#12

 

 その幹部の言葉を聞いたオーガーは、アルコールの影響で充血気味となった両眼を、カッ!と見開いて怒鳴った。


「なにィ! あの記録映像のガキか!!!!」


 オーガーが口にした記録映像とは、タペトスの町でレジスタンスと繋がりのある、自動車整備士のカールセン=エンダーと、その妻を捕らえようとした際に突然現れ、こちらの小型多脚戦車―――多脚戦車モドキを奪って大暴れし、エンダー夫妻はおろかレジスタンスまでも逃走させる結果になった、正体不明のヒト種の少年を、他の小型多脚戦車が撮影していた記録映像の事だ。


 その後、エンダー夫妻と懇意にしている近所の住民を暴力混じりに詰問して、少年がノバックという名で、ノアという名の少女と共にエンダー夫妻がどこからか連れて来た、という事が判明していた。

 しかも映像を見たオーガーの部下達の話では、このノバックとノアの二人組は、それ以前にもサンクェイの街で部下達と戦闘に及んでおり、またエンダー夫妻とレジスタンスの生き残りが、北部の宇宙港から貨物宇宙船を奪って惑星から逃亡を図った時にも、このノバックという少年が加わっていたらしいのだ。この件ではオーガー一味にとり、まさに疫病神のような存在である。


 そんな疫病神のような少年が向こうから通信を入れて来ては、オーク=オーガーも一気に頭に血が上ろうと言うもの。駆けこんで来た幹部に、オーガーは吠えるように命じた。


「通信をこっちへ回せ!」


 その幹部が通信機のコントロールパネルに歩み寄って、機器を操作すると、オーガーの目の前に平面スクリーンのホログラムが展開する。そこに映っているのは紛れもなく、あの記録映像に捉えられていたノバックというヒト種の少年だ。

 紫がかった長めの黒髪の左側の一部には、ラメがキラキラと光るピンク色のメッシュが入っており、一見すると女性と見まがうような美しい顔立ちをしているが、その眼光は鋭く、何より口元を大きく歪めた不敵な笑みが、攻撃的な印象を強く与える。


 そしてスクリーンに映るノバック―――ノヴァルナが開口一番、吐き捨てるように言い放った言葉がその攻撃的な印象を、揺るぎないものにした。


「おせーぞ、このブタ野郎!! 人がわざわざこっちから連絡してやってんのに、待たせるんじゃねーよ! どんくせーヤツだぜ、ったくよォ!!!!」


 いきなり往復ビンタでも喰らったかのように、ノヴァルナの言葉を聞かされたオーガーは、思わず「ブゴッ!」と本当に豚のような音を立てて鼻を鳴らした。咄嗟の事ですぐに言い返す言葉が出ない。反射的に自分達のピーグル語で何か言おうとする。


「ギ、ギザッシュ・ガブ…ガブ…」


 するとノヴァルナは傘にかかって畳みかけて来た。


「あぁ!? 何言ってっか、わッかんねぇぇぇなぁ!!!! まぁ、どうせ頭の悪いブタ野郎の言う事なんざ、たかが知れてるってもんだがなあ!!」


 ノヴァルナのその言い草にキレたオーガーは、傍らに置いていた、例の黒い六角の金属棍を掴み取って、ホログラムスクリーン相手に振り下ろす。無論、単なるホログラムであるため、金属棍はノヴァルナの映像の頭からすり抜けるだけだ。そんなオーガーの反応に、ノヴァルナはいつもの高笑いを放った。


「アッハハハハハハ!! マジで馬鹿じゃねーか。ホログラムの頭をぶん殴ったヤツなんざ、初めて見たぜ! アッハハハ!!!! こいつはいい!!」


「ぬぐぅ! ガキが、ぶっ殺してやるぞ!!!!」


 オーガーがそう咆えると、ノヴァルナは笑いを収めて、横柄な態度はそのままに本題に入る。


「ふん。気が合うな、ブタのおっさん。俺もてめぇをぶっ潰してぇと思ってんだ。そこで一つ、いいものを見せてやるぜ」


 ホログラムスクリーンの中でノヴァルナがそう言うと、別の映像データがオーガー達の『センティピダス』へ転送されたらしく、新しいホログラムスクリーンがノヴァルナの映像の左脇に、やや小ぶりに展開した。そしてその新たなスクリーンが映し出すものを見てオーガーは、いや…オーガーだけでなく、居合わせた幹部やレブゼブ=ハディールまでもが、飛び上らんばかりに驚いたのである。


 そこに映し出されていたのは、黒煙を上げて燃え広がるボヌークの原料、ボヌリスマオウの農園の光景だったのだ。


「気に入ってくれたかい? 俺からの独占映像」


 不敵な笑みを浮かべて告げるノヴァルナ。こうなるともはや、どちらが悪役か分からなくなりそうなほど、挑戦的な態度だった。まぁノヴァルナ本人が、正義の味方を気取るつもりもないのだから、当然と言えば当然だが。


「むおおおおおッッッ!!!! おッ!…俺の農園がぁああああ!!!!」


 一瞬で酔いを醒まされたオーガーは、表情を凍てつかせて絶叫した。


 しかも映像の一部が拡大されると、ボヌリスマオウに火を掛けて回っているのが、農園で働かされている、あの中古ロボット達であると分かる。カールセンが惑星パグナック・ムシュの集中統括管理センターでロボット達のプログラムを改変した内容は、まさにこれであったのだ。


 狼狽するオーガーに、ノヴァルナはさらに口元を大きく歪めて告げる。


「てめぇの農園は全部で千と二十三。ロボット共は一日百個の農園で、ボヌリスなんとかってぇ草に、火を放つようにプログラムしてある。つまり十一日後にはてめぇの農園は全部、焼野原になるってこった!」


「ぐッぬッぎッ! このガキがぁあああああ!!!!」


「おう。悪党の悔しがるサマってのはァ、気分がいいもんだぜ! アッハハハハハ!!」


 散々と煽っておいてノヴァルナは斜に構え、本題を切り出した。


「てことでブタのおっさん。単刀直入に、決着をつけようじゃねーか!」


「なにぃッ!!??」


「てめぇの乗ってる、そのでけぇポンコツムカデを、そっから南東にあるサーナヴ台地とかいう場所に持って来い。一日もありゃあ着くだろう。そこで俺達に勝てたらコイツをくれてやるぜ」


 そう言ってホログラムスクリーンの中で、ノヴァルナは何かツヤのある、スティック状の物を握る左手を掲げて見せ付ける。オーガーはそれを、自分の農園に火をかけているロボット達の、コントローラーの類いだと判断した。


「てめぇ! 何を―――」


 勘違いしてやがる…とオーガーは逆に住民達の命を盾に、ノヴァルナに降伏を迫ろうとした。ところがノヴァルナはそれを察していたのか、自分の言葉でオーガーの言葉を遮る。


「逃げるんならいいぜ。だがてめぇの農園はお終いだ。あとはその星の上を、本物の豚のように這い回ってな!」


「ぬがぁッ! 許さねぇぞ、ガキが!!!!」金属棍を振り回して激高するオーガー。


「じゃ、そーゆー事で。豚が丸焼きになるのを、楽しみに待ってるからな!!」




 工作艦『デラルガート』の艦長席で、ノヴァルナは言いたい事だけ言って、一方的に通信を切らせた。あとは向こうでオーガーがどれほど荒れ狂っていようと、知った事ではない。その一方で、彼の傍らにいるカールセンとルキナの夫婦は、ノヴァルナの本領発揮となった、傍若無人な今の通信に目を丸くしていた。そしてノアは「まったく、もう…」とため息混じりに呟く。


「まぁ、こんだけ挑発しときゃ、ぜってー奴もやって来るだろうぜ」


 ノヴァルナはそう言い捨てて、座席をクルリとノア達の方へ向けた。そして左手に握っていたスティック状の物を、両手に持ち変えて不意にへし折る。ノヴァルナに意味深に見せ付けられ、オーク=オーガーがロボット達のコントローラーだと考えたそれは、ツヤのある包装が裂けて中からチョコレート菓子が現れた。


 二つに割ったそのチョコレート菓子の、一方にかぶりついたノヴァルナは、味が気に入った様子で目を見開くと、もう一方を「ん」と言いながら、呑気そうにノアに差し出す。するとノアは僅かに苦笑しながらも、ノヴァルナの差し出した菓子を受け取り、自分の口に運んでかじりついて見せた。


 そんなノアの対応を、年長の女性のルキナは“あらあら”と睦まじそうに眺める。一国の姫君としてのしとやかさより、多少行儀が悪くてもノヴァルナの厚意に応える方を選んだからだ。




「しかし、おまえさんもやる事が、無茶苦茶だな―――」


 とカールセン。こちらは表情が完全に苦笑である。


「一日百個の農園とか、何だい…今頃はもう全部の農園が、燃えてる最中だぞ」


 カールセンが惑星パグナック・ムシュで、オーガーのボヌリスマオウ農園のロボット達へ施した本当のプログラム改変は、もっと単純で、自分達の船が惑星を離れて24時間後に、全ての農園でボヌリスマオウに火を放てというものだったのだ。

 つまりノヴァルナがオーガーに告げた、いかにも戦いに勝てばロボットの放火を止める事が出来そうな物言いは、コントローラーに見せかけたチョコレート菓子も含め、全てがデタラメなのである。


「ま、どのみち、俺達が奴等をぶっ潰すんだから、同じだろーぜ!」


 あっけらかんと言い放ったノヴァルナは、ノアに向き直り、今度は少々真剣な眼差しで訊く。


「ところで、ノア。さっき言った話はマジなのか?」


 ノヴァルナの意を汲んで、ノアも表情を真顔にし、「ええ」と応じる。そしてアンドロイドが運用する『デラルガート』の艦橋の中央まで進み出て、大きなホログラムを立ち上げた。惑星パグナック・ムシュのあるRZ-14802星系周辺の星図である。そこには直径が百光年単位と思われる巨大な青い円盤が描かれている。そしてその脇に立ったノアは静かに告げた。


「私達は、元の世界に帰れる…ただしその期限はあと五日しかないわ」




▶#13につづく

 

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