#20
ノアの訴えは的確だった。ナグヤ=ウォーダ軍もサイドゥ軍も、今やセッサーラ=タンゲンの大艦隊の前に風前の灯火である。ノヴァルナの“恨みつらみは捨てろ”という言葉も、その現実を見据えて行動しろという意味だと、両軍の将兵は理解する。だがここで、つい余計な事まで口にするのがノヴァルナでもあった。
「おう。惚れ合ってる俺とノアの間を引き裂こうってヤツぁ、誰であれぶん殴る!!」
人前で“惚れ合ってる”などとぬけぬけと言い放つノヴァルナに、ノアは真っ赤な顔になってツッコミを入れる。
「こ…こらっ! そうじゃないでしょっ!! なに言ってんの!!!!」
「いーじゃねーか。もう俺の嫁なんだし」
「そうやって、すぐ調子に乗らない!」
常識的な人間であればこんな馬鹿げた放言は、危機的状況で聞かされても、到底納得はしないであろう。だが“この親にしてこの子あり”の逆で、ヒディラスもドゥ・ザンも、やはりノヴァルナとノアと同じ血がどこかに流れていたようだ。
「ワッハッハハハ!!!!」
笑い声を大きく上げたのは、“国を盗んだ大悪党”を自称するドゥ・ザン=サイドゥである。今のノヴァルナとノアのやり取りを聞いて、自分の娘が洗脳されているわけでもなければ、脅されているわけではなく、自分の考えで行動しているのだと感じ取ったのだった。そうしてガラリと思考を切り替える事が出来るのも、ドゥ・ザンの恐ろしさである。大胆不敵に宿敵ヒディラスの旗艦へ直接通信を入れて、親しげに語りかけた。
「いやはや、ひと月以上も行方をくらませておったかと思えば、婿探ししておったとは…とんだ不束者で恐れ入りまする、ヒディラス殿」
それに対するヒディラスも武に生きる者、やはり只者ではない。
「なんの。我が不肖の息子が、才女の誉れ高いノア姫殿のお眼鏡に適うとは望外の事」
そこで同時に口元を大きく歪めたヒディラスとドゥ・ザンは、それぞれ自らの軍に命令を発した。
「これよりナグヤ=ウォーダ家とサイドゥ家は盟友となった。全軍、敵はイマーガラ艦隊のみぞ! その場で共同し、これに当たれ!! 問答は無用である!!」
突如現れたノヴァルナとノアのいきなりの結婚宣言で、混沌としていたナグヤ=ウォーダ家とサイドゥ家の空気は、この命令で一気に同じ方向へ流れ始めた。セッサーラ=タンゲン率いるイマーガラ艦隊の撃退に向けてだ。
「おおおおおーーーッ!!!!」
二人の星大名の煽るような命令に、両軍艦隊から期せずして
「攻撃開始!」
「撃ち方はじめ!」
「一斉射撃! 撃て、撃て、撃て!!」
「全弾発射!!」
「全機、我に続け!」
ナグヤとサイドゥ両家の将兵も、内心では分かっていたのである…このままではイマーガラ艦隊の前に共倒れになると。互いに積年の恨みがある両軍であっても、目前の死を現実として突きつけられては、生き延びる事への執着が勝るのが人間である。それがノヴァルナとノアの破天荒な結婚宣言をきっかけに解き放たれたのだ。ビームと魚雷と誘導弾の奔流がイマーガラ艦隊へ叩きつけられた。
タンゲンの陣形が崩れ、イマーガラ家の全軍に動揺が走るのを、セルシュやヴァルツ、ドルグ=ホルタといった戦巧者が見逃すはずがない。
「タンゲン殿の本陣を衝く! 全艦突撃せよ!!」とセルシュ。
「セルシュ殿の動きに合わせろ。突撃!」とドルグ。
「一点突破! 食い破れ!」
猛将ヴァルツが自分を分断しているイマーガラ艦隊の突破を命じれば、それまでの敵であったサイドゥ家のコーティ=フーマも命令を下す。
「ヴァルツ殿の艦隊に続け。遅れを取るな!!」
イマーガラ艦隊旗艦『ギョウガク』では、各参謀が敵の一斉反攻に対して必死に指示を出していた。艦橋の窓から差し込む爆発の閃光が大きく、近いのは、敵からの攻撃が激しさを増しているからだ。
「防御陣形! 防御陣形を組め!」
「宙雷戦隊を呼び戻せ! 突撃して来る敵の横を衝かせろ。どれでもいい!!」
「怯むな! 我等の数的優位は変わらん。各艦長に冷静な対応を命じるんだ!!」
だが一度きたした指揮系統の混乱は、そう簡単に回復する事が出来ないのは、イマーガラ軍自身が、ナグヤとサイドゥの軍に対して仕掛けた奇襲で示した通りである。参謀達の命令の声も遠く、セッサーラ=タンゲンはギリリ…と歯を噛み鳴らした。そこに追い討ちをかけるように、通信回線がノヴァルナの高笑いを響かせる。
「アッハハハハハ!!!!」
「おのれ…」
タンゲンは双眸を血走らせて、ホログラム画面に映るノヴァルナの『センクウNX』を、憎々しげに睨み据えた。怒りに全身の血液が煮え立つのを覚える。
「おのれ、大うつけ…よくも我が年月掛けた計略を―――」
だがその言葉を言い終わらぬうちに、セルシュの『ヒテン』が放った主砲射撃を受け、座乗艦の『ギョウガク』が大きく揺れた。もう我慢がならない。席を蹴って立ち上がったタンゲンは、怒声混じりに全軍へ命令を発する。
「あの小憎らしい横着者を殺せ!! 奴と敵両軍の各旗艦だけを集中攻撃しろ!!!!」
とそこへ、通信参謀が蒼白な表情で駆け寄って来た。
「タンゲン様! 本国より緊急電です!」
「あとにしろ!!」と怒鳴るタンゲン。
「ですが主君ギィゲルト様の命による、第一級優先事項です!」
「うぬぅう…読め!!」
「はっ!…“発:イマーガラ家統合軍総司令部。宛:筆頭家老セッサーラ=タンゲン殿。本文:アーワーガ宙域星大名ミョルジ家、皇都宙域ヤヴァルトニ侵攻セリ。皇国貴族連合ヨリ当家ニ支援要請。全艦隊ハ即時作戦行動ヲ中止、本国へ帰還セヨ”以上です」
それはタンゲンにとってあまりに唐突で、意外で、極めつけの凶報だった。
「な…なぜだ!? なぜこのタイミングで―――」
次の瞬間、タンゲンは目を見開いていながら視界が真っ暗になった。脳から血の気が引いていくのを感じ、同時に意識が遠のいていく。そして床に崩れ落ちた自分の聴覚が捉えた、部下達の「タンゲン様!」「ご家老様!」と叫ぶ声を最後に、タンゲンは完全に気を失った………
「て、敵が…イマーガラ艦隊が撤退を開始しました!」
激しく射撃を繰り返しながらも後退を始めた、イマーガラ艦隊の姿をオペレーターが信じられないといった口調で報告する。
「勝った…のか?」
ナグヤ=ウォーダ家とサイドゥ家のいずれの兵も、撤退するイマーガラ艦隊を訝しげな表情で見据えていた。無論彼等の中に、イマーガラ家とセッサーラ=タンゲンの身に起きた事を知る者はいない。
並んで浮かべた『センクウNX』と『サイウンCN』の前で、パイロットスーツに身を包んだノヴァルナとノアは宇宙空間の中、次第に遠ざかる敵艦隊の光の帯を、寄り添い合って眺めていた。
今はただ、互いが生きている事を喜びとして………
【第16.5話につづく】
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