々と撃破して回っていたのだ。ノヴァルナに近寄らせまいとするランの決死の行動に、二十機以上いたはずの味方機はもはや半数まで減っており、ジーンザックが見ている前でまた新たな一機が、ポジトロンパイクで両断される。するとそれとタイミングを合わせたかのように、今度は駆逐艦の一隻が、二機の『シデンSC』から超電磁ライフルの連続射撃を喰らい、真っ二つにへし折れて爆発した。
「くっ…!」
ジーンザックは奥歯を噛み締め、光度をかなり落とした全周囲モニターの前面に映る、ノヴァルナの『センクウNX』を睨み据える。間近の恒星カルル02を真っ直ぐ背後にしているため、相当光度を絞っても光に埋もれて視認は困難だ。
その『センクウNX』から、ジーンザックに再び通信が入る。
「降伏しろ、ジーンザック」
ノヴァルナの言葉にジーンザックは、駆け引きに敗れた事を悟った。
ラン・マリュウ=フォレスタの技量を見れば、ノヴァルナはランが空けたキオ・スー家のBSI部隊の穴から、逃走しようと思えば出来た事がわかる。それを機体の左腕を失ったというのに、ここに踏みとどまっていたのはカルル02の変光現象だけでなく、いずれ自分の親衛隊が駆けつけて来ると信じていたからに違いない。
「てめぇは良く戦った。ダイ・ゼンの野郎は許さねぇが、てめぇには恨みはねぇからな。てめぇが生きてりゃ、サーガイの家も残るだろ」
降伏を勧めるノヴァルナの慈悲の言葉に、ジーンザックは軽く唇を噛んだ。
“不覚だった…ノヴァルナ殿下がこのような御方であったとは。であるからこそ、その親衛隊や艦隊の将兵達の、必死の奮戦も理解出来るというもの―――”
ノヴァルナ・ダン=ウォーダは部下達を掌握しているのだ。彼に付き従う者達の心を。
ジーンザックは戦術状況ホログラムを呼び出して戦況を確認した。ノヴァルナが支援に向かおうとしていたナグヤ第2艦隊は、その支援を阻まれた状況の中、何隻かの脱落艦を出しながらも自力でダイ・ゼンの第1艦隊に喰い下がっている。
またノヴァルナと共闘しているヴァルツ=ウォーダのモルザン星系艦隊は、ソーン・ミ=ウォーダの第1機動部隊を蹴散らし、ジーンザック配下のキオ・スー家第4艦隊と、同航戦で激しく撃ち合っている。
いずれも戦力比で劣るノヴァルナ軍の方が損害が大きいにもかかわらず、キオ・スー家の軍が押し込まれていた。ダイ・ゼン艦隊と撃ち合っていた、ノヴァルナ艦隊の戦艦の一隻がダメージに耐えきれず大爆発を起こす。だがそれでもノヴァルナ艦隊の戦意は衰えない。いやそれどころか残った艦からの砲火が、それまで以上に峻烈なものになったようにすら感じ取れる。
この戦いは我等の負けだ―――
将の“気”が軍の“気”となる。数で優る方が有利なのは、揺るがぬ戦場の
突きつけられた冷厳な現実に、ジーンザックは覚悟を決した。これを覆すにはやはり、司令官たるノヴァルナを
「殿下のご厚情、有難迷惑にて
降伏を勧めるノヴァルナからの通信に、ジーンザックは苦笑いを浮かべて応えた。操縦桿を強く握り、『レイゲツAR』にポジトロンパイクを下段で構えさせる。それに対してノヴァルナは咎めるふうもなく「そっか」と言い放って、自らも右腕一本の『センクウNX』にQブレードを構えさせた。
ノヴァルナの『センクウNX』は左腕を失い、ジーンザックの『レイゲツAR』は片方の重力子ジェネレーターが破壊され、出力を落として動きが鈍っている。対峙した二機は条件的には互角だった。
視界の端でキオ・スー家の重巡航艦が、ササーラ達『ホロウシュ』の攻撃に閃光と火柱を噴き出す。二機のBSHOが相手に向け、猛然と飛び出したのはその直後であった。
「参る!」とジーンザック。
ノヴァルナは「おう!」と応じ、両者の間合いは一気に縮まった。下段からポジトロンパイクを掬い上げるジーンザックの『レイゲツAR』と、Qブレードを右腕一本で薙ぎ払うノヴァルナの『センクウNX』が交差する。破片が飛び散り、プラズマのスパークが爆ぜて勝負は一瞬で決した。
「うおおおっ!!」
断末魔の声を上げたのは、爆発の閃光に包まれるジーンザック=サーガイである。重力子ジェネレーターの片方が破壊され、出力が低下していた分、ジーンザックの『レイゲツAR』の方が踏み込みが甘くなり、ポジトロンパイクより範囲の短い、ノヴァルナの『センクウNX』にQブレードの攻撃距離まで飛び込まれたのだった。
「にっ!…逃げろ、兄者ァッ!!」
ジーンザックのその言葉を残して、小爆発を繰り返した『レイゲツAR』は、やがてカルル・ズール変光星団の、どの恒星よりも輝いて消え去った。それを見て、『ホロウシュ』の攻撃で大損害を被っていた重巡が、白い信号弾を三発射出、機関を停止して降伏の意を示して来る。だが一隻生き残っていた駆逐艦は逃走を図ろうとして、『ホロウシュ』のナガート=ヤーグマーに超電磁ライフルでエンジン部を撃ち抜かれ、爆発を起こした。
さらにランに追い回されていたキオ・スー家のBSI部隊も、どうにか撃破されずに済んだ三機がほうほうの
その三機を追おうとするショウ=イクマとガラク=モッカに、ノヴァルナは「んなの、放っておけ!」と呼び掛けて制止し、全員に命じた。
「それよりダイ・ゼンの第1艦隊だ。奴を追うぞ!!」
そう言って再び追撃態勢に入り、先頭切って飛び出すノヴァルナ。降伏した重巡もほったらかしである。慌ててササーラとランがノヴァルナ機に追いついて来て、引き留めようとする。
「お、お待ちください!」
「殿下! 左腕を失ったその機体では!」
「るせぇ! 時は金なりだ、ついて来い!!」
少々的外れな例えを言い放つが、ノヴァルナは止まらない。その前方にはバラバラに砕けた大型艦の残骸がある。ダイ・ゼンの第1艦隊を追って爆発した、ノヴァルナ艦隊の宇宙戦艦だった。周囲には無数の脱出ポッドが漂っており、高速で通過して行く『センクウNX』に、中で複数の兵士の腕を突き出しながら歓声を上げている様子が、ほんの一瞬だけノヴァルナの視界に入る。
脱出ポッドの中にいる兵達の衰えない士気に、ノヴァルナは笑みを零し一気にダイ・ゼンの第1艦隊へ迫っていく。そこではカルル・ズール変光星団の二つの恒星の間を縫うようにして、ダイ・ゼン艦隊とノヴァルナ艦隊が単縦陣の同航戦を行っており、周囲では両軍のBSI部隊が空間戦闘を繰り広げていた。
「コマンドコントロール、こちらウイザード中隊。これより艦隊の支援攻撃に入る」
ノヴァルナは速度を落とす事無く、敵艦隊に向かって行く。ダイ・ゼン艦隊は戦艦が9隻、対するノヴァルナ艦隊は戦艦が7隻。どちらも脱落艦が出ており、無傷の艦は一つもない。
味方艦隊をの上を斜めに航過しながら、損害状況を見渡したノヴァルナは、よろめくように続航している二隻の味方艦の名前を確認して命じた。
「第4戦隊の『バルスタン』と『イルヴェラス』は後退しろ! そのダメージでこれ以上戦うのは無理だ!」
そして二隻への通信に「ご苦労、よく戦った」と付け加え、超電磁ライフルを構える。ノヴァルナの中隊の接近に気付いた、敵のBSIとASGULの一団が行く手を塞ごうとすると、『ホロウシュ』のランとササーラに排除を指示した。
「ラン! ササーラ! 露払い!」
「はっ!」
「御意!」
ノヴァルナの言葉に『センクウNX』の両脇を固める、ランとササーラの『シデンSC』が加速して先んずる。右腕に握る超電磁ライフルを連射して、人型に変形した直後のASGULが身構える前を立て続けに撃破。敵の出鼻を挫くとさらに敵の中に飛び込み、左手のポジトロンパイクを加えて、キオ・スー側の量産型『シデン』と立ち回りを演じた。そしてランとササーラが空けた敵陣の穴を、ノヴァルナの『センクウNX』と六機の『シデンSC』が突破する。
「ウイザード中隊! スパイラルフォーメーションだ。いくぞ!!」
ノヴァルナが叫ぶように命令を下すと、そのあとに一列で従っていた『ホロウシュ』の機体は、大きく渦を巻くような螺旋状の隊列に変化した。BSI部隊と戦っていたランとササーラも最後尾につくと、BSIユニットの大きな渦巻は、ダイ・ゼン艦隊の縦列戦艦群を後方から追いかける。
「こ、後方から敵編隊…『センクウNX』です!!」
キオ・スー家艦隊総旗艦『レイギョウ』の艦橋で、オペレーターが表情を強張らせて報告する。反射的に後ろを振り向くダイ・ゼン。
「ノヴァルナだと!?」
▶#22につづく
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