#19
左腕を失った『センクウNX』のコクピットでは、ノヴァルナの被るヘルメットの中に被弾警報がけたたましく鳴る。サイバーリンクで機体の神経系と繋がっているため、痛みこそないが、ノヴァルナは自分自身の左腕の感覚がなくなった違和感を感じた。
ただ警報音が終わると同時にその違和感は解消する。機体のメインコンピューターが、パイロットの操縦に支障が出ると判断してサイバーリンクの一部を遮断したからだ。操縦桿に置いた左手の指を軽く動かして感覚が戻った事を確かめながら、ノヴァルナは機体を垂直に下降させる。ポジトロンパイクを左腕ごと喪失したため、武装は超電磁ライフルとQ(クァンタム)ブレードだけとなった。
追撃しようとするジーンザックとチェイロに、ノヴァルナは急速旋回して振り返り、超電磁ライフルを立て続けに撃つ。敵の加速の瞬間を突いたその射撃は見事なものだった。狙ったのが通常の量産型BSI…いや親衛隊仕様機ですら躱せなかっただろう。
しかし相手は二機とも上位機種のBSHOであり、操縦者は腕に覚えのある将である。左右に分かれた『レイゲツAR』と『シンセイCC』は、銃弾の悉くを回避した。ノヴァルナの『センクウNX』が左腕を喪失して、機体バランスに異常があった事も関係していると思われる。
「クソッタレ!」
短く罵り声を上げたノヴァルナは、バックパックの右横にある自動弾倉交換装置を使って、超電磁ライフルの弾倉を交換した。もはやダイ・ゼンの総旗艦を叩こうと考えている場合ではない。まずはこの窮地を脱するのが先決だ。
そしてそのノヴァルナを護衛すべきラン・マリュウ=フォレスタが、この主君の窮状に手をこまねいているはずはなかった。
ランは二機の親衛隊仕様機に対し、すれ違いざまに右手一本で大きく振り抜いた『シデンSC』のポジトロンパイクで一機を胴体で両断し、その勢いのまま、もう一機が至近距離で構えた超電磁ライフルの銃身を左手のQブレードで切り飛ばす。
慌てて回避行動に入る敵機を逃がさず、重力子の黄色い光のリングを輝かせて深く踏み込み、瞬時に間合いを詰めて斜め下から掬い上げたポジトロンパイクで、腹部から胸元までをザクリと切り裂いて撃破した。しかもその敵機が爆発を起こした時にはすでに、ランの機体はノヴァルナの援護に向かっている。
ランはノヴァルナを半包囲しているキオ・スー家のBSI部隊に、ライフルを連射しながら突撃した。ノヴァルナの牽制に注意を向けていた三機のASGUL、『ルーン・ゴード』がたちまち直撃を喰らって爆発する。速度と機動性を重視してカスタマイズされた、紫色のランの『シデンSC』は包囲網を一気に突き破って、ノヴァルナの元へ馳せ参じようとした。
するとランをノヴァルナと合流させまいとして、敵のBSI部隊までも釣られて動き始める。その戦場の変化を見逃すノヴァルナではなかった。
「ラン! 一分でいい、おまえについて来るBSIを引き付けろ!」
「了解!」
ノヴァルナの命令にランは振り返って、後方の敵機に銃撃を繰り返す。その的確な射撃ポイントの前に攻撃艇形態に変形していたASGULが四機、機体を撃ち抜かれて撃破される。なおもランはライフルを撃ち続け、敵の『シデン』が撃破スコアに追加されると、BSI部隊は無視できないランの脅威に、目論み通りそちらへ戦力を分けた。
BSI部隊からの制圧射撃が止んだ僅かな時間で、ノヴァルナも態勢を立て直す。二手に分かれてカルル・ズール変光星団の恒星方向へ追い込もうとする、敵の二機のBSHOに対してノヴァルナは、左側から追って来るチェイロ=カージェスの『シンセイCC』へ機体を旋回させた。気付いたチェイロの銃撃を掻い潜るようにして距離を詰める。
「片腕で来るか!」
銃撃ではノヴァルナ機を落とせないと判断したチェイロは、ポジトロンパイクを構えて迎え撃った。射点を捉えられないようにするため、自分からも距離を詰めていく。ノヴァルナはライフルからQブレードに持ち替えて、チェイロの『シンセイCC』と激突した。
「うおおっ!」
吠えながらポジトロンパイクを強く振るうチェイロ。その刃をQブレードで受け止めたノヴァルナは、切り結んだ刃を滑らせて、『センクウNX』でそのまま『シンセイCC』に体当たりを行った。吠える事ならノヴァルナも負けてはいない。
「うおおおおおーーッ!!!!」
吠えた声の大きさが気魂の差となって、出力を最大にした『センクウNX』が『シンセイCC』を突き飛ばした。さらに間合いが開いたところで、『センクウNX』は足蹴りを喰らわせる。それは機体には大したダメージは与えないが、衝撃で相手機の搭乗者に操縦の隙を作り出す事が出来る。
チェイロの操縦の手が衝撃で止まった刹那、ノヴァルナはQブレードで斬り掛かった。だが相対位置が悪く、その斬撃は『シンセイCC』の頭部を半壊させるに留まる。間を置かず第二撃を放とうとするノヴァルナ。相手の懐に入れば、ポジトロンパイクより短いQブレードの方が有利だ。ノヴァルナは『センクウNX』の手首を素早く返し、逆手で横腹からコクピット目掛けて突きを繰り出す。
しかしチェイロはキオ・スー家BSI部隊総監であり、同じ一族であるノヴァルナの親衛隊、『ホロウシュ』のヨヴェ=カージェス同様、高い操縦技術を持っていた。蹴りから斬撃を喰らった不覚をすぐに挽回し、『センクウNX』が突き出したQブレードを持つ右腕を、ポジトロンパイクを放り出しながら機体を翻して脇で挟みつけ、後ろに回り込んで羽交い絞めにする。そして僚機の『レイゲツAR』に乗るジーンザック=サーガイへ叫んだ。
「我の機体ごと、ノヴァルナ殿を撃ち抜け!」
キオ・スー家もこの戦いに賭けている意気込みが伝わる言葉だった。二手に別れていたジーンザックは『レイゲツAR』で急速に接近している。チェイロの言葉に武人としての小気味良さを覚えながらも、ノヴァルナは「させるかよ!!」と言い放って、力強く操縦桿を引いた。重力子のリングで宇宙空間に足場を作った『センクウNX』は、『シンセイCC』に右腕一本で“背負い投げ”を仕掛ける。
超電磁ライフルを構えていたジーンザックの『レイゲツAR』は、発射直前に射点に飛び込んで来た『シンセイCC』の背中に驚いて射撃を中断した。代わりにノヴァルナ機に投げられた『シンセイCC』がライフルを取り出して、『センクウNX』を狙う。それに対して、ノヴァルナも『センクウNX』に超電磁ライフルを持たせる。古い西部劇で良くあるガンマンの早撃ち対決のような光景が起こり、間一髪、『センクウNX』が放ったライフル弾が、チェイロの『シンセイCC』の右脇腹をえぐり取った。
「ぐあ!」
ノヴァルナのライフル弾は、『シンセイCC』のコクピットの一部まで持って行き、丸いコクピットは右側三分の一程が宇宙空間にさらけ出される。NNLのサイバーリンクが切断され、機体の意識コントロールが利かなくなった。右側の操縦桿も反応がない。
だがノヴァルナの方も無傷では済まなかった。『シンセイCC』の背後にいた『レイゲツAR』の銃撃を受けたのだ。
▶#20につづく
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