#15

 

 ナグヤ=ウォーダ家ミ・ガーワ方面軍本拠地、ヘキサ・カイ星系にうっすらと漂う白いガス雲を突き抜け、イマーガラ艦隊の宇宙戦艦群が前進しつつ主砲を放つ。各戦艦は遠隔操作式のアクティブシールドを、艦の前方に六枚も重ねて配置していた。


 そこに戦艦群の主砲射撃をシールドで受け止めた、アージョン宇宙城の城塞主砲の反撃が、宇宙空間を貫いて浴びせられる。

 咄嗟に左へ舵を切る一隻のイマーガラ軍宇宙戦艦は、大口径ポジトロンキャノンの被弾に、四枚のアクティブシールドを失いながらも、艦体直撃を回避し、再び主砲を放った。




イマーガラ軍による、ウォーダ家アージョン宇宙城攻防戦の一幕である―――




「宇宙城対艦自動砲台群、敵BSI部隊の攻撃により被害甚大!」


「敵BSI部隊の一部に、城へ取り付かれました!」


「防衛砲艦部隊、損耗率20パーセント!」



「第5戦艦戦隊を応援に回せ。抜けた穴は重巡部隊を先行させて補え!」


 ナグヤ家第2宇宙艦隊旗艦、『ヒテン』の艦橋に響くオペレーターの声に、司令官代理の次席家老セルシュ=ヒ・ラティオは即座に命令を下す。艦橋に浮かぶ複数のスクリーンはどれも、壮絶な艦隊同士の砲撃戦や、BSI同士の格闘戦を映し出している。


「こちらに向け、敵の宙雷戦隊が右舷前方より接近中!」


「右翼第11宙雷戦隊に迎撃させろ!」


 そう叫んだのは参謀の一人だった。自分の艦隊レベルの指示は参謀に任せ、セルシュは艦橋中央に浮かぶ戦術ホログラムで、全体の戦況を確認する。




“戦況は芳しくない…”




 戦術ホログラムを見詰めるセルシュの、眉間の皺が深くなった。


 司令官のノヴァルナの行方不明により、セルシュが司令官代理として預かったナグヤ家第2艦隊は、当主ヒディラス直率の第1宇宙艦隊に次ぐ戦力を誇る。その陣容は2個戦艦戦隊、1個航宙戦隊、2個重巡戦隊、4個宙雷戦隊からなり、戦艦11、重巡10、軽巡16、打撃母艦2、駆逐艦34、その他6と、かなり強力だった。


 そしてこれにアージョン宇宙城の防衛戦力を、3個艦隊程度と見積もれば、相当なものとなるはずである。

 だがそれに対するイマーガラ艦隊は、あまりにも数が多かった。大小合わせて五百隻近い戦力が殺到して来たのだ。それを考えれば、方面軍司令官のルヴィーロ・オスミ=ウォーダはアズーク・ザッカー星団で、むしろ善戦したと言っていい。


 セルシュはホログラム上を動く敵艦隊の動きを睨み付けた。イマーガラ家の“二つ引き彗星”の家紋を記した大艦隊が、鶴翼の陣の両翼を伸ばし、ナグヤ第2艦隊とその後方のアージョン宇宙城を包囲しようとしている。艦の数にものを言わせた単純なやり口だが、密度と速度の統制に関する隙のなさは、宰相セッサーラ=タンゲンが指揮を執っているだけの事はある。


 そのタンゲンが座乗する旗艦を含む、敵第2艦隊は、鶴翼の陣の中央後方に陣取っているようであった。


“現状を打破するには、タンゲン殿を直接叩くしかないか…”


「各戦隊に、即座に機動戦闘に移れるよう、準備を命じよ」


 参謀にそう命じて、セルシュはさらに敵艦隊の陣形の変化を凝視する。一分…二分と経ち、ナグヤの次席家老の双眸はギラリと光った。戦隊ごとに動く敵陣形の一部に、僅かながら齟齬が起き始めている。


“ここだ! ここを一点突破して包囲陣形を貫き、敵の本陣を潰す!”


 タンゲン直率の1個艦隊だけなら、自分達の艦隊戦力でも戦える―――そう判断したセルシュは、参謀に告げた。


「各戦隊に先程の命令は伝達してあるか?」


「はっ! 各戦隊待機中であります」


「うむ。では全戦隊、今の位置のまま前進。ただし我が命令に合わせて、我が戦隊を中心に紡錘陣形に移行し、敵陣形指定箇所に突撃を敢行せよ!」


 セルシュの命令に応じ、ナグヤ第2艦隊は一斉に前進を始めた。それは一見するとイマーガラ艦隊の陣形の、膨張に合わせて防御面積を広げるような動きである。


「戦艦部隊、敵陣指定箇所に砲火を集中せよ!」


 叫ぶように命じたセルシュの言葉に応じ、乗艦の『ヒテン』をはじめ、戦艦六隻で構成された第3戦隊が、斜傾陣をとって主砲を斉発した。二百発近い大口径ポジトロンキャノンの青い曳光ビームが集中した先は、包囲陣形を取りつつある二つのイマーガラ軍重巡戦隊の間隔が、他の戦隊より不安定となっている。

 二つの敵重巡戦隊は防御のためこちら側に、全てのアクティブシールドを向けてはいたが、立て続けに命中する戦艦戦隊の主砲の威力の凄まじさに、たまらず回避行動をとった。戦隊の間隔がさらに開くと、セルシュは即座に自軍の陣形を変更させる。


「よし、全艦紡錘陣! 突撃!!」


 命令に素早く反応して、第2艦隊は滑るような挙動を行い、滞りなく陣形を改編した。


 ナグヤ第2艦隊は代々、次期当主が司令官を務めており、ノヴァルナの先代は現当主のヒディラスが司令官であった。

 次期当主を守護する役目もあって、非常に練度の高い第2艦隊は、包囲陣形を取るために厚みを失ったイマーガラ艦隊の亀裂をこじ開け、その背後の宇宙空間に飛び出していく。イマーガラの重巡が三隻、これを阻止しようと砲火を浴びせるが、逆に包囲陣を突き破るナグヤ艦隊から、行きがけの駄賃とばかりに反撃を喰らって爆発四散した。


「敵陣突破に成功。前方、イマーガラ軍第2艦隊!」


 セルシュの旗艦『ヒテン』のオペレーターが報告する。


「重巡部隊は敵包囲陣からの攻撃に対処。宙雷戦隊は敵本陣に突撃!」


 セルシュは老練な武将らしく、矢継ぎ早に命令を続けた。タンゲンの本陣を速攻で突き崩さなければ、アージョン宇宙城が危機的状況に陥る事になるからだ。


「直掩のBSI部隊も全て出せ! 戦艦群はタンゲン殿の『ギョウガク』を狙撃だ!」




「老いてなお盛ん…と、言うべきであろうかな」


 イマーガラ家宰相、筆頭家老のセッサーラ=タンゲンは、座乗する旗艦『ギョウガク』の艦橋で、メインスクリーンが映し出す、ナグヤ家第2艦隊の包囲陣突破を、さしたる脅威とも思わぬ表情をして眺めていた。いやむしろ東洋の龍を思わせるドラルギル星人の顔には、僅かだが愉悦の色すら浮かんでいる。


 タンゲンの傍らに立つ参謀も同様の表情で、勇戦するセルシュの艦隊を称賛した。


「さすがナグヤの重臣、セルシュ様…かの御仁でなければ、我が包囲陣の隙を見抜いて頂けないところでした」


 参謀のその言葉にタンゲンはおもむろに頷く。遠望深慮が代名詞のようなタンゲンであるが、少なくともこの瞬間は、武人としての駆け引きに純粋な喜びを見出している。


「そうであればこそ、罠の張り甲斐があろうというもの。ヒディラス殿も単にあの“大うつけ”の後見人というだけで、精鋭第2艦隊を任されたのではない証よ」


 するとこの遠征で風邪を引き込んだらしいタンゲンは、二つ三つと軽く咳をした。同時に座乗艦『ギョウガク』の前方に展開した、膨大な反発エネルギーを持つ十枚のアクティブシールドの一面に、ナグヤ艦隊からの砲撃が命中して青いプラズマを放つ。咳を収めたタンゲンは頃合いとばかりに命令を下した。


「第5、第8、第9艦隊。作戦開始だ」




▶#16につづく

 

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