#23

 

 そのマーシャルはもちろん敗北を易々と受け入れる気はない。アッシナ家第二陣の砲撃に出血を強いられつつも新たな陣形を再編し、傘のような円錐陣形を組み上げた。円錐陣形自体は珍しいものではないが、マーシャルがここで組ませた円錐陣形は、傘の部分を戦艦によって構成し、その裏側に巡航艦や駆逐艦を置く、特異な形状をしている。戦艦の重装甲と火力を盾にして、敵陣の中央にねじ込んでいくためだ。


「全艦全速前進! 敵陣を一点突破し、セシルの部隊と合流する!」


 マーシャル=ダンティスはそう命令すると、司令官席に悠然と背中を沈めた。


 もはやこれ以上この不利な状況で小細工を弄しても、戦力が先細るだけだと決断したマーシャルは、アッシナ家本陣へ向けて前進する事を選んだ。それは、八方ふさがりでヤケになったわけではなく、それが唯一、この状況を逆転できる手だからであった。そのための戦艦群による防御の傘なのだ。


「BSIと攻撃艇は戦艦の間に入って、新たな命令があるまで敵の機動兵器の迎撃に専念しろ」


「戦艦部隊、前方に向け主砲一斉射撃!」


「技術工作班は引き続き、トラップデータの解除に努めよ」


 参謀達がそれぞれに指示を出すに任せて、マーシャルは傍らに控える副官のリアーラ=セーガル少尉に顔を向けて尋ねる。


「俺の『ゲッコウ』は?」


 その問い掛けにリアーラは、コクリと小さく喉を鳴らしてから返答した。


「…いつでも出られます」


 リアーラにはマーシャルの、セシル艦隊と合流しようとしている意図が理解出来た。セシルにマーシャル本隊も合わせた残存艦隊の指揮を任せ、自分はBSHOでアッシナ家の総旗艦『ガンロウ』に突撃するつもりなのだ。BSI部隊に戦艦を盾にして迎撃に専念するよう命じたのも、自分の突撃に全BSIを連れて行く算段に違いない。リアーラから『ゲッコウVF』がいつでも出られると告げられたマーシャルの顔は、すでに司令官から、勇猛果敢なBSIパイロットのものに変わっていた。




 ダンティス軍戦艦部隊の一斉射撃に、アッシナ家筆頭家老ウォルバル=クィンガが指揮する、第二陣前衛は驚きと共に、爆発の閃光で取り囲まれた。機動戦闘で宇宙魚雷を放っていた、複数の駆逐艦が主砲の直撃を喰らい、一瞬で消し飛ぶ。


「戦艦だけで円錐陣を組んで接近して来ます! 艦数46隻!」


「円錐陣中央…総旗艦『リュウジョウ』です!」


 ダンティス軍総旗艦が自ら前衛に出て来た事に、アッシナ家第二陣は俄然色めき立った。当主マーシャル=ダンティスを討ち取れば、報酬は思いのままだ。功を焦ったアッシナ軍の艦艇が、バラバラにマーシャルの総旗艦『リュウジョウ』に向かって突進を始める。


 だがそれこそがマーシャルの狙いであった。単艦または少数の部隊で突っ込んで来るアッシナ軍艦艇に対し、円錐陣の傘を構成する戦艦群が砲撃を浴びせる。たちまち大威力のビームを容赦なく叩き込まれて粉々になる。マーシャルは自分の艦を囮にして、敵の足並みを乱すつもりだったのだ。

 しかし当然ダンティス軍の戦艦も無傷では済まない。各艦のシステム障害はそのままであり、アクティブシールドが作動しないため、艦体を直接覆うエネルギーシールドだけでは、敵戦艦と相対した時に不利になってしまう。事実、円錐陣形を展開して程なく、旧式戦艦が3隻、脱落し始めた。

 ただやはり戦艦というだけあって、巡航艦クラス以下の主砲では、エネルギーシールドと分厚い装甲はそう簡単には撃ち抜けない。撃破上等で強引に前進するダンティス軍に、やがてアッシナ家第二陣は、ダンティス軍の戦艦円錐陣の前に、じりじりと後退を余儀なくされだした。


 その光景にアッシナ家第二陣司令官のウォルバル=クィンガは、苛立ちをあらわにする。


「チィ! 独眼竜め、小癪な!」


 実はマーシャルのこの手はクィンガが、行われたら一番厄介だと危惧していた手であった。事情は分からないが、ダンティス家全軍が混乱を起こし、戦況こそ自分達に有利に進んでいたが、マーシャルの本隊とでは総合火力の点で、かなり劣っている。特に戦艦の数においては半分ほどの数しかない。それゆえに本陣に増援を要請していたのだが、本陣を事実上仕切っているサラッキ=オゥナムは、様子を見るなどと言って動こうとしなかった。


 そして綻びはすぐにやって来た。マーシャルの総旗艦目がけて、独断で仕掛ける艦が続出していたタルツ=サーゼスの艦隊が、ダンティス家の戦艦円錐陣から集中攻撃を喰らい、多数の艦の爆発に加え、各々なお艦が勝手に回避行動を取ったため、艦隊が散り散りになったのだ。好機とばかりにマーシャルの命令が飛ぶ。


「後衛部隊、空母を残して敵の陣形にあいた穴に飛び込め! 巡航艦と駆逐艦からだ。敵陣を喰い破れ!!」




▶#24につづく

 

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