#20

 

 ノヴァルナの機体の被弾箇所は今度は右肩だった。そこは反転重力子による偏向フィールドとハニカム積層装甲を持つ、被弾経始形状のショルダーアーマーが防護していたが、ほぼ正面からの命中にアーマーは吹っ飛ばされる。貫通・機体直撃の可能性が高い被弾の場合はアーマーが外れる事で威力を減殺し、それを防ぐ機能が付加されているのだ。ただショルダーアーマーを失った事で、次は直撃を受ける危険性は上がったと言える。


「カージェス殿は後退されよ。そのダメージで戦うのは無理だ!」


 ジーンザックはチェイロの『シンセイCC』の脇を通過しながら告げた。『レイゲツAR』はノヴァルナ機目掛けて左手でライフルを連射し、右手でポジトロンパイクを下段に構えて距離を詰める。回避行動に入るノヴァルナだが、そちらの方向からはキオ・スー家の重巡航艦と二隻の駆逐艦が迫って来ていた。ランが引き付けているBSI部隊も、一部がノヴァルナの方へ向かっている。


「いいぞ。袋のネズミだ!」


 ジーンザックは追い詰められていくノヴァルナ機の様子に、嬉々たる表情を浮かべた。戦術状況ホログラムを見れば、ダイ・ゼンの第1艦隊もナグヤ第2艦隊に押され気味ではあるが、どうにか持ちこたえている。むしろナグヤ艦隊の方が攻勢が続かずに、青息吐息となりつつあるのが見て取れた。ここでノヴァルナを討ち取れば、ヴァルツを含め、敵部隊は全て降伏するに違いない。そう考えながら照準を合わせ、ジーンザックは左へ旋回してゆく『センクウNX』に超電磁ライフルを撃ち放った。しかしノヴァルナ機はダメージを受けているにもかかわらず、軽々とその銃撃を躱す。


「確かに、いい腕をしておられる…」


 ジーンザックは兄のダイ・ゼンのように、ノヴァルナを侮ってはいなかった。この男が司令官を務める第4艦隊は、これまで当主ディトモスが指揮する第1艦隊と共に行動していたため、ノヴァルナと直接交戦した事はなかったが、失敗に終わったイェルサス=トクルガル捕縛作戦の折、自分達の作戦を見破って逆手に取ったノヴァルナの指揮能力に、これは巷で噂しているような“大うつけ”などではない、と確信したのだ。


 それは奇しくもその時ノヴァルナと戦って戦死した、キオ・スー家のBSIパイロット指揮官ズーナン=ザバと同じ評価であった。固定観念を捨て去れるという点でジーンザック=サーガイも充分只者ではないと言える。


「なるほどそれだけの操縦の技量があれば、初手からBSHOで戦場に出たくもなろうというもの。だが今回は早まられましたな!」


 ジーンザックは強い口調で言い放ち、ノヴァルナ機を取り囲んでいる宇宙艦とBSI部隊に命じた。


「包囲の輪を縮めろ。決着をつける!」


 ジーンザックの考えでは、強気なノヴァルナは自分の技量に絶対的な自信を持ち、追い詰められれば、全力で捨て身の逆撃に転じるはずであった。あれだけ長時間、高機動戦闘を続けていればエネルギーも尽きかけているに違いないからだ。


“反転したところを、間合いを詰めて仕留める!”


 ジーンザックは口元を引き締め、恒星の光を背後にしたノヴァルナの『センクウNX』へ向け、スロットルを全開にしようとする。

 ところがノヴァルナは、ジーンザックが思っていた以上に冷静さを失っていなかった。コクピット内に並ぶホログラムスクリーンの片隅に浮かんだ、小さなスクリーン。時間を示すクロノメーターであるそれを見詰めていたノヴァルナは、不敵な笑みで「時間だぜ」と呟く。


 とその直後、カルル・ズール変光星団の五つの恒星の一つ、ノヴァルナが戦っている近くのオレンジ色の恒星―――カルル02が突然色を変化させ始めた。九時間ごとに訪れる核融合反応量の変動が起きたのだ。オレンジ色であった恒星カルル02は、みるみるうちに青白くなり、大きさは小さくなっていく。

 だが青白くなるという事は、核融合反応が活発になり、放射熱量や電磁波量も増大する事を示していた。そして何より光量が圧倒的となって、近くにいる艦艇やBSIユニットの視界を埋め尽くす。ノヴァルナが回避コースを限定されてまで、恒星カルル02の近くに戦場を設定して離脱しなかったのは、この変化のタイミングを待っていたのである。


「む…うっ」


 コクピットを埋め尽くすカルル02の圧倒的光量に、ノヴァルナ機―――つまりカルル02へ向かっていた『レイゲツAR』のジーンザックは、目を背けざるを得なかった。


「粘った甲斐があったってもんだぜ!」


 そう叫んだノヴァルナはカルル02を背後にしたまま、ジーンザックの『レイゲツAR』へと機体を駆る。増加したカルル02からの電磁波がセンサー類に障害を与えるが、お構いなしだ。まさに絶好のタイミングで発生したこの変光現象を、活かさない手はない。


 ジーンザックからは光量を増した恒星の中の『センクウNX』が肉眼では見えないが、ノヴァルナからは暗黒の宇宙空間で恒星の光を浴びた、『レイゲツAR』の姿がくっきりと浮かび上がっている。照準センサーに多少の障害があっても視覚がそれを補正した。

 二発、三発と撃ったノヴァルナ機のライフル弾が、『レイゲツAR』の回避コースを塞いで、四発目で命中弾を得る。それは三発目を躱して機体を旋回した『レイゲツAR』のバックパックを、斜め下から抉り取って半壊させた。


「ぬううっ!! ジェネレーターにダメージを受けたか!!」


 ヘルメット内に甲高く鳴る警告音と、BSHOならではの機能のNNLによる知覚伝達が、被弾箇所とその損傷状況を知らせて来る。バックパックに二基装備されていた、小型重力子ジェネレーターの片方が撃ち抜かれて破壊されている。これでは出力が半減だ。


 カルル02の変光現象を、戦闘に応用する事をノヴァルナが思いついたのは、この緒戦でキオ・スー家のBSI部隊が恒星を背にして襲撃するという、大昔の大気圏内航空機のような戦法を取った事からだった。センサーなどの計測機器は誤魔化せないが、コクピットに差し込む強い光は、それだけで操縦者の集中力を削ぐと知ったのだ。


 ジーンザックは機体から破片を撒き散らしながら後退しつつ、接近中の味方の重巡と二隻の駆逐艦に援護の指示を出した。


「援護射撃! 援護射撃を要請する!」


 命を惜しんでの支援要請ではない。出力の落ちた機体をカバーさせるためだ。それに宇宙艦ならば、カルル02の増大した光量も関係なく照準出来るはずだからだ。


 ジーンザックからの要請を受け、キオ・スー家の重巡航艦と二隻の駆逐艦が、速度を上げて『センクウNX』へ攻撃を行った。続けさまに主砲、副砲、迎撃用ビーム砲、誘導弾が放たれる。機体を複雑に機動させてそれらを躱しながら、ノヴァルナはふん!と鼻を鳴らして言い放った。


「粘った甲斐があったのは、それだけじゃねぇぜ!」


 その直後、ノヴァルナ機の向こうからBSIユニットが七機、高速で接近して来た。それはノヴァルナの親衛隊『ホロウシュ』の『シデンSC』である。


「かかれ!」


 七機の指揮を執るナルマルザ=ササーラの命令一下、ノヴァルナの『センクウNX』の脇をすり抜けるように通過、キオ・スー家の三隻の宇宙艦に挑みかかった。





▶#21につづく

 

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