#18

 

“もう無駄弾は撃てない”


 敵の高速砲艦を撤退させるか、撃破するかの決定打を、あと数発のうちに放たなければ―――連装ブラストキャノンのトリガーを引こうとする指を止め、双方の不安定な動きで定まらない照準に、ほぞを噛む思いのノア。するとそこへノヴァルナが声を掛けて来た。


「おあつらえ向きが見つかったぜ、ノア!」


 “おあつらえ向き?”―――ノヴァルナが何を言っているのか分からず、ノアは怪訝そうな顔を向ける。そんなノアにノヴァルナは前方を指差して告げた。


「あれだ! 残ったキャノンのエネルギーを全部集束して、あれを撃て!」


 それは峡谷に橋を架けるように、反対側の岩壁まで斜めに倒れ掛かっている、巨大な石柱だ。大きさは自分達の乗る『クランロン』型武装貨物船より、ふた回りほどもある。それを突き崩して落下させようと言うのだ。

 ただ追跡して来る敵艦と衝突させるには、敵が回避不能となる相対位置まで、引き付けて落下させる必要があり、それは必然的に自分達にとっても、ギリギリのタイミングですり抜けなければならない。


「了解したけど、いい? タイミングを合わせなきゃ!」とノア。


「おうよ。1,2,3で行くぜ!」


「ええ!」


 ノアの応答を聞いたノヴァルナは、僅かに船の速度を緩めた。高速砲艦との距離が縮まり、放たれた敵主砲のビームが至近を通過して、船殻にプラズマのスパークが絡みつく。それにおびき寄せられるように敵艦は加速した。ノヴァルナの思惑通りだ。


「行くぜ! 1!…2!…3!!」


 次の瞬間、照準を前方の巨大石柱に変更した、上部側連装ブラストキャノンが、最大出力で火を噴いた。谷底から二千メートルほどの高さの位置で斜めに倒れ、対面する岩壁に寄り掛かっていたその根元に大きな爆発が起こり、石柱は崖の崩落と共に落ちて来る。ノヴァルナはスロットルを上げて、一気に再加速すると同時に、飛行高度を地表スレスレまで下げた。

 そこへ巨大な岩の柱が、無数の岩塊と砂煙を纏いながら上空から迫って来る。地表を這うようにしてそれをくぐり抜ける、ノヴァルナ達の貨物船。そして追跡する高速砲艦の眼前に、巨大石柱が迫った。苦し紛れに至近距離で主砲を放つ高速砲艦。石柱は大爆発を起こして砕けたが、敵艦はまともにその中に突っ込んだ。


「やったの!?]


 そう叫んで、後方モニターへ反射的に目を遣るノア。


 ところがオーガー一味の高速砲艦はその爆炎の中から、ぬう!と姿を現して来た。艦首部分はエネルギーシールドを完全に消失して、外部装甲もグシャグシャになり、所々に大きな穴が開いている。だがそんな状態でも、こちらに追いすがろうとしていた。


「敵が!…まだ!」


 後方モニターを見詰めるノアが蒼白になる。敵のダメージ具合を見れば、あと一撃で撃破できるに違いない。だが肝心のキャノンのエネルギーはもはやゼロだ。敵の主砲がこちらを向く。


「ノヴァ―――」


 万事休す―――最期の瞬間はノヴァルナと一緒に…という衝動に駆られて、手を伸ばすノアだったが、ノヴァルナの力強い声がそれを留めさせた。


「俺はそんなに甘かねぇぜ!!!!」


 そう叫ぶと同時に、ノヴァルナは咄嗟に操縦桿を操作し、船を右に急旋回させる。船窓の外の陰影が激しく横に滑り、ノアは後方モニターの画面から前方に顔を上げた。そこにあったのは目前を流れる崖の岩肌だ。


「!!!!」


 息を呑むノア。巨大な岩の柱の向こう側で、峡谷が“T”の字に分岐していたのである。岩柱はあくまでも目くらましで、地形を確認したノヴァルナが“おあつらえ向き”と言った、真の意味はこれだったのだ。ギリギリの旋回に船体から横に突き出た、短い安定翼が岩壁の凸部に接触して砕ける。


そして高速砲艦は回避が間に合わなかった。


 ほぼ垂直に切り立つ崖に正面から激突した高速砲艦は、艦体が四つに割れて、その割れ目から一瞬の炎と、大量の稲妻を吐き出して爆散する。


 ノヴァルナの操る貨物船は、まだ茫然とするノアと共に峡谷を抜けて宇宙へ舞い上がった。


「何やってんの? おまえ」


 ノヴァルナにそう問い掛けられて我に返ったノアは、まだ自分がノヴァルナに触れようとした手を、伸ばしかけたままでいる事に気付いて一気に赤面する。


「なっ…なにって、ホラ、あれよあれ」


「はい?」と首を傾げるノヴァルナ。


「そうよ、それそれ。ハイタッチに決まってるじゃない!」


 しどろもどろに応じたノアはぎこちない動きで肘を挙げ、ハイタッチの姿勢に持って行った。訝しげな目でそれを眺めたノヴァルナだが、一つため息をつくと不敵な笑みを見せ、ノアとハイタッチをする。そしてその時になって、敵艦の砲撃で船に起きていた震動が収まっている事を認識した。カールセンの修理が上手くいったのだろう。ノヴァルナは船内通信のコムリンクを作動させて、機関室にいるはずのカールセンに連絡を取ろうとした。


「カールセン、聞こえるか? 修理は上手くいったみてえだな」


 すると少しの間を置いて返事がある。だがそれはカールセンではなく、レジスタンスのユノーであった。どこか疲れたような口調だ。


「ああ。こっちはどうにかなった」


「その声はユノーか。助かったぜ、カールセンと戻って来てくれ。あんたの行き先も聞かなきゃならねえからな」


 それに対してまた少し間があり、ユノーは重たげに応えた。


「カールセンは、ここにはいない…」


 その言葉と口調にノヴァルナは眉をひそめ、一度ノアと顔を向け合ってから尋ねる。いつものような軽薄さを交えない声だ。


「どういう事だ? そっちで何があった? カールセンがどうかしたのか?」


 そしてそれに答えたユノーの言葉に、ノヴァルナとノアの表情は沈痛なものへと急変する。


「カールセンは無事だ。だがルキナが…敵の砲撃を喰らった時の内部爆発で…重傷だ」


 弾かれたように副操縦士席を立つノア。


「そんな!…行こう、ノヴァルナ!」


 ルキナの元へ急ぐよう促すノアだが、ノヴァルナは前を向いたまま歯を喰いしばり、絞り出すように告げる。


「俺は…まだここを離れる訳にはいかねえ。敵の新手が現れるかも知れねえからな…ノア、見て来てくれ…」


「ノヴァルナ…」


 ノアはノヴァルナの横顔を見詰めた。確かにノヴァルナの言う通りであり、ここはまだオーク=オーガーの勢力圏内だと考えて、警戒を怠ってはならない。しかしその一方でノアは、ノヴァルナが自分自身に対する怒りを、必死に抑え込んでいる事にも気付いていた。自分が操縦する船で、ルキナに重傷を負わせてしまったという怒りだ。


「わかった…報告するから」


 今はノヴァルナを独りにしておいた方が良い…そう考えたノアは、静かに応じて操船室を出て行く。自分以外に誰もいなくなった操船室で、ノヴァルナは操縦士席の硬い肘掛けを、拳で血が滲むほどに殴り付けた。





 ルキナ=エンダーの傷は深く、人工冬眠機能のある深宇宙用脱出ポッドに入れて、手術可能な施設まで冬眠させる措置を取った。そしてクェブエル星系最外縁部に達したノヴァルナ達の貨物船は、針路をナヴァロン星系へと向けて恒星間航行に入ったのである………






【第10話につづく】

 

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