#11

 

 サラッキ=オゥナムとスルーガ=バルシャーは二年前、嫡流が断絶したアッシナ家が、隣国ヒタッツの星大名ギージュ=セタークの次男、ギコウを新当主として迎え入れる際に、ギコウを補佐するためにセタークから派遣されて来た家臣団の代表である。


 だがそれと同時に、セターク家当主のギージュがオゥナムとバルシャーに命じたのは、元からアッシナ家に仕えていた家臣団の排除だった。それにはギコウが当主となる事に反対し、宿敵のダンティス家から当主を迎えようとした一派はもちろん、ギコウの当主に賛成し、尽力さえ行った筆頭家老ウォルバル=クィンガまでもが含まれている。要は次男をムツルー宙域支配のための傀儡に据えようというのが、ギージュ=セタークの思惑であった。


「ふん…貴様。どうせかつて反ギコウ様派であった家臣団の部下の間に、そのボヌークとやらをバラ撒くつもりであろう?」


 オゥナムがそう尋ねると、バルシャーはコウモリに似た顔の大きな口を歪め、鋭い犬歯を見せながら「ククク…」と笑う。その様は間接照明で光度を落とした執務室の中では、悪魔的な笑みに映っていた。


「ダンティス家さえ征服すれば、この辺境宙域は同盟関係にある宙域国ばかりとなる。セターク家が中央へ向かうためにも、ダンティス領を併呑したアッシナ家の内政の安定は、最重要課題…領地でボヌークの蔓延を許した重臣達は、綱紀粛正の対象となるが必然というもの」


「それはいいが、やり過ぎると謀叛を起こす可能性もある」


「むしろやらせればよい。こちらはギコウ様を擁しているのだ。逆賊として、惨めな最期をくれてやるだけだ」


 さらりと言い放つバルシャーに、オゥナムは片方の眉を上げて告げる。


「相変わらず容赦ないな。まあその辺りが、ギージュ様の卿を選んだ理由であるだろうが。だがどうする? 解除キーを奪われたは事実…責は、誰かが負わねばらんぞ」


「容易い事。クィンガに責任を取らせる」


「なに?」


「幸いにもいま我が軍は全て、ダンティス家との決戦に向けて動いており、クィンガも解除キーの方まで手を回せてはおらん。この機を利用するのだ」


「どういう事だ?」


「おそらくダンティス家は我等との決戦の場で、封鎖を解除したNNLを使用するに違いない。そこで当家のNNL管理を統括するクィンガが、ダンティス家に内通しているという噂を、ギコウ様の耳に吹聴しておけば…」


 バルシャーの企てに、オゥナムは目を見開いて言う。


「呆れた奴だ。筆頭家老に濡れ衣を着せるつもりか?」


 それに対しバルシャーは、ワインの残るグラスをオゥナムに軽く突き出して反論した。


「何を言う。全くの濡れ衣という訳ではあるまい。クィンガはNNL統括であり、コピーを含む解除キーの管理も、最終的には奴の責任だ。であるからこそ奴もオーガーに対して、上司たる我を頭越しに、直接奪還を厳命したのだろう。その責任を果たせず、ダンティス家に戦場でNNLを使わせたとなると、これは明らかに利敵行為というものだ」


「随分と乱暴な論法ではあるがな」


 応じるオゥナムは皮肉っぽい笑みを浮かべてはいるが、軽く頷いてバルシャーの言い分に同調する意思を表した。そして今度は自分から提案する。


「そうと決まれば、明朝にでもギコウ様のお耳に入れるとしようではないか。“筆頭家老様、敵方に内通”…下の兵達の間でそのような噂が流れており、みな不安がっている―――と。ギコウ様のあのご性格なら、黙ってクィンガめを疑われてはされても、面と向かって真偽を問い質されはしまい」


「うむ、それがいい。まずはダンティス家を打倒と同時に、クィンガめを処分するとしよう」


 ワインに酔ったのかどうかは定かではないが、バルシャーとオゥナムはいつしか、自分達よりも上位の筆頭家老を呼び捨てにし、濁った眼を野心に鈍く輝かせて言葉を交わしている。ただその言葉は全て、ダンティス家を討ち倒したのちに語るべきものであり、決戦前の皮算用に慢心という影が忍び寄ろうとしている事には、気付かなかった………






 一方、惑星アデロンのオーク=オーガーは、全長三百メートルを超える超巨大ムカデ型ロボット城、『センティピダス』を南下させていた。

 鋭い杭のような金属の大きな脚爪が幾本も、分厚く積もった雪を貫き、その下の地表を突き刺しながら目指すのは、この惑星最大の都市、星都バリンガニムである。


 ズン!ズン!ズン!と『センティピダス』が歩行する震動に、機動城全体が揺れる中、惑星アデロンを支配する代官オーク=オーガーは、バルシャーやオゥナムがワインを楽しんでいるのと時を同じくして、自室でビールの樽を開けていた。


「グハハハハハ! 良かったなぁ、ハディールさんよ!」


 オーガーの向かい側にはレブゼブ=ハディールが座り、その他に幹部が六人同席している。


 オーガーがビールの樽栓を抜いたのは無論、NNL封鎖の解除キーをレジスタンスに奪われた自分達の命が、助かった事への祝杯である。

 金属のジョッキに目一杯注いだビールを一気に飲み干し、ガツンと大きな音をさせてテーブルに叩きつけるように置くと、オーガーは同席するピーグル星人の幹部達に声を掛けた。


「グハハハハ! おまえらも飲め、飲め! ハディールさんもなぁ!」


「へぇえええい!!」


 首領の許しが出たとばかりに、幹部達はこぞって樽のビールを、自分達の手にしたジョッキに注いで、喉を鳴らし始める。再び「グハハハハ!」と笑い声を上げるオーガー。アッシナ家筆頭家老のウォルバル=クィンガに処刑されるのではないかという不安で憔悴していた、昨日までの様子が嘘のようであった。元々が単純な男であり、その時の気分が直接態度に表れる。


 するとそんなオーガーを、アッシナ家参事官のレブゼブが窘めた。


「あまり調子に乗るな、オーガー。今回は単に運が良かっただけなのだぞ」


 それに対し、オーガーは再びジョッキを大きくあおり、イノシシのような顔をニヤリと歪め、意味不明なピーグル語を交えて応じる。


「ペッシュ・ヤブッシュ!…分かってるぜ。だからバルシャー様の命令は守る。これからしばらくはレジスタンス狩りの旅だ。まずは星都バリンガニム…レジスタンスに関わるヤツは、男も女もガキも関係ねえ。拷問にかけて見せしめのなぶり殺しにしてやる。ゲナ・グサ・リサッシュ…グハ!グハ!グハ!」


 残忍な性根を滲ませて笑うオーガーに、レブゼブは表情も変えずに告げた。


「うむ。だがバルシャー様が望まれているのは、それだけではないぞ」


「そいつも分かってる。ボヌークがまた大量に要るってワケだろ。早速、パグナック・ムシュの農園拡張の手配をするぜ」


 やはりこういった抜け目にないところは、冷酷で単純でありながらも、オークー=オーガーが宇宙マフィアの首領にして、この惑星アデロンの代官、そしてクェブエル星系の支配者の地位にいる証左と言える。


「それに運がいいって事ぁ、天が俺に味方してるってワケさ! グハハ、グハハハハハ!」


 オーガーが笑い声を上げると、幹部達も一斉に追従笑いをする。二杯、三杯と立て続けに杯を空けたオーガーは、酔いも回ってさらに気を良くしたらしく、幹部に命じた。


「女だ! タペトスで捕まえた女を連れて来い!」


 酒が入れば淫欲を催すのはピーグル星人も同じらしく、オーガーの陰湿な笑みに、幹部達も同様の表情を浮かべる。六人の幹部はオーガーの望みに従い、タペトスの町で捕らえ、『センティピダス』に監禁した若い女を連れて来るため、部屋を出て行った。

 さらに残ったオーガーも、顎の弛んだ肉を揺らせながら席を立つと、まるでどこかの宮殿の一室のように広く、豪華な自室の片隅へ行き、そこに置かれた戸棚から、両手で抱えるほどの大きさのケースを取り出す。


 そのケースを手にニタニタと嫌悪感を抱かせる笑顔で席に戻るオーガーに、レブゼブは「何だそれは?」と尋ねた。するとオーガーはケースの蓋を開き、中に収納されていた物を取り出す。それは針のない高圧式の注射器と、何かの溶液が入ったシリンダーであった。


「ボヌークか」


 と、質問したレブゼブ自身が答える。ケースの中身がボヌークの注射器と、その溶液が入ったシリンダーであれば、見覚えがあるからだ。


「グヘヘ…女が来たらコイツを打って、狂わせてやるのさぁ」


 そう言うオーガーの表情の禍々しさに、さしものレブゼブも顔をしかめる。タペトスの町にはオーガー達と同じピーグル星人は住んでおらず、捕らえた女というのはヒト種だった。

 そしてピーグル星人はヒト種の女性に欲情するが、ヒト種の女性はよほど特殊な嗜好を有していない限り、豚か猪のような顔を持つ異星人をそういった対象にはしないものである。それを強力な麻薬のボヌークで幻惑し、行為を受け入れるように仕向ける腹積もりなのだ。


「…だが、コイツの難点は一回ヤッちまったら、オンナ共の頭ン中が壊れちまうトコだ。文字通りの“昇天”てヤツさ! グハハハハハ!」


 オーガーの下衆な物言いを聞かされ、レブゼブは胸の悪さを流し込むように、ビールを一気に飲み下す。それを見たオーガーは、むしろ逆に受け取ったらしく、要らぬ誘いを掛けた。


「どうだ、ハディールさん。あんたもボヌークを打ったオンナを試してみろ」


 不快さの限界に達したレブゼブが意見しようとする。


「オーガー。貴様、少々ハメを外し―――」


 とその時、女を連れに行った幹部の一人が、慌てた様子で部屋に戻って来た。


「オーガー様!」


 その幹部は女を連れていない。


「なんだ? 女はどうした?」


「いやそれが、例のレジスタンスに手を貸した、ノバックとかいうガキから通信が!」




▶#12につづく

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る