#22
高機動力が持ち味のBSIに対する、宇宙艦艇のアキレス腱と言える重力子ノズルを破壊して回り、迎撃部隊の航行能力を叩いたノヴァルナは、『センクウNX』にカールセンの別動隊の後を追わせた。そして今の戦闘でもしかしたら、今のダンティス軍の状況を打開出来るのではないかという、ヒントを得ている。
「カールセン。聞こえるか?」と通信機に呼び掛けるノヴァルナ。
すると、五、六秒経ってようやくカールセンからの返事が届いた。別動隊も超空間通信が使用不能となっているため、通常の電波通信に頼らざるを得ないのである。秒速単位の超高速で移動している以上、少しでも時間が経過すれば双方の距離は恐ろしいほどに開いてしまう。
「………こちらカールセン。何かあったか?」
ノヴァルナは内心で舌打ちした。こんなタイムラグがあっては、細かい確認のやり取りは致命的なだけだ。一足飛びに本題に入り、あとは実際に試してみるしかなさそうだ。
「おう。例のNNLに仕掛けられてたトラップの解析データを、俺の機体に全部転送してくれ。今すぐにだ!」
「………了解。いま送る」
さすがにカールセンは飲み込みが早いと、ノヴァルナは感心した。向こうでもこの通常通信のタイムラグに、危機的な遅れを感じたのだろう。返信と同時にデータ転送が始まった。ただこれがまたデータ量が多く、通常通信ではすぐに届かない。苛立ちを覚えたノヴァルナはヘルメットを外し、『センクウNX』をカールセンの『デラルガート』に追従するよう設定して自動操縦に切り替え、さらにメインコンピューターを総旗艦モードに変えた。
“総旗艦モード”とは『センクウNX』などBSHOの中でも星大名自身や、その家督継承権を所有する者が搭乗する機体にのみ搭載される機能で、通信能力や情報処理・演算能力が飛躍的に向上するモードであった。
本来なら実際の総旗艦のメインシステムとリンクしてこそ、百パーセントの能力を発揮するのだが、ノヴァルナの専用艦『ヒテン』はここになくとも、『センクウNX』の情報処理・演算能力は相当な向上を見せる。
すると程なくして解析データの転送が完了した。即座にノヴァルナは幾つかのホログラムスクリーンをコクピット内に浮かび上がらせ、そのデータを検証し始める。
“バルシャーとかいう野郎の艦がいる辺りまで、あと10分ほど。それまでに何とかしねぇと、全部がアウトだぜ!”
NNL(ニューロネットライン)が使用出来ないだけであれば、封鎖解除キーを手に入れる前のダンティス家はまさにそうであり、不利な状況の中で、ムツルー宙域の完全支配を目指すアッシナ家を始め、周辺宙域のセターク家やモルガミス家といった、関白ウォーダ家から忠誠と引き換えに宙域支配を安堵され、NNLを通常通り使用出来る星大名を相手にこれまで善戦して来た。
だが関白ノヴァルナの罠に嵌り、NNLだけでなく超空間通信や、統合戦術システムにまで機能を封鎖または一部停止させられては、さすがに分が悪すぎる。
ダンティス家は副将セシルが、指揮下の第二陣を再編した臨時艦隊を、アッシナ家の本陣と第二陣の間に割り込ませ、本陣と後詰めの第四陣を一つにまとめたマーシャルの本隊の逆撃で、一時的にアッシナ軍を押し返していた。
特に血気に逸り過ぎて、マーシャルの直率部隊の前にまで飛び出した、アッシナ軍先鋒のタルガザール=ドルミダスの艦隊は、マーシャルの座乗艦『リュウジョウ』からも主砲射撃を喰らった結果、タルガザールの旗艦を含めた僅か6隻まで撃ち減らされて逃走している。
だがあくまでもそれは一時的なものであって、やはり各システムに障害を発生させたままの状況では、時間の経過と共に損害が増大し、再び劣勢となって来ていた。
とりわけBSI部隊の苦戦が著しい。操縦自体はローカルモードにしたNNLのサイバーリンクで、通常通りの性能を発揮出来るのだが、こういった多数のBSIが入り乱れる大規模艦隊戦では、母艦や味方の艦隊とのデータリンクがきわめて重要で、単機のセンサーでは捕捉が不可能な位置から狙撃を受け、破壊されてしまう。
そしてBSI部隊の劣勢はすなわち艦隊の劣勢に繋がる。小回りの利くBSIの高機動戦闘は特に大型艦には厄介な相手で、大数量で艦自体の撃破を狙ってくるのは勿論、少数機でもノヴァルナがやったような重力子ノズルの破壊や、防御の要であるアクティブシールドの破壊を行われると、対艦戦闘そのものが障害を受けるのだ。
座乗艦の『アング・ヴァレオン』にも敵の命中弾があり、巨大な戦艦が僅かに震える。セシル=ダンティスは戦力がすり減って行く中で、オペレーターに冷静な口調で尋ねた。
「マーシャルの部隊はどうだ。まだ前進出来ないでいるか?」
「はい。アッシナ軍のクィンガ艦隊が壁になっており、それが破れないご様子」
オペレーターの悲観的な報告にも、セシルは「わかった」と落ち着いた口調で返答した。セシル艦隊は四十数隻あった艦数が、アッシナ家からの反撃で、およそ半数の23隻にまで撃ち減らされている。特にエネルギーシールド出力や装甲防御力の小さい軽巡と駆逐艦は、ほぼ全滅状態である。無理もない。機動性が持ち味の軽巡や駆逐艦に、踏みとどまって敵と撃ち合いをさせているのだから。
艦橋から肉眼で見える位置にいる味方の打撃母艦が、敵の戦艦の主砲射撃と思われる太いビームを立て続けに喰らって大爆発を起こす。漆黒の宇宙に赤い花を描き出したようなその光景に、セシルは動揺こそ見せなかったが、僅かに唇を噛んだ。
「空母『カルゲル・リューゼア』爆発!」
ああ…また古い友人が逝ってしまった、とセシルは内心で呟いた。爆発した打撃母艦『カルゲル・リューゼア』は艦齢が四十年を超え、自分やマーシャルの生まれる前からダンティス軍宇宙艦隊の中核にいた、古参の艦である。ここまで数々の戦場を生き延び、艦隊の乗組員達からは、“リューゼアおばさん”の呼び名で親しまれていた。
「セシル様。限界かと…」
「撤退をお考えになられた方が…」
居並ぶ参謀達が控え目に意見を述べ始める。弱気になったのではない。冷静に判断しての意見であった。何より今の戦況はセシル自身も充分把握している。だが、この戦いの前にマーシャルが言ったように、ここで敗北すると、もはやダンティス家に立ち直る力はないのも確かだ。
撤退に同意する代わりにセシルは参謀達に尋ねた。戦闘時の性別を感じさせない硬い口調ではなく、柔らかな女性的な口調であった。
「みんな、命は惜しい?」
その言葉に参謀達はハッ!となり、直後に穏やかな目で一斉に首を左右に振る。セシルは微笑みを湛えて「ありがとう」と応じると、居ずまいを正して、言葉こそ硬いものの口調は柔らかいままで告げた。
「我々は最後の一艦までここに留まる。なお、全艦に伝達。脱出したい者は救命ポッドで艦を離れ、アッシナ家に降伏するように。またこの指示に従って脱出しようとする者を、強制的に引き留める上位者は、その場で銃殺に処す…と」
そしてセシルは胸の内でマーシャルに発破をかける。
“あたしを失望させないでよね、マーシャル。あたしはあなたなら、いずれ関白ノヴァルナをも倒して、銀河を手に入れられると思ってるんだから………”
▶#23につづく
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