#17

 

 ノアの危機をお姫様抱っこで受け止めたノヴァルナ。だがその喜びを二人が確かめ合うには、まだ早かった。ほぼ同時に転がり落ちてきたオーク=オーガーが、金属棍を握りしめて突進して来たからである。


 三人が落下したのは三階層下、ノヴァルナが『センクウNX』で乗り込んだ最下層デッキのBSI格納庫から二区画先にある、二回りほども小振りな船外作業艇の格納庫だった。脱出ポッドと似た楕円形の本体に、低出力の推進機と四本のマニュピレーターを備えた作業艇が8機、二重のハッチを開けた4機ずつが、左右に分かれて格納庫の端に並び、外部扉へ通じるエアロックとの出入口の前に置かれている。

 ノヴァルナがノアを受け止めたのは、その作業艇格納庫の中央だった。五階層をぶち抜いた内部爆発の衝撃も最下層の床、つまり外部装甲までは貫けなかったという事だ。


「ガァァァキィィィーーーーーッッ!!!!!!」


 上半身裸のオーガーは、ここへ降りるまでに傷だらけになっていた。それが自分の血にまみれながら鬼の形相で突っ込んで来る。


「ったく! お呼びじゃねぇってんだ、ブタ野郎!!!!」


 両手が塞がっていては、銃をホルスターから抜いている暇はない。叫んだノヴァルナはノアを崩落した構造材の小山の頂きからフワリと放り出し、ノアを助けるために蹴り飛ばした、尖ったフレームを引っ掴むと一転、素早く振り返りながら槍代わりにオーガーに突き出す。


 だが格闘においてオーク=オーガーは圧倒的だった。ノヴァルナの突き出した尖るフレームを黒い金属棍で難なく跳ね返す。


「うぐ!」


「ヌガァアアアアっ!!」


 吠えたオーガーはノヴァルナのフレーム槍を弾いた勢いのまま、金属棍で横殴りした。咄嗟にフレーム槍で打ち防ぐノヴァルナだが、オーガーの怪力に吹っ飛ばされる。


「ぐあっ!」


 ノヴァルナは構造材の小山から転がり落ちて仰向けにひっくり返った。そこにオーガーが飛び降りて来て、両足で踏みつけようとする。跳躍した二百キロ近いと思われる巨体に踏みつけられては、ただで済むはずがない。その光景にノアは悲痛な声を上げる。


「ノヴァルナ!」


 しかしノヴァルナも身体能力は人並み以上だ。紙一重で横に転がって、オーガーの踏み付けを回避すると、さらに振り下ろして来た金属棍からも逃れる。だがそこは船外作業艇の一つの台座の根元であり、それ以上行き場所がなかった。するとノヴァルナが転がったその先に、放り投げたSSPがある。


 ノヴァルナは床に這いつくばったままSSPを左手で押さえ、右手で本体に刺さっていた金属片をつかんで引き抜いた。オーガーはノヴァルナの頭を叩き潰そうと金属棍を振り上げる。その瞬間を狙い、ノヴァルナはオーガーの足首にナイフのような金属片を突き刺した。


「ウガァッ!!!!」


 いくら怪物じみたオーク=オーガーであっても生き物である以上、幾つかは弱点がある。脂肪と筋肉で出来た、ダルマのようなオーガーでも腱などは脆いものだ。アキレス腱を刺し貫かれる激痛に、オーガーは野獣の如く絶叫する。だが反射的に蹴り出したオーガーのもう一方の足が、ノヴァルナの胸板を捉えて構造材の小山に激突させた。衝撃と大きな痛みにノヴァルナの口から呻き声が漏れる。


「アグゥッッ!!!!」


 結果的に相打ちのようになり、ノヴァルナも苦痛ですぐには動けなくなった。その近くで踏ん張りが利かないオーガーは、船外作業艇の開いたハッチに寄りかかる。


「こ、このガキィイイイ!!!!」


 憎々しげに言い放ち、オーガーは足首に刺さった金属片を抜いて放り投げる。その激痛に「ブギィッ!」と叫ぶと、血走った両眼を近くで起き上がろうとしているノヴァルナに向けた。あくまでも金属棍で殴りつけようという肚(はら)だ。


「く…そ…が」


 ノヴァルナも必死で立ち上がろうとするが、タイミング的にはオーガーが殴り掛かる方が早そうである。足を引きずりながら一歩を踏み出すオーガー。

 その時だった。ノヴァルナの窮地に、両手に手錠を嵌められたままのノアが猛然と駆け出し、叫び声を上げながらオーガーの巨体に体当たりを喰らわせたのだ。


「たああああああああ!!!!」


「ムウゥッ!!」


 さしものオーガーも片足だけでその巨体を支える事は出来ず、女性の体当たりであってもバランスを崩す。その拍子に手に握っていた金属棍を床に落とした。開いた状態になっている船外作業艇のハッチの縁に、背中を押し付けられる形となったオーガーは、片手でノアの細い首を鷲掴みにする。


「!!……」


 窒息状態となったノアは声も上げられず、苦しそうに手足をもがかせた。怪力のオーガーからすれば、パイロットスーツの上からでも、人間の女の首をへし折るなどは雑作もない事である。忌々しそうに猪のような鼻を鳴らし、ノアの首を絞める指先に力を込めようとする。


 だがノアの行動は無駄ではなかった。体当たりを喰らわせて時間を稼いだその間に、立ち上がる事が出来たノヴァルナが、拾い上げた黒い金属棍でオーガーの額をぶん殴ったからである。


「ブゲェエエッッ!!!!」


 自分の愛用の金属棍でカチ割られた額から、流血しながら悲鳴を上げるオーガーは、たまらず巨体をのけ反らせてノアの首を絞める手を放す。


 ただオーガーのしぶとさは、ノヴァルナもよく理解していた。そして艦の最期が迫る状況で、こんな事をしている場合では無い事も。もう一発オーガーの頭を殴り付けたノヴァルナは、金属棍を放り出し、真顔でノアを振り向く。


「ノア!」


「ええ!」


 ノアはノヴァルナの意図を察知して頷いた。よろめきながらもまだ倒れないでいるオーガーを二人で力を合わせ、背後に口を開ける船外作業艇のハッチの中に押し込める。そして外から素早くハッチを閉めると、台座に取り付けられている緊急時に作業艇を船外に投棄するための、緊急時射出レバーを思い切り倒した。

 赤いランプとけたたましいブザーが鳴り、作業艇はエアロックの中に移動して直後、頭を二度強打され、何が起きたのかまだ理解出来ていないオーガーを乗せたまま、『ヴァルヴァレナ』の外に射出される。今はノアと共に『デラルガート』に逃げ込む事が最優先であり、オーガーにとどめを刺している余分な時間はない。


 それを確認して見つめ合い、お互いが無事なのを確かめるノヴァルナとノアだったが、すでに時間は超過してしまっていた。内部の誘爆が限界点に達した『ヴァルヴァレナ』の艦体が、本格的に崩壊し始めたのだ。


 激しい衝撃が船外作業艇格納庫を襲い、ノヴァルナとノアは床に投げ出された。同時に各作業艇の台座から伸びるパイプの数本にひび割れが起きて、そこから冷却用のガスと思われる白い煙が勢いよく噴き出し、さらにいくつかの装置が小爆発を起こして炎が上がる。

 そしてその直後、ノヴァルナとノアにとって最悪の事態が発生した。オーク=オーガーを閉じ込めて投棄した、船外作業艇のエアロックのハッチが粉々に弾け飛んだのだ。強制射出で周囲の装甲板やフレームなども外れたため、強度が一気に低下したところに、誘爆の衝撃を受けたのが原因だった。

 ハッチのあったところに大穴が開き、船外作業艇格納庫の大気が物凄い勢いで吸い出され始める。ノアの体が持ち上がり、穴に向かって飛ばされた。




▶#18につづく

 

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