#17
宇宙戦艦『ヒテン』は全長724メートル、最大幅196メートル、最大高162メートルの巨大さで、鏨(たがね)のような艦体を三つ組み合わせたような姿をしている。
この戦場にいる重巡航艦『ジルミレル』も、全長は三百メートルを超える巨艦だが、それでも『ヒテン』の半分ほどのサイズしかない。
そして何より『ヒテン』の主砲、206センチハイパーブラストキャノンを喰らえば、『ジルミレル』が艦体のエネルギーシールドと三枚のアクティブシールドを総動員しても、三発耐えればいい方であった。もちろんロッガの軽巡航艦や、両家の駆逐艦数隻を対抗戦力に加えても、何をかいわんやだ。そんな彼等が呆然自失となるのは無理もない。事前に聞かされていたはずのモルタナ達『クーギス党』までも、『ビッグ・マム』よりさらにふた回りほども巨大な、若君の戦艦の出現に、息を呑んで身をすくませる始末である。
「馬鹿野郎! てめえら、おせーぞ!!」
敵も味方も思考を停止させている間にも、ノヴァルナの怒号が『ヒテン』に飛ぶ。いつもの半ばふざけたような物言いではなく、珍しく強い口調だ。その声にはあたら『クーギス党』の人間を死なせてしまった事に対する、呵責のような気持ちも込められているに違いなかった。
「も、申し訳ありません!」
通信機から聞こえて来たのは、ノヴァルナが例のベシルス星系から通信データを宛てた、『ホロウシュ』のヨヴェ=カージェスである。声の調子からも実直さが滲み出ている。このカージェスに宛てた『ホロウシュ』への命令書こそ、指定日時にノヴァルナの専用戦艦『ヒテン』を、このMD-36521星系第五惑星圏に“絶対持って来い”という、一発逆転の秘策だったのだ。
ただ最初にいたベシルス星系付近を戦場にすると、『ヒテン』のいる惑星ラゴンからでは間に合わない。そのためノヴァルナはあの手この手を使ってカダール達を、双方の移動のタイミングが合う、この星系までおびき寄せたのである。
「よし!!」
詫びを入れるカージェスをそれ以上責める事はせず、ノヴァルナは自分のASGULを『ヒテン』に向けて加速させ、弾くような口調で命じる。
「俺の『センクウ』をオートモードで射出しろ!」
「了解! 準備はすでに完了。射出します」
この辺りのノヴァルナと『ホロウシュ』との阿吽の呼吸はさすがで、ノヴァルナの要請に即座に応じ『ヒテン』の下部、リニアカタパルトからBSHO『センクウNX』が射出される。『センクウNX』は機体をスクロールさせながら直進し、ノヴァルナのASGULがそれを追った。射出の際の初速が大きくないところから見ると、どうやら戦場の真っ只中でASGULから『センクウNX』に乗り移るという、大胆不敵な事をノヴァルナは目論んでいるようだ。
ただその光景が、巨大な宇宙戦艦『ヒテン』の登場で呆然としていた、カダール=ウォーダの意識を我に返らせる。一隻で一個艦隊並みの火力を有するとも言われる『ヒテン』が相手では、カダール達とロッガ家の艦隊が束になっても勝てるものではない。しかし、その司令官であるノヴァルナを捕らえて人質にすれば、まだこの状況を打開するチャンスはある!―――そう思ったカダールは、『セイランCV』を緊急加速させた。
「おのれ! 図に乗るな、うつけめが!!」
コクピットのモニターで、ノヴァルナのASGULと『センクウNX』が、向かい合って停止しつつある様子を視認したカダールは、今しかないと機体を駆る。
『センクウNX』を射出したあとの『ヒテン』はなぜか動かず、護衛のBSIユニットも発進する様子はない。理由は不明だが、カダールにとっては千載一遇の機会だ。
だがそのカダールの耳にロックオン警報。慌てて機体をひねると真上からビームの連射が至近を通過し、直後に人型に変形したランのASGULが、ポジトロン・ランスを振り抜きながら降下して来る。カダールがQブレードを咄嗟に起動させてそれを打ち払うと、二機は正面から対峙した。
「ラン・マリュウ=フォレスタ。推(お)して参る!」
「また貴様か、宇宙ギツネ!!!!」
カダールは憎々しげに言い捨て、横払いに斬撃を繰り出す。ランはやや後退しながら、ポジトロン・ランスを下から振り上げて、穂先でカダール機の刃を弾き、突きを放つ。機体を翻して回避したカダールは、そのままランの横をすり抜けてノヴァルナを追おうとした。しかしランはポジトロン・ランスを突き出したまま素早く機体を回転させ、穂先でカダールの『セイランCV』の腰部装甲板を斬り飛ばす。
「失礼。この程度がかわせないとは。私が宇宙ギツネなら、貴方様はそれ以下の宇宙ナメクジ…と言ったところですね」
麗しい唇から思わぬ毒を吐いてカダールを挑発するラン。この辺りはやはり主君のノヴァルナ譲りと言ったところだ。
「きッ!!―――」
虚空の彼方に飛ばされて行く、自らの機体の装甲板を見遣ったカダールは、ギロリとランのASGULを睨み付けた。
「貴様ァァァァァ!!!!! ASGUL(アスガル)の分際でぇぇぇぇぇッ!!!!!!!」
銃撃などはともかく、機体性能でBSHOの足元にも及ばないASGULの斬撃を、一対一の格闘戦で受けるなど、武人として恥辱の極みである。逆上したカダールはランに襲い掛かった。Qブレードだけでなく、ポジトロン・パイク(陽電子鉾)までも起動させて、二刀流で斬撃を浴びせる。
「くッ…うッ!…」
『セイランCV』の苛烈な斬撃を二度、三度と鑓で受け止め、ランは歯を喰いしばった。
「どうしたァ!!! 口ほどにもないぞ、クハハハハ!!!!」
どれほどランが技量に長けていようと、圧倒的な性能差は如何ともし難く、反応速度の鈍いASGULで本気のBSHOと正対してしまうと、防戦一方にならざるを得ない。だがそれでも機体を保持出来ているのはさすがであった。そしてランにそうさせているのは、ノヴァルナへの思いに他ならない。
“ノヴァルナ様を…こんな所で立ち止まらせない!!!!”
すると切り結ぶ二機の元へ、カダールの部下の『シデン』が接近して来る。モリンら『ホロウシュ』の乗る三機のASGULを振り切って来たのだ。『シデン』はポジトロン・パイクを構えてカダールに呼び掛けた。
「カダール様! 助太刀を」
「構うな! 貴様はノヴァルナを追え!」
カダールの凶悪な笑みが大きくなる。『ヒテン』がいまだに動かない理由は分からないが、ここで足止めを喰らっても、これならまだ逆転は可能だ。
「御意!」
『シデン』のパイロットはポジトロン・パイクを手にしたまま、ノヴァルナの追跡に掛かろうとする。それを見たランは『シデン』にポジトロン・ランスを構えて突撃しようとした。
「ノヴァルナ様っ!!」
「貴様の相手は俺だ!」
横合いからカダールがポジトロン・パイクを突き出す。
「クッ!!」
咄嗟に機体を翻してパイクを打ち払うラン。だがその直後、機体の左腕が動かなくなった。
“しまった! こんな時に!…”
歯噛みするラン。それはこの戦いの序盤で『ホロウシュ』の後輩たちを庇った際に、カダールの超電磁ライフルを機体に受けた損傷によるものであった。その時からすでに懸念されていた可能性が、現実のものとなってしまったのである。
パイクに続いて繰り出されるカダールのQブレードが、ランのASGULの動かなくなった左腕の付け根から右の肩口までを薙ぎ払い、左腕と頭部を斬り飛ばした。激しい衝撃がコクピットを襲う。
「うぁッ!!」
「クハハハハハ!」
カダールは嘲笑いながら、さらにランのASGULを蹴り付ける。
「そらどうした!? フォクシアの宇宙ギツネなら宇宙ギツネらしく、自分の主人を見捨てて逃げ出すがいい! トキ家を裏切ったようになぁ!!」
カダールの侮蔑の言葉にランは憤怒の表情になり、右腕でポジトロン・ランスを脇に抱え横に振り払った。半ば損壊した機体には似つかわしくない素早いその一撃は、しかし間合いが近すぎて刃による斬撃にはならず、柄で『セイランCV』の頭部を横から殴り付け、装飾を兼ねた弓矢のような形状の頭部アンテナを叩き潰す。
「ぬあっ!」
思わずたじろいだカダールは、次いで激怒した。機体の数ヵ所に設置された自己の外部状況を視認するためのカメラが、醜く凹んだ頭部とへし折れた意匠アンテナを映し出したからだ。
「この女狐がぁああ!!!!!」
怒りに喚きながらランのASGULの残る右腕をQブレードで切断し、ポジトロン・パイクでコクピットごと腹を串刺しにしようとするカダール。
“ノヴァルナ様!!……”
自分に向かって来るカダールのポジトロン・パイク。その紫色の光を帯びた刃先を、ランは覚悟とともに真っ直ぐ見据る。だが次の刹那、ランの視界の中でその刃先は、斜め上から伸びて来た別のパイクの刃によって跳ね返された。
「!!??」
驚くランの耳に、ノヴァルナの聞き慣れた声が力強く響く。
「待たせたな!!!!」
そう言ってノヴァルナは『センクウNX』のポジトロン・パイクで、カダールの『セイランCV』のパイクを絡め上げて跳ね飛ばした。
「ノ、ノヴァルナ!? もう機体を乗り換えただと!!??」
唖然としたカダールは後ろの宇宙空間を振り返る。そこにはノヴァルナを追おうとしていたはずの部下の『シデン』が、胴体を真っ二つにされて浮かんでいた。
▶#18につづく
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